82 作戦
「オリャアァァァア!!」
左肩から右腰骨に向かって斜めに振り下ろした剣を軽く半身でかわされる。
先ほどから何度も切りかかっているが、動きを読まれているのか一切攻撃が当たらない。
⋯⋯ここまで当たらないと流石に落ち込むな。
だがやはり、ディオは俺に絶対に反撃してこない。
一度距離を置き、再び真っ向から切りかかる。
今度は首元を狙った。
「出鱈目な剣だ。とても英雄に及ばない」
「当たり前だろ! こちとら剣握って間もないド素人だ! っていうか、俺は英雄じゃないって言ってるだろ!」
ピョンとディオが後ろへ飛びのく。
見事なまでに無駄な動きのない軽い着地だ。
いや、敵を褒めてる場合かよ。
俺はポケットの中にある硬い感触を確かめる。
中にあるのは、ハウンフォードさんに貰った薬だ。
水気を含むものが触れれば発火するというあの。
だが、問題はどのタイミングで使うかだ。
ひよっていては仕方がない。
それは分かっているんだが、ディオは見ての通り一切隙が無い。
ずっと剣を振るっているから体力も消耗してきている。
早く決着をつけないと、全てが無駄になる。
焦りを無理やり落ち着けて案を探す。
薬をかけるには、相手に薬の存在を悟らせないよう直前まで隠しておかなければならない。
カモフラージュに攻撃しながらだ。
これではどうやったって手間取る。
ならどうするか。
一つの答えが頭の中に降りてくる。
それなら向こうから来させればいいじゃないか。
でもディオは俺には攻撃して来ない。
攻撃して来ない相手をどうやってこちらに来させる?
考えろ。今思いつかないと大勢が死ぬ!
そうだ——もうこれしかない!
「遊戯は止めたのか?」
俺が構えた姿勢のまま動かないのを見てディオが冷ややかな口調で言う。
感情がこもってないから分かりにくいが、これ煽られてるよな。
誰が遊戯だよ、こっちは真剣にやってるんだ。
息を吐く。
覚悟を決め、俺は剣を鞘に納めた。
殺してこないというのは分かっているが、万が一もある。
敵の目の前で身も守る武器を失うのは物凄く勇気のいることだ。
「剣を納めるか」
ディオは興味深気に言った。
視線は真っすぐ俺を見ている。
ディオの注意を引き付けるようにゆっくりとポケットに手を伸ばす。
中にある小さな試験管を取り出し、それを少女に見えるよう掲げる。
「これが見えるか、ディオ」
ターコイズの瞳が試験管を映す。
中にあるのは蛍光色の怪しい液体だ。
誰が見たってヤバい薬だというのは一目瞭然。
当然、ディオもそれに気が付くだろう。
「何だそれは⋯⋯毒薬か?」
ディオは訝し気に目を細める。
何故急に俺が毒薬のようなものを自分に見せたのか、それを考えているのだろう。
やがて答えに辿り着く。
「まさか、それを飲むつもりか?」
感情の浮かぶことのなかった顔にほんの僅かな焦りが見える。
ディオは自ら手を下すのを避けるだけでなく、俺が死ぬこと自体を止めたいようだ。
なら、この作戦は有効だ。
「どうだろうな。これが毒薬だと思うなら、試しにディオが飲んでみるか?」
「⋯⋯何を言っている」
試験管を揺らしちらつかせる。
ディオはその試験管ごと俺を睨みつける。
これはかなり怒っているな。
俺は試験管のコルクを抜くと、試験管を自分の口元へ持っていく。
「君が飲まないなら俺が飲む。本当に死ぬかどうかは君が見届けてくれ」
俺がそう言うと、ディオの顔色が変わった。
プラフか、真実かはディオには判断が付かないだろう。
ただ分かるのは、この薬が明らかに毒っぽい色をしてるってことだけだ。
「試練を受けぬまま自害など、あってはならない。舞台が、壊れる⋯⋯!」
試験管を僅かに傾ける。
ディオには俺が本当に薬を飲もうとしているように映るはずだ。
そして、ディオが試験管を奪おうと手を伸ばす。
距離が近づき、触れられる距離まで迫る。
そして————
「⋯⋯っ!?」
逆さまに傾けられた試験管から液体が零れ落ちる。
少女は呆気に取られていた。
自らにかかった異様な液体を見て、そして俺を見た、その瞬間に小さな少女の体が勢いよく燃え上がった。
「あああああぁぁ熱い! 何だこれは——!!」
単なる毒薬がまさか発火薬だとは思わなかったのだろう。
そして、自分がかけられる側になるとは。
炎上したディオはふらふらと後退し、熱さに顔を歪める。
「うちの医務長開発の元治療薬だ」
失敗して何故か発火薬にしてしまったらしいが、そっちの効果は確かだったようだ。
「治療薬だと⋯⋯!?」
驚くのも無理はない。
どうやったら治療薬から発火薬ができるのかは俺にも分からない。
「ディオ、君を倒させてもらう」
攻撃しない相手を倒すのは、騎士道ってやつに反するのかもしれない。
剣で真っ向から勝負せず、こんな手を使ったのは卑怯なのかもしれない。
でも、俺の面子なんかより、皆の命の方が余程大事だ。
「——テレポ」
ディオが手を伸ばす。
詠唱の言葉を遮り、俺は彼女の首元に刃をかける。
炎上する少女の首元に一閃の紅い筋が浮かび、そして血が噴き出した。
「ぁ」
首元を抑え、ディオは自分から流れる血を茫然と見ていた。
ディオは多くの職員を傷つけた。
でも、攻撃の意思のない相手を殺して⋯⋯それで、正解だと言えるのだろうか。
自分の中に湧き上がる疑問。
剣越しに伝わる確かな感触。
本当に、俺がディオを斬ったのか⋯⋯。




