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72 流れ始めた時間

 捜査班と合流すると、俺たちはまず四区へと向かった。

 四区にはBとAランクの囚人を収監する房が設置されており、その裏側に今回の目的となるゴブリンの巣があった。

 三区の方でアリアさんが言っていた通り、洞窟の中のあちこちで見られた呪印は三角の形をしていた。

 この時間帯は活動時間外らしく、ゴブリンたちの多くは洞窟内でぐっすりと眠っていた。

 なるべく気を立てないようにと足音を抑えるよう気を付けていたが、他のモンスターの例に漏れず、ゴブリンも気配には敏感なので途中、何体かは起こしてしまった。

 しかし、制服を着ているおかげで特に襲われることもなく無事探索を終えることが出来た。

 同時に手がかりも得られなかったが⋯⋯。


「予想通りと言いますか、何も見つかりませんでしたね」

「四区は三区よりも警備が厳重ですからね~」


 元々、四区のゴブリンは呪いの被害に合っていない。

 証拠が何も出ないのは皆薄々気づいていたことだが、実際何もないと分かれば落胆もある。

 とはいえ立ち止まっているわけにもいかないのが現状だ。


「一つ一つ思い当たる場所を探していくしかありませんね。我々だけの力では限界もありますし、他の捜査班と合流して捜査を続けましょうか」


 初めの頃は次々に上がっていた提案も、この頃になると出し尽くしてしまっていた。

 最終的に市追さんがそう提案したことで、捜査班はひとまず対策部へ戻り、他の班と合流することになった。


「せっかく加入させてもらったのに、全然力になれなくて申し訳ないです」

「いや、反省すべきはむしろ本職である僕たちの方だ。今の今まで有力な情報が何一つ得られていない責任は、自分たち特殊対策部にある。だから君がそこまで気負う必要はないよ」


 橋雪さんにはあんな風に大口を叩いたが、最初の頃からずっと、無力感が絶えず俺の中にある。

 しかし、一刻も早く事件を解決しないとならない。

 そのプレッシャーは、俺よりも仁賀木さんたちの方がずっと感じているはずだ。

 それなのに、たった数日手伝っていただけの俺が思いつめるのはお門違いだよな。


「それに、洞窟の捜査を提案してくれたのは君だ。力になれていないなんてことはないよ」

「仁賀木さん⋯⋯」


 俺は感謝の意を述べた。

 思えば、俺は仁賀木さんに沢山温かい言葉をかけて貰っていた。 

 いや、仁賀木さんだけじゃない。アリアさん、木古瀬さん、フリックさん、市追さん。

 捜査班の皆にずっと支えられてきた。


 これを言えば、きっと仁賀木さんたちは、必要ないと言ってくれるかもしれないけれど、俺は皆に恩返しがしたかった。

 せめて、事件解決に結びつくような証拠が見つかれば、仁賀木さんたちへの感謝の表明にもなるし、大勢の職員も助かる。


 何か、何かないだろうか?

 見落としていること、気づいていないこと。

 何かあるはずなんだ。

 でなければ事件なんて起こることもなく、今頃皆がいつも通りの日常を送っていたはずだ。

 犯人が魔道具を使ったのだとしたら、一体どこにあるのか。

 もし、使っていないのだとしたらどうやって不特定多数の大勢に呪いをかけたのか。

 魔道具、呪い——絶対に何かあるはずだ——!


 頭の中に次々に蘇る記憶。

 俺が見たもの、聞いたこと、触れたもの——

 あらゆるものが頭の中を駆け巡ってショートしそうだった。

 情報が巡って、巡ってデコボコとした複雑な形の輪っかになっていく。

 

 知っていたのに、気づいていなかったこと。

 俺が何を見逃していたのかを。

 もう少し、あと少しで答えが出るはずだ。

 

「おーい西条さーん? どうかしましたか~?」


 アリアさんが目の前で手を振り呼びかける。

 そこで俺は自分が歩みを止めていたことに気づいた。


「あ⋯⋯すみません、考えごとをしてて。大丈夫です、行きましょう」


 何でもないと言って、俺は捜査班の皆に追いつこうと足を踏み出した時だった。

 


『緊急連絡! 緊急連絡! 医療部の職員方は至急、六区職員寮へお集まり下さい! 繰り返します! 医療部の職員方は————!』


 何処からか鳴り響く監内放送。

 俺はもちろん、捜査班の皆や周辺にいる職員も突然の放送に困惑しているようだった。


「仁賀木さん⋯⋯もしかしてっ」

「考えるのは後だ。ひとまず我々も六区へ向かおう」


 捜査班の面々は顔を見合わせてそれぞれ頷いた。

 止まっていた時が急速に流れ出したみたいだった。

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