73 病床
「急げ! 職員を運び出せ!」
「追加の担架を持ってこい! 不足分は魔法で補え! 歩ける者には手を貸してやれ!」
「とにかく早く運ぶんだ!」
転移石を使い六区に移動した俺たちは、そこで騒然とした光景を目にした。
呑気な感想を許してくれるのであれば、俺は、職員寮にかつて見たこともない数の職員たちがいることに呆気に取られていた。
そして、飛び交う声にようやく目の前で起きていることを理解した。
職員寮から次々に運ばれてくる職員たち、中には浮遊魔法によって運ばれる者、体を支えられている者もいた。
「こ、これは一体⋯⋯?」
「おい、どういう状況だよ」
すっかり血の気を失い、まるで死人のような顔色の職員たち。
余程痛むのか、頭を押さえ唸りを上げている職員たち。
そこで、もがき苦しむゴブリンの死体がフラッシュバックした。
「————呪い」
ポツリと零した言葉に仁賀木さんが反応した。
「まさかっ、また呪いがかけられたのか⋯⋯!?」
事件は最悪の方向で再び動き始めてしまった。
それはこの光景を見ていれば明白だった。
「補佐くん!」
聞き覚えのある声がした。
テラだった。
「テラ! 一体どうしてこんなことになってるんだ」
「寮内に魔道具が仕掛けられていたんですっ。ですがっ、今はとにかく人手が足らない状況です。司令補佐くんたちも手伝って下さい!」
そこからは、とにかく考えることは止めて体を動かすことに専念した。
俺は別階層の職員だったので、職員寮に入ることはできない。
なので、寮から連れ出された職員たちを医療部へ運ぶ役割を担った。
寮から転移石を使い医療部へ、何往復も繰り返した。
「ひとまず重症の職員方は全員運び終わりました! 補佐くんも、捜査班の皆さんもご協力ありがとうございました」
そこからは医療部の職員や、一階層の職員たちが職員たちが引き続いてベッドが必要な職員たちを運ぶ役目を担った。
とはいえ人手は足りないようで、いまだ体調不良を抱える職員も例外ではなく動員されていた。
途中、第一発見者ユーティウスさんなど聞き込みの時に出会った職員の姿もチラホラと見かけた。
さらに三十分が立つ頃には、ようやく運ばれてくる職員の数もまばらになっていき、状況も落ち着いてきた。
医療部の二百ほどある病床の約半数が埋まる事態となった。
「さっき職員寮に魔道具があったって言ってたが、一体原因は何だったんだ?」
俺は、治療を受ける職員たちの姿を少し離れたところから見守りながら、テラに聞く。
仁賀木さんたちは、報告と事態の収拾のためと六区へ戻って行った。
「闇鏡でした」
「闇鏡?」
テラ曰く、闇鏡とは魔道具の一種であるそうだ。
鏡というだけあって、その鏡を見た者を呪いにかける。
「ワタシは呪いについては詳しくないので、それだけしか分かりませんが⋯⋯」
状態異常や毒に詳しい李岳さんは雑居房のある三、四区の方にいるらしい。
大勢の職員が呪いを受けて運ばれたなんて囚人に知られれば大変なことになる。
看守長として、現場の看守たちを落ち着かせているのかもしれない。
「職員寮に闇鏡⋯⋯。それでこれだけの被害が出たのか」
医務室を駆け回る医療部職員たちの姿。
そこで、ちょうど前を横切った職員の姿が目に入った。
「え、ハウンフォードさん!? どうして一階層に?」
思わず駆け寄ると、相変わらず寝不足気味らしいハウンフォードさんが足を止め振り返る。
「ああ西条君か。一階層に用事があって来てたんだけどね、人手が足らないようだから手伝っていたんだよ」
ポリポリと頬をかきながらヘラリと苦笑いを浮かべるハウンフォードさん。
つまり巻き込まれてしまったということか。
「そうなんですね⋯⋯って、あ、すみません呼び止めてしまって。俺も手伝いますよ」
「ワタシもお手伝いします!」
「え、いいのかい? 助かるよ」
医療の知識はゼロだが、とにかく今医療部はてんてこまい状態だ。
何か手伝えることがあるなら協力したい。
ハウンフォードさんは俺とテラの申し出に驚いていたが、すぐに了承し手伝うことを許してくれた。
ちょうど薬の入った試験管を運ぶ最中だったようで、ハウンフォードさんから半分受け取ると、それを病床まで運んだ。
医療用ベッドに寝ころぶ職員に、ハウンフォードさんが処置を施していく。
「呪いの進行を抑える薬だよ」
そう言って、職員の頭を僅かに起こして血の気を失った口元に試験管を当て飲ませる。
正直に言って、薬は物凄くマズそうだった。
三階層でぶつかった時も凄い色の薬品を持ってたもんな。
これもハウンフォードさんのお手製なのだろうか?
抑制の薬だと言っていたから、確かな効果がある薬なんだろうが。
俺は水分を含むものが触れると発火する、あのトンデモ薬を思い出す。
「——ゥグッ!?」
すると、薬を飲んだ職員のただでさえ青白かった顔がみるみるうちに紫に変色していく。
「ちょっ、本当に大丈夫なんですか!?」
「し、死んじゃだめですよぉ!」
喉を抑えて悶え苦しむ職員に、流石に心配になってハウンフォードさんに確かめる。
テラも半泣きになって憐れな職員の体を揺さぶっていた。
「大丈夫だよ、ちょっと見た目と味は悪いけど、効果は確かだからね。ほら」
そう言って手鏡をポケットから取り出し患者に見せる。
初めはベッドしか映していなかった鏡の中に、みるみるうちに患者の姿が現れた。
あれほど悪かった職員の血色が徐々に良くなってきて、痛みにゆがめていた顔も穏やかなものに変化してきた。
抑制だと言っていたが、その様子は回復しているようにも見えた。
ハウンフォードさんの穏やかな笑みに呼応するように、職員は安心するような表情を浮かべた。
まあ、見た目の悪さはちょっとどころのレベルじゃないけどな、コレ⋯⋯。
症状の落ち着いた職員の様子に俺もホッと胸をなでおろしつつ、運んできた大量の試験管の中の真緑のドロドロとした液体を見て思った。
「うん、これでひとまずは大丈夫だね。まだ呪いは体内に残っているから、そのまま安静にして治療を待つんだよ」
ハウンフォードさんの使ったこの真緑の薬は、体内の呪いを包み、その進行と呪いの効果を遮断する効果があるのだという。
あの薬の件があったから疑ってしまったが、ハウンフォードさんの腕前は確かだった。
流石は三階層の医療長を任されるだけあるというべきだろうか。
その後、俺たちは各自別れて病床を順に回り、薬を飲ませていった。
始めは苦しんでいた職員たちも、すぐに症状が落ち着き、皆安心した表情で感謝を述べた。
「ハウンフォードさん、こっちは終わりました!」
渡された薬は全て職員に使い、俺はちょうど最後の薬を投与していたハウンフォードさんのところへ戻った。
少し遅れて、テラも空の試験管を抱えて戻って来た。
「ありがとう二人とも。これで皆大分落ち着いたかな」
医務室内では今だ治療が継続されている。
しかし先ほどのようなうめき声や、苦痛に歪んだ表情を見せる職員の姿はグンと減っていた。
「大事に至らなくて本当に良かったです」
俺は医務室内を見渡しそう思った。
呪いは知能の高い生物なら軽症化する傾向があると李岳さんは言っていたが、もしこれが致死性の呪いだったなら、これだけ大勢の職員たちが死んでいたことになる。
考えるだけでも恐ろしい事態だ。
「まだ油断は禁物だよ。完全に治療するには魔道具の特性を見極める必要がある。そのために、分析班が問題の闇鏡を解析している最中だからね」
ハウンフォードさんの言う通りだ。
すっかり安心しきってしまっていたけど、まだ油断は出来ない。
「魔道具の特性⋯⋯。医療部の皆さんでもすぐには治せないほど難しいんですねぇ」
「呪いの種類は魔導具によって異なるし、構造も複雑だからね。専門家でも一瞬で判別するのは難しいよ」
今回は魔道具だが、そもそも呪い自体数えきれないほどの種類がある。
呪いを受ける者の体質や重症度でも治療方法が違うこともある。
医者だから大体の治療法は分かるというが、正確に行うためにはやはり専門家による分析結果を待つ必要があるという。
そこで、医務室に白衣を着た職員が駆け込んできた。
手には一枚の紙を持っていた。
「分析結果が出ました!」




