68 実践訓練
「⋯⋯チっ、なんで俺がこんなとこに」
翌朝、いつもより早い時間にグスタフさんに呼び出された俺は、訓練場に来ていた。
来て驚いたのは、そこにキッドの姿があったからだ。
そして、キッドは件の相棒、ケルベロスのウッドを連れていた。
改めて見るとデカいな⋯⋯。
ウッドが大きな三つ頭をブルブルと震わせている様子を俺がマジマジと見ていると、苛立ったようにキッドが言った。
キッドは俺より早く来ていたので、訳も分からず待たされていることに気が立っているのだろう。
すると、ちょうどそのタイミングで昇降機の方からグスタフさんの姿が見えた。
「待たせたな。今日の訓練に関してだが、実践を想定した本格的な訓練を行う」
「実践⋯⋯ですか」
今までの訓練は木刀を使った素振りだったり、スイッチ剣を使って木の棒を切る練習だった。
それが、今回は実際の戦闘を想定した訓練。
ということはもしかして——
「で、何で俺が呼ばれなきゃなんねーんです」
それが敬語なのか微妙なラインだが、キッドの質問にグスタフさんが一つ頷き説明し始めた。
「実践訓練というのは、実際にモンスターや侵入者、囚人らと戦闘状態になった時を想定しての訓練となる。そこで、コアリード、お前には訓練に参加し、西条の相手をしてもらう」
「は!? なんで俺がこいつの訓練相手をやらなきゃなんねーんですか! 相手なら他にも獄卒獣や軍事部の職員に適役がいるだろ」
キッドが興奮しているのに呼応してか、ウッドが低く唸る。
「理由はある。そもそも獄卒獣は職員を襲わないからだ。訓練相手として使うためには制服を脱ぐ必要があるが、制服を着ていないと判断した獄卒獣は本気で襲ってくるだろう。それでは訓練にならない」
グスタフさんの言う通り、職員は制服を着ている限り襲われることはないが、制服を着ていなければ侵入者、もしくは脱獄囚と判断され、間違いなく攻撃される。
オーク事件の時が良い例だ。
加えて、俺は真剣を持って日が浅い。
本気で殺しにかかってくる獄卒獣の相手など出来るはずがない。
「その点、コアリード。お前は西条と同室で気の知れた相手だ。そして、ケルベロスを手なずけている。魔法種族とモンスターとの戦闘訓練をするのに不足ない相手だ」
「⋯⋯だからって何で俺が⋯⋯」
キッドはブツブツと文句を言っていたが、フィンセントさんと橋雪さん公認であると知ると、大人しく引き下がった。
「ありがとうな、わざわざ俺の訓練に付き合ってくれて」
「チっ、分かってんなら少しはまともに戦えよ。一発で伸びたら承知しねーからな!」
多忙なキッドが協力してくるのだ。
いつも以上に気合を入れなければならない。
俺は深く深呼吸をして構えの態勢を取る。
キッドは正面の離れた位置に構えていた。
まずはキッド対俺の対人訓練だ。
相棒のウッドは大人しくグスタフさんの横で骨をしゃぶっている。
魔法を使う相手と戦うのは今回が初。
今までは動かない木の棒ばかり相手にしていたから慣れない緊張感がある。
自然と柄を握る指に力が入る。
「来ねーならこっちから行くぞ!」
訓練方法は一対一、三本先取方式。
相手に必殺の一撃を入れられたら一本で、先に三本を取った方の勝ちだ。
もちろん、攻撃は寸手のところで止めることになっている。
これはあくまで訓練だ。
怪我をして学ぶことも大事だが、今回の目的は動く相手との戦闘に慣れることにある——とグスタフさんが言っていた。
「一発で仕留めてやる!」
「おい、さっきと言ってることが違うだろ!」
突進してくるキッドの攻撃を剣で受け止める。
「ッ——!」
お、重い⋯⋯!
流石悪魔だ。
俺は受け止めることが精いっぱいで、その後も攻撃を仕掛けてくるキッドを剣で受け止めたり、回避することを繰り返すばかりだった。
「おい真面目にやってんのか!? さっさと反撃しろ!」
「グッ⋯⋯!? ⋯⋯ッそれが出来たら苦労しない」
硬化させた爪で素早く襲い掛かってくるキッドを寸手のところで後ろへ飛びのきかわす。
しかしその拍子にバランスを崩して体が後ろへ傾く。
マズイーー!
そう気づいた頃には遅かった。
安定性を失った俺の体はわずかに宙を浮き、そして地面に尻から着地してしまった。
「痛っ」
その隙をキッドが見逃すはずがない。
すっかり無防備になって倒れ込んでいる俺の首元にキッドが爪突き刺そうとして——止まった。
「一本!」
グスタフさんが声を上げた。
「屁でもねーな」
フッとキッドが鼻で笑い、俺から離れる。
鋭く鉄のように硬い爪は、いつの間にか元に戻っていた。
「正直一本も取れる気がしない」
「たりめーだ! 俺は冥界最強の悪魔キッド・コアリード様だぜ。目ェ瞑ってたって人間なんぞには負けねーよ」
冥界最強かはさておき、事実キッドは強い。
フィリエスさんとの戦闘でもあれだけの動きを見せていたのだから。
目を瞑っても勝てるというのは冗談でもなんでもない。
それほど俺とキッドには力の差がある。
悔しいが、勝てるはずがない。
「西条、一度休憩を挟むか?」
俺がずっと座り込んでいたからだろう。
グスタフさんが見かねて尋ねる。
「いえ、大丈夫です。続けます」
俺は立ち上がって再び剣を構える。
キッドの攻撃は重く、そして素早い。
多少手加減はされているだろうが、攻撃を受け止めて避けることくらいは今の俺にもできる。
後は一撃でもキッドに入れることができれば⋯⋯。
「始め!」
グスタフさんの合図の瞬間、キッドが攻撃を仕掛けてくる。
今度はナイフだ。
フィリエスさんの時はナイフを投げて、その隙に硬化させた爪で攻撃していた。
流石に今回はナイフを投げてくるなんてことはないだろうが——
「——うおッ!? おいっ、危ないだろ!」
コイツ、マジで投げてきたぞ!
物凄いスピードで飛んできたナイフが顔面を掠め、心臓がヒュッとした。
「油断禁物だぜ!」
俺がナイフに反応している隙に距離を詰めたキッドがもう一本のナイフを取り出し俺の心臓へ——。
「一本!」
あっという間にキッドにリーチがかかった。
あのナイフはわざと外したんだ。
俺の注意をひいて、そして切りかかってきた。
今度は反撃も攻撃を受け止める暇も与えられなかった。
いや、考えるな!
「——もう一回!」
頭を切り替え、俺は切っ先をキッドへ向けた。




