66 ゴブリンの巣窟(1)
一階層三区にはゴブリンの住処がある。
三区の雑居房の裏側に隣接する一角にそれはあった。
複数種の獄卒獣がいる三階層の管理場とは違い、この中にいるのはゴブリン一種だけのようだ。
まるで洞窟のような岩穴の奥は薄暗く、両サイドに等間隔に掛けられている松明が唯一洞窟内を照らしている。
「なんか、思ってたよりもかなりガチのやつですね⋯⋯」
異世界ものの漫画で見たゴブリンの巣窟そのものだ。
ゴブリンは人間の子どもくらいのサイズしかなく、使う武器は棍棒や弓などの原始的なものばかり。
そのためいわゆる雑魚モンスターと言われ、初心者冒険者の戦闘訓練相手にはもってこいの相手と言われているが、ゴブリンは群れを成し行動するモンスターだ。
一体では雑魚でも、集まれば油断ならない敵となる。
特にゴブリンの巣はゴブリンたちがうじゃうじゃといて罠なども仕掛けられていることが多いから、上級者でも近づかない――ってのを漫画で読んだことがあるが、果たして⋯⋯。
「安心しろ。制服を着ていれば、たとえ巣の中でも襲われることはない。まあ罠にかかれば話は別だがな」
「え!? ⋯⋯ってことはやっぱり罠があるんですか?」
「こら、西条くんが怖がっているだろう。大丈夫だよ、罠は見つけ次第取り除かれているから、少なくとも、普通に歩く分には罠にかかるなんてことはないから」
どちらにせよ罠はあるのか⋯⋯。
物凄く不安だが、仁賀木さんの言葉を信じるしかない。
「心配なら僕たちの後ろを歩くと良いよ。視界も良好ではないし、その方が君も捜査に集中できるだろう」
「⋯⋯そうさせてもらいます」
情けないが、お言葉に甘えさせてもらう。
洞窟の中は松明で照らされてはいるが、やはり薄暗い。
俺は仁賀木さんたちの後ろをついて行きながら、洞窟内のあちこちを観察する。
「見れば見るほど本物の洞窟みたいですね。これも魔法とか特別な技術のおかげなんですか?」
岩のゴツゴツとした感じや、声の反響の再現も凄い。
「その通り。物質加工の魔法と、幻術を掛け合わせた開発課とデザイン課協働の結晶だよ。実際に魔界にあるゴブリンが住処としている洞窟を再現しているんだ」
「獄卒獣たちも生き物ですからね。住み慣れた場所に近い環境を用意してあげる方がストレスもかかりませんしね~」
景観だけじゃなく、そういうこともちゃんと考えられているのか。
広さのある一階層ならではだな。
「別れ道だね」
先頭の仁賀木さんが立ち止まって振り返る。
「ここからは二手に分かれましょうか。では、私たち三人は右のルートを調べて見ます」
最後尾にいた市追さんが、一番近くにいた俺とアリアさんを指して言う。
前にいた三人、後ろにいた三人で別れる形だ。
「分かった。僕たちは右のルートを行くとしよう。何かあったら無線機で知らせてくれ」
仁賀木さんが人差し指で耳元の無線機を指すと、「了解しました」と市追さんが言った。
捜査班は二組に分かれ、俺たちは市追さんを先頭に右のルートを進むことにした。
今歩いている場所はどうやら通路のようで、少し幅が狭くなっている。
とはいえ、大人三人分が横に並んで歩けるくらいの広さはあり、むしろこのくらいの方が松明の明かりが届いて観察しやすい。
「皆さん、ここからはお静かに」
別れてしばらくした時、先頭を歩いていた市追さんが突然人差し指を口元に当て合図した。
俺たちは言う通りに、声のボリュームを下げ、必要最低限の会話だけを行うようにした。
何故市追さんが静かにしろと言ったのかは、すぐに分かった。
「⋯⋯っ」
そこにはゴブリンたちがいた。
しかし、ゴブリンたちは眠っているようで、気持ちよさそうに寝息を立てている。
「足元に気をつけた方が良いですよー。うっかり踏むと怒って攻撃してくるかもしれませんからね~」
寝起きはゴブリンでも機嫌が悪いらしい。
俺は全力で首を縦に振り返した。
二区で死んでいたゴブリンたちは、ここ三区を住処とするゴブリンだが、一部はこうして生き残っていたようだ。
呪いを掛けられた場所が影響しているのだろうか?
二区で死んでいたゴブリンは洞窟の中で呪いを掛けられ、今生き残っているこのゴブリンたちはその時は別の場所にいた⋯⋯とかだ。
もちろん、外で呪いを掛けられて、このゴブリンたちが中にいた可能性もある。
そこで、俺は天井の隅に監視カメラが備え付けられているのを見つけた。
入口にももちろんカメラはあったが、こんな奥の方にもあるのか。
これじゃ、洞窟の中で呪いをかけるのは至難の技だな。そもそもここ三区の雑居房のある周辺一帯は、職員証明書がなければ通れない。
フリックさんと事情聴取をした時に通ったあの場所と、もう一つ入り口があるのみだ。
もう一つの入り口はこの洞窟の近くにあり、そこも同様に窓口で職員証明書による本人確認が必須となる。
つまり部外者は入れない仕組みになっているわけだ。
⋯⋯ということはやはり、犯人は職員ということになるのだろうか。
俺はフィリエスさんの時を思い出す。
優しく穏やかなフィリエスさんが犯人だったと知った時は驚いた。だがそれ以上に辛い気持ちにもなった。
同じ階層で働く仲間だと信じていたからだ。
もし、今回の事件も犯人が職員なのだとしたら、きっと多くの職員が同じ思いを抱く。
何故、どうして――?
フィリエスさんが何故俺を襲ったのか、監獄を陥れようとしたのか、その理由はいまだハッキリと分かっていない。
フィリエスさんは何者かによって殺されてしまった。
もう二度と、フィリエスさんの口から真実を聞き出すことはできない。
いや、余計なことは考えるな。今は捜査に集中しろ!
目の前のやるべきことを、ちゃんと。
俺たちは眠っているゴブリンたちの傍を通り過ぎる。
なるべく音を立てないように慎重にだ。
それにしても凄いな。
奥に行けば行くほど、その異様さが目に付く。
まず岩壁に掲げられた古びた旗だ。
何を表わしているのか分からないが、薄汚れたその旗には目のような記号が書かれていた。
それがところどころに見受けられる。
ゴブリンたちの傍に落ちている木の盾や、剣の鍔にも。
「なんだこの記号?」
松明の灯の明かりに照らされ鈍く光る刃に俺の姿がぼんやりと映る。
その剣の鍔の部分に旗にあったのと同じ目の記号が刻まれていた。




