70 意外な好物
昼食には少し早い食堂には、既に多くの職員たちがいた。
いつものカウンター席をゲットした俺は、運ばれてきた料理に思わず喉を鳴らす。
「お待たせしました、デミグラスハンバーグとポリートサラダのセットです」
キラキラと輝く美味しそうな香りのデミグラスソース。
人間界では聞きなれないポリートサラダというのは、いわゆるポテトサラダのことだ。
ポテトサラダよりも若干ヘルシーで、魔力回復にはとても良い料理らしい。
「ライスは大盛にしておいたよ」
「ありがとうございます、浮羽屋さん。いただきます!」
ナイフで一口大に切ってからフォークで口へ運ぶ。
瞬間、デミグラスソースと肉のうまみが口の中に広がり、ジュワっと肉汁が口の中で溢れた。
「んまひ⋯⋯!」
幸せだ。
空腹の体に染み渡る。
「鷹梨くんは美味しそうに食べてくれるからね、作りがいがあるよ」
「だって本当に美味しいんですよ。毎日毎食、こんなに手の込んだ美味しい料理を作れるなんて凄いです」
しかも三階層の職員分をだ。
食堂勤務の職員は他にもいるとはいえ、その労力は尋常ではないはず。
だというのに毎度このクオリティの料理を提供できるのは本当に凄いと思う。
「俺は料理しか能がないからね。調理課には腕利きが山ほどいるから、毎日が勉強だよ」
料理を食べてもらい、感想を受けて改善していく、日々その繰り返しだと浮羽屋さんは言った。
「浮羽屋さんみたいに料理が上手な人でもそう言うレベルの腕利きって⋯⋯」
「それはもう、六世界から集められたプロの料理人ばかりだからね。実績もあるし、経験数も桁違い。初めの頃は大変だったよ、包丁にすら触らせてもらえなかったからね」
浮羽屋さんがディオスガルグに来たのは七年前。
元々人間界で小料理屋を営んでいた浮羽屋さんでも、当初は食堂の掃除や食器洗いなど、雑用を任されるばかりだったそう。
そうやって下積みを重ねて、ようやく今の三階層の料理長の地位に就くことができたらしい。
「俺がこうして、自分で考えたメニューを出せるようになったのもここ一、二年だしね」
「それで、今があるんですね」
また一口、ハンバーグを食べながら浮羽屋さんの苦労に思いを馳せる。
幾重にも凝縮した旨味が、そのまま浮羽屋さんの努力の証のようにも思えた。
ポリーとサラダも、あっさりとしてくどくなく、ポテトサラダのようなべたつきは感じなかった。
パセリの風味とニンジンの甘さが良いアクセントになっている。
しかし、大盛の白米に肉汁たっぷりのハンバーグは相性が良い。
こうして人間界を離れても、変わらず白米を食べれるなんて、贅沢な限りだよな。
なんてしみじみ思っていると、カウンター席に誰かがやってきた。
「っ橋雪さん!? 食堂で会うなんて珍しいですね、昼飯ですか?」
三つ隣の席に座ったのは何と橋雪さんだった。
この三か月間、橋雪さんと昼飯が被ったことは一度もない。
食堂で姿を見たのも、序曲事件の慰労会の時以来だ。
もしかしていつもこのくらいの時間に食べに来ていたのだろうか。
だとすれば会わなかったのも当然だ。
俺はいつも十三時前くらいに食べるのが習慣で、十二時よりも前に食べるのは今日が初めてだった。
「それ以外に食堂に来る理由はないだろう。いつものを頼む」
橋雪さんは運ばれて来た水を一口飲むとそう告げる。
「承知しました」
浮羽屋さんは朗らかに言うと、キッチンの奥へと消えた。
しかし俺は橋雪さんの言った「いつもの」がとてつもなく気になっていた。
デザートの果物を食べながら考えていると、間もなくして答えが判明した。
キッチンのカーテンから浮羽屋さんが出てくる。
独特なスパイスの香り——この匂いはもしや、カレー?
「お待たせしました。サンダーバードのバターチキンカレーと、付け合わせは魔界の旬野菜を使ったマリネです」
うむと頷いてトレイを受け取ると、さっそくカレーを食べ始める橋雪さん。
しばらくその姿を見ていたが、橋雪さんは終始無言だった。
相変わらずというか、その表情は浮羽屋さんの料理を前にしても一切緩みもしない。
「なんか意外ですね」
「何がだ」
俺が橋雪さんのことを見ていたことに気づいていたのか、橋雪さんは特に動きを止めることもなく、食べ進めながら答えた。
「いや、うちの階層って週に二日はカレーの日があるじゃないですか。なのに敢えてカレーを食べるってことは、よほどカレーが好きなんだなーと思いまして」
それに、いつものと注文するくらいなのだから、橋雪さんは頻繁にカレーを頼んでいるのだろう。
なんというか、勝手なイメージなのだが、橋雪さんって仕事以外のあらゆることに興味がなさそうだから、食事も片手で食べれるような軽いもので済ませているのだと思っていた。
もしくは焼き魚定食みたいな渋い系とか。
⋯⋯本当に偏見だけど。
「橋雪さんは朝はサンドイッチ、昼と夜はいつもカレーだからね」
「えっ、毎日二食もカレーを食べてるってことですか?」
「そうだよ。俺が三階層に来てから五年だけど、唯一違うものを食べていたのはこの前の打ち上げの時くらいかな」
つまり五年間一日二食のカレー生活を送り続けていると?
——俄かには信じがたい。
「浮羽屋、余計なことを言うな。別に好きで食べているわけじゃない」
「いや、好きじゃない食べ物をそんなに毎日食べれる人なんていませんよ」
いくらカレーのレパートリーが豊富だからって、毎日食べれば飽きもするし、普通なら嫌になるだろう。
思わず突っ込むが、橋雪さんがカレー好きを認めることはなかった。
それどころか、カレーは栄養価が高く早く食べられるからだ、と真顔で言ってきたので、やはり半分悪魔の血が入っていると価値観も異なるのか、それとも俺が変なのか不安になってきた。
まぁでも、本当に人って見かけによらないよなー。
まさか、あの橋雪さんがカレー狂人だとは思っていなかった。
これは面白い一面を見た気がする。
「捜査の進捗はどうなっている」
昼食を食べすすめていると、唐突に橋雪さんが言った。
⋯⋯驚いた。
橋雪さんが俺に仕事のことを聞くなんて珍しいからだ。
「いえ、第一発見者への聞き込みや、魔道具の捜索で三区のゴブリンの巣を探してみましたが、特に気になるところは見つかりませんでした」
今日も十三時から捜査班と合流して昨日の続きを始める予定だが、正直あまり期待が持てなかった。
「監視カメラをいじくった形跡もないようなので、本当に迷宮入りになっちゃうんじゃないかって」
原因不明の体調不良、ゴブリンの死。
果たして本当に呪いは誰かによって意図的にバラまかれたものなのか。
「迷宮入りにはさせない。ディオスガルグは絶対的な信頼の下成り立っている。いつまでも犯人を泳がせているわけにはいかない」
前回と違って、今回の事件はゴブリンの一件以降犯人の動きがない。
それも捜査が進まない要因の一つなのだろう。
橋雪さんはいつの間にか最後の一口を食べ終えていた。
「信頼⋯⋯。前も言ってましたよね。六世界から集められた囚人を収監するディオスガルグが機能しなくなれば、大変なことになるって。もし、本当にそんなことになったら⋯⋯」
最悪、世界が滅びるような事態にまで発展するかもしれない。
天界だけじゃない。人間界にまで、被害が及ぶかもしれない。
そうなれば、きっと、数えきれないほどの人が死ぬ。
橋雪さんは、そうならないために、いつも冷徹であろうとしているのだろうか。
「ディオスガルグの職員である以上、いかなる時も最悪のケースは想定しておかねばならない。だが、それはあくまで想定の話だ。新人のお前が考えることではない。そんなことに頭を悩ませる暇があったら目の前の事件について考えろ」
今そんなことを想像しても何にもならない。
怯えてたって足がすくむだけ。
確かに橋雪さんの言う通りだが⋯⋯にしたって言い方ってもんがある。
「確かに俺は入って半年もたたない新人ですけど、結構やれてる方だと思いますよ? 普通、初っ端からオークに襲われれば大概の人は辞めると思いますよ。それに、橋雪さんの下は皆すぐ辞めていくみたいですし」
ディオスガルグに来た当初も橋雪さんが自分で言っていた程なのだし、よっぽどなのだろう。
それにしては、俺は頑張ってる方だと思う。
「一端の口を叩くな。まともに仕事が出来るようになってから言え」
冷ややかな視線で俺に釘を刺すと、橋雪さんは食器の乗ったトレイを別の調理課職員に渡し、食堂を出て行ってしまった。
⋯⋯ごもっとも。
だが、いつまでも言われっぱなしではいられない。
絶対橋雪さんにアッと言わせてやるからな!
そう俺は硬く心に誓うのだった。




