69 対ケルベロス訓練
結局、俺は一度もキッドから一本も取ることが出来ず、一対一の訓練は終わった。
「俺の勝ちだな!」
キッドはニヤリと犬歯を見せて笑い水を飲んでいた。
「ああ。圧勝だった。でもいつかお前から一本を取って見せる」
「おー威勢だけは良いじゃねーか、そうこなくっちゃな!」
真っ白なタオルで額と首の汗を拭う。
涼しい空気が肌に気持ち良かった。
ボロ負けしたというのに何故だか清々しい気分になっていた。
試合中はあんなに悔しくて情けなかったのに、今は何故だか、自分が悪魔相手にここまでやれていることが誇らしく思えてきた。
落ち込むだけだった頃の自分から少しは成長できたのかもしれないな。
「西条、休憩が終わったら次はケルベロスとの戦闘訓練だ。奴はコアリードの指示には従うようだが、用心するに越したことはない。こいつを着用しておけ」
そう言ってグスタフさんに何かを渡される。
何だこれ、ゴーグル?
「なんだよソレ、カッケーな! 俺のはねーのかよ!?」
キッドも興味津々でゴーグルを覗いてくる。
「お前には必要ないだろ。これは開発課による特殊改造されたゴーグルだ。ゴーグルから発する魔法のクッションが攻撃を吸収し、使用者を守る魔道具になっている」
「へぇー、滅茶苦茶凄い魔道具じゃないですか」
これがあればどんな敵が来ても無傷のまま戦うことが出来る。
しかし、そんなに便利な話ではないらしい。
「確かに短期戦では優位に働くが、ある一定の攻撃量を超過すれば機能は失われる。それが強力な力を持つ相手となれば一発でもゴーグルが壊れる可能性がある。それに、職員らにいきわたるよう大量に生産するにはコストがかかり過ぎるなど、多くの懸念材料を抱えているため、現時点では訓練用に導入される程度で実用化には至っていない」
なるほど、つまり軍事部で試しに使わせてもらっているということか。
「ありがとうございます、グスタフさん」
貴重な魔道具を使わせてもらうのだ。
さっきみたいに一方的にやられてるようじゃ駄目だな。
「今度は三本先取ではなく、三分間のタイムアタックの形をとる。三分の間、いかに攻撃を与えられず、いかに相手に攻撃を当てるかだけを考えろ」
訓練方式が変わった。
今回は逃げ切ることもポイントになっている。
ケルベロス——本物のモンスター相手にどれだけ攻撃を受けず、防げるだろうか。
「仮に三分経たずとも、三回攻撃を受けた時点で強制終了だ。無論、ゴーグルの耐久度次第ではそれよりも早く終了する場合もある。どちらにせよ、三分間耐えられなければ罰ゲームとして訓練場五十周を課す。だが一回でも攻撃を与えることができたら免除だ。その場合はお前の勝ちとする。ルールは分かったな?」
やっぱり鬼教官だ——!
「⋯⋯分かりました」
これは何としてでも勝つしかない。
三分耐え忍ぶか、その前に攻撃を当てるかだ。
「よし!」
胸を軽く叩き気合を入れ、剣を構える。
開始の合図が聞こえた。
しかしすぐには動かない。
冥界の門番——ケルベロスは、三つの頭を持つ大型モンスターだ。
異世界モンスター特集曰く、戦闘手段は主に鋭い牙と爪の物理攻撃。
弱点は音楽で、特にハープを聴かせると、どんな場所でも一瞬で眠らせることができるらしい⋯⋯が、この弱点に関しては全く役に立たないと言っていい。
——ならばどうするか。
構えの姿勢を崩さず、相手の出方を待つことにした。
速さ、力、未知の部分が多い相手に無暗やたらに突進していけばロクなことにはならない。
「ウッド、お前の力を見せつけてやれ!」
キッドが後方から指示した。
ケルベロスのウッドは、返事をするかのように咆哮を上げ、真っすぐこちらへ向かってきた。
「速い⋯⋯!」
しかもやっぱりデカいな!
自分の何十倍もデカいモンスターに突進してこられれば自然と足がすくむ。
いや、プラスに考えろ!
デカいってことはそれだけ的も大きい。
上手くいけば一撃だけでも入れられるかもしれない。
しかし、そう簡単な話ではなかった。
このケルベロス、とにかく速いのだ。
ゾウよりもデカいモンスターが、まるでチーターのように動き回っている。
小回りがきく点では体の小さいキッドの方が勝ってはいるが、単純な速さと力だけならウッドの方が断然上だ。
「クっ⋯⋯!」
逃げ回るのは無駄だ、スピードじゃ絶対勝てない。
かといってこっちが突っ込んでいけばすぐに避けられる。
そもそもケルベロスは犬型のモンスターだ。
匂いや気配には敏感で、こちらの動きや考えはすぐに読み取られてしまう。
これは、一撃入れるのだって相当レベルが高いぞ⋯⋯。
「手出しも出来ねーだろ! 当然だ! ウッドは冥界最強のケルベロスだからな!」
「二人揃って冥界最強かよ、そりゃー凄い話だ」
息を整える。
残り何分だろうか?
マラソンや上体起こしみたいな体力トレーニングをする時とは全く違う体の動きに、体力をかなり持っていかれてる。
ウッドの動きは初めから全く落ちていない。
流石は冥界のモンスターだ。
このままじゃキッドの時と同じ。
何も出来ないまま終わってしまう。
せめて最後は、一発だけでも入れてやりたい。
ウッドはこちらを睨みつけながら四本足で歩いている。
俺の出方を伺っているのだろうか。
だが、恐らく時間はあまり残っていない。
こちらが出ないと分かれば、すぐにでも最後の攻撃を仕掛けてくるだろう。
そうなればまた、避けることに集中するしか出来なくなってしまう。
だから、こっちから仕掛ける!
「行くぞ!」
ケルベロスは頭がいい。
俺が真っすぐ向かってくれば当然避けるだろう。
そして反撃しようと俺の間合いに近づく。
それを利用する。
「ウッド! やっちまえ!」
あいつ、これが訓練だって分かっているのだろうか?
まあそれだけ本気だってことなのだろうが。
だからといって本気で殺しにかかってこられちゃ困る。
「とりゃあああああー!」
いつものように声を張り上げ、斜めから剣を振り上げる——が、そのままただ切りかかる訳じゃない。
俺は握り部分にある赤い小さなボタンを押して、すぐさまウッドに向かって剣を投げつけた。
重量最小の軽い剣はそのままグルグルと回転して飛んでいく。
——が、当然ウッドはそれを避けて、前傾姿勢でいる無防備な俺に近づき、前足の爪で襲い掛かる。
鋭い爪がゴーグルの効果で出現したクッションを引っ掻き、同時に鞘でウッドの首元を突いた。
ピィーーー!!!
ホイッスルの音が鳴り響いた。
◇ ◇ ◇
「只今の結果だが、西条が一撃を与えたため西条の勝利とする」
「ハァ!? 鞘で一突きしただけだろうがッ、あんなかすり傷にもなりやしねぇのを攻撃なんて認めていいのかよ!?」
すっかり敬語の外れたキッドがグスタフさんに異議——という名のクレームを申し立てる。
「一撃は一撃だ。今回のルール上問題はない。ただ、コアリードの言う通り、実際の戦闘では鞘で一撃を与えたところで時間稼ぎにもならないだろう。西条はこれに慢心せず、これからも精進するように」
今回は訓練で、ゴーグルで攻撃を防げるという補助が付いた状態での戦闘だ。
しかし現実ではそう甘くない。
頭に一撃を受ければ一瞬でお陀仏だ。
「チッ、俺は認めねーからな! 勝ったのはウッドだ!」
負けず嫌いのキッドはそう吐き捨てて怒り心頭のまま去って行った。
⋯⋯これはしばらく口を利いてくれなさそうだな。
俺は寮室でそっぽを向くキッドの姿を想像し苦笑いを浮かべる。
だが、キッドの言う通りだ。
確かに勝負では勝ったが、実力で勝ったとは到底言えない。
こんなゴーグルなしでも、ちゃんと自分の力でモンスターを倒せるように頑張らないとな。
金色の空に輝くゴーグルを見つめ、俺はそう思った。




