78 一方その頃(5)
——三階層警備部本部監視カメラ室にて。
室内は騒然とし、大勢の職員たちが忙しなく動き回っていた。
各所に連絡を取る者、壁一面に映し出されるカメラ映像と睨み合い、頭を抱える者。
その中で、俺は手元にある一つの監視カメラ映像と向き合っていた。
「こちらが三十分ほど前に一階層制御室前で確認された最後の映像です。突如制御室が爆破され、その場にいた職員と獄卒獣十数名が死亡、または重軽傷を負いました」
酷い状況だった。
カメラに映ったのはいつも通りの平和な制御室。
それがわずか数秒後、一人でに爆破し、激しい炎が上がった。
中にいた職員はもちろん、周辺にいた職員と制御室近辺に配備された獄卒獣は離散し、見るも無残な光景が広がっていた。
「犯人の姿は?」
「それが、複数個所のカメラを確認しましたが、今だ犯人の思しき者は映っていません。制御室がやられているので通信も出来ず⋯⋯」
「無線の方はまだ使えるはずだ。一階層からの報告はどうなっている」
「それが、一階層内で使用される無線機は全て通信が遮断されているようで、通信が不可能な状況です」
「犯人の仕業か。思い通りにやられているな」
一階層へ続く階段の封鎖に加え、通信不可能な状態。
唯一カメラで情報は得られるが、肝心の犯人の姿は映らない。
「犯人の目星はついているのか?」
「通信遮断前の一階層職員の無線によると、灰色の長い髪の少女だそうです。ですが、それだけでは候補を絞り切るのは難しく、現在特殊対策部と連携で照合を行っている最中です」
候補は職員、囚人、獄卒——限られた情報から絞り込むのは時間がかかりそうだ。
仮に目星が付いてもカメラに映っていないようでは確認も取れない。
唯一の救いはカメラが正常に動いていることだが⋯⋯。
「⋯⋯これは酷い」
「フィンセント長官!」
カメラをのぞき込むように背後に現れた男に、職員たちが敬礼する。
男はそれらを手で制する。
長く艶やかな黒髪に、唇から覗く尖った牙のような歯——警備部部長フィンセント・ヴィオ・リーブルだ。
「何かありましたか」
警備部部長であるこの男が警備部本部内にあるこのカメラ室にいることは何も不思議ではない⋯⋯が、この非常事態に、一体今までどこにいたというのか。
「君を呼びに来たんだ。報告したいことがある」
「報告、ですか?」
何をこんな時に、と怪訝な表情を浮かべるが、このタイミングだ。
フィンセントさんは適当で自由人ではあるが、肝心な時にふざけるタイプではないのは重々承知している。
カメラから目線を逸らし、部屋の隅へ移動する。
「つい先ほど七階層から連絡が来たよ」
「七階層?」
何を言うかと思えば、予想外の単語がフィンセントさんの口から飛び出した。
思わず俺は眉を顰める。
「犯人は、七階層に収監される囚人、ヘカテーだと思われる——というのがあちらの見解だ」
「見解⋯⋯それは確かなんですか? 七階層の囚人と発言して、もし誤りだとすれば、冗談では済まされませんよ」
七階層の囚人が一階層に現れたとなれば冗談では済まない。
下手をすれば序曲事件よりも大事になる。
七階層はもちろん、監獄自体の警備体制への信頼が失墜しかねない事態に発展するだろう。
安心と信頼はディオスガルグの要だ。
それが潰されればディオスガルグはもう監獄ではない。
「確証がなければ言わないよ。向こうも、僕もね。君だって知っているだろう?」
「⋯⋯ということは確固たる証拠があると? 一階層に現れた犯人が、七階層の囚人であるという」
七階層は独立した階層だ。
警備や記録管理など、本来複数の部署が関わって運営されるのがディオスガルグだが、七階層はそれらを専門的に行う部署が階層内に内在している。
全階層で、唯一他の階層と関わることなく自己完結できる階層だ。
理由は単純明快、階層間の移動と、複数部署が関わることによる判断や行動の遅延、それに伴うリスクを減らすためだ。
だが、それは同時に七階層が謎に包まれた孤島となることを意味する。
つまり、俺を始め、階層、部署の長官クラスでも七階層の内情は知らないということだ。
当然、誰が収監されているのかも。
「本人が自白したんだよ」
拍子抜けしそうになった。
この状況で、自白だと?
犯人の姿が映らない状況で、自白したと言われても信用のしようがない。
それが、現場で直接耳にした一階層からの情報ならまだしも、七階層からの報告だ。
「七階層の囚人が自ら自白したと? ならば、今一階層にいる犯人は誰なんです」
「それは、もちろんヘカテーさ」
「要領を得ませんね」
湧き上がる苛立ちを抑え、戻ろうとした時だ。
フィンセントさんが「橋雪くん」と呼び止める。
「この世界は可能性が無限大に広がっている。そして、その可能性はあらゆるものに適応してる。その際たるものが魔法だよ」
遮ることはしなかった。
フィンセントさんの紅い瞳は真剣そのものだったからだ。
「魔法一つで世界を滅ぼすことができる者がいるように、魔法でもう一人の自分を創り出すことができる者もいる」
まさか⋯⋯と、目線が自然にカメラ映像の方へ向かった。
「囚人ヘカテーは、一階層に自らの分身体を放ったと自白した」
「仰ることは分かりました。ですが、囚人には一切の魔法を遮断する魔道具が⋯⋯」
いや、違う。
思い直し自ら言葉を遮った。
フィンセントさんは瞼を閉じ、俺の代わりにその続きを言う。
「魔道具が制御するのは体そのものと、その内側に流れる魔力。魂には作用しない」
つまり、ヘカテーは魂を分裂させたということか。
魂の存在は不確実なものだ。
その不確実なものを存在するものとして具現化した。
だから、実在するものしか映さない監視カメラにはその姿が映らない。
「では、今一階層にいるのはヘカテーの魂の分裂体ということですか。本体とほとんど同等の実力を持つ分身体が一階層で暴れでもすれば、被害は甚大なものになるッ」
「君の言う通りだよ。でも、どこに行くつもりだい?」
出口に向かい歩き出す俺をフィンセントさんが呼び止める。
「交渉します。一階層には、俺の部下もいる。ここで黙って見ているわけにはいきません」
「それは僕も同じだよ。だけど、封鎖は上が決めたことだ。現時点では、対処は現場の者にゆだねられている。僕たちは大人しくここで見ているしかできない」
ルールとは秩序を守るためにある。
ではその秩序が壊されそうになっている時、果たしてルールとは守るべきものとして値するのだろうか?
「この真下で、今この瞬間に何人もの職員が犠牲になっているかもしれません。流暢なことを言っている暇はない。上がどのような考えで動いているのかは知りませんが、俺は一階層へ行きます」
橋雪はそのままカメラ室を出て行った。
「全く、頭が固すぎるのも困りものだね」
残されたフィンセントは、息を吐く。
一面に並ぶ監視カメラの映像の中に、彼がいた。
司令部の少女の体を支えながら、必死に走る人間の青年——西条鷹梨である。
「これも⋯⋯君がもたらした演目なのかな」
初めは偶然かと思っていた。
でも、階層が異なる今回の事件でも彼はその渦中にいる。
それが意図されたものなのか、単に彼の運が悪かっただけなのか。
真偽は不明だ。
「まあ、僕が考えるべきことじゃないか」
フィンセントは思考を切り替えると、勇み出て行った橋雪の背中を視線で追いかける。
人間にもなれず、悪魔にもなれず、居場所を持たなかった彼が、選んだ唯一の居場所。
「本当に、困った人たちだよ」
フィンセントは苦笑し、無線機に手を伸ばした。




