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64 事情聴取(2)

「あれは、三日前のことです。いつものように、ここで囚人を監視していました。でもここ一週間くらい眠れない日々が続いていて、思わず欠伸を⋯⋯その時に李岳さんがやってきて、体調不良が流行っている原因について心当たりがあるかと聞かれました。でも、全く思い当たる事がなくて、何も答えられませんでした。

 その後、頭痛や眩暈が酷くなって、早退させてもらうことにしたんです。⋯⋯ゴブリンを見つけたのはその時です」


 頭痛、眩暈⋯⋯他の職員と同じ症状。

 ユーティウスさんも呪いにかかった一人だったということか。


「通報は発見後すぐに?」

「はい。突然のことでパニックになっていたので、伝えた時にはあまり上手く説明出来ませんでしたが⋯⋯すぐに来て欲しいと、無線機でそう伝えました。

 ⋯⋯本当に驚きました。一体だけじゃなくて、何十体も死んでいたんですから。しかも、もがき苦しむみたいに⋯⋯! 只事じゃない、そう思いました。なので、通報した時は見つけてから一分も経っていなかったと思います」


 監視カメラからでも分かる動揺。

 そりゃ普通に歩いていたら、いきなり目の前でゴブリンが集団で死んでいるのだから、余程ショックを受けたに違いない。

 それでもすぐに通報できたのはユーティウスさんの職員としての使命感からだろう。

 俺ならきっと、すぐには動けない。


「その間、通報から警備部の職員が駆けつけるまでに何か⋯⋯不審人物や、その場にないはずの不自然な物を目撃した、とかはあったかな?」


 続いてフリックさんが質問をするが、少し考えるように首を傾げてからユーティウスさんは否定した。


「⋯⋯いいえ、特にはなかったように思います。混乱していたので見落とした可能性はあるかもしれませんが、少なくとも誰かが通ったとかはなかったはずです。

 ゴブリンが死んでいる、ということ以外はおかしな所もなかったかと」


 ユーティウスさんがゴブリンを発見した場所は、通路の手前——転移石側の方だ。

 対して、『2』の文字が書かれていたのはゴブリンの死体が連なるその少し先の壁だ。

 距離にして十五メートル程。

 例え死体に気を取られていなくても、まず気づくはずのない距離だ。

 ユーティウスさんがおかしな所はないと言ったのも当然だった。


「そうか⋯⋯」


 そこでフリックさんは俺にチラと目配せする。

 俺は小さく頷く事で了解を伝える。ここからは俺が引き継ぐ事になっている。


「初めまして、臨時で捜査班に加入した西条です」


 まずは挨拶を、と遅れて自己紹介すると、ユーティウスさんは、じっと俺の顔を見て思い出すように頷いた。


「知っていますよ、三階層の職員さんですよね。序曲事件、大変でしたでしょう」


 一階層担当の看守ならば、記事を見て、それで詳細を知ったのだろう。

 まあ対するアリアさんはすっかり頭から抜けていたようだけどな⋯⋯。

 ユーティウスさんと軽く握手を交わすと、挨拶もそこそこに、俺は事情聴取を始めた。


「ユーティウスさんはどうして現場となった二区の通路を使ったんですか? 寮に戻るにしても、転移石を使った方が早く着くと思うんですが」


 体調不良なら尚更だ。転移石は各階層にある昇降機のように使用に制限があるわけではないようだし、それなら転移石を使う方が時間の短縮になる。

 わざわざ通路を歩くメリットはないだろう。


「あぁ、あの時俺は確かに寮に帰ろうとしました。でも、あまりに頭痛が酷かったので、先に医務室に寄ることにしたんです。医務室はあの通路を出た近くにあるので」


 医務室⋯⋯! なるほど、真っすぐ寮に向かったわけじゃなかったのか。


「確かに、医務室は通路を出た左側にある。転移石で医務室に最も近い石にワープしても、歩く距離は大して変わらないだろうね」

「転移石を使った方が本当は少し近くなるんですけど、その時は歩いた方が早いと思って、そのまま通路を使ったんです。でもおかげでゴブリンを発見出来たので、良かったのかもしれませんね」


 疑問は思ったよりもすんなりと解決した。

 そういうことなら通路を使ったのにも納得がいく。

 ただ、空振りになってしまったのは、少し残念だった。


「そうですか⋯⋯。では、最近変わったこととかはありませんでしたか? 現場だけでなく、事件以前に何か奇妙な物を見た⋯⋯とかは、どんな些細な事でも良いんです」

「そう⋯⋯ですね⋯⋯」


 ユーティウスさんはまた、記憶を辿るようにして暫しの間黙り込む。


「んー、やっぱり思いつきませんね。お力になれずすみません」

「こちらこそ、お仕事中にすみません」

「いえいえ! 俺もまた何か思い出す事があればお伝えします」


 ユーティウスさんが慌てて手を振る。

 すると、制服で隠れて見えなかった部分、腕にガーゼが貼られているのが見えた。


「怪我されたんですか?」


 思わず指摘すると、ユーティウスさんは自分の右腕を見て頷く。


「はい、どこかで切ってしまったようで。多分、武器の手入れの時だと思うんですけどね」


 そう言うユーティウスさんは腰に剣を差していた。

 戦闘訓練を行っている軍事部や警備部以外でも、護身用に自分の武器を携帯している職員は多い。

 囚人を日頃傍で監視している看守課のユーティウスさんなら尚更だ。


「痛みますか?」

「いえ、そこまで深い傷ではないので、すぐに治りますよ」


 少しレベルは違うが、俺も昔、包丁で指を切ったことがある。

 鋭い刃物で皮膚を切るとかなり痛む。


「お大事にしてくださいね」


 傷だけでなく、体調も気遣い、俺はそう言った。

 目元のクマは濃い。 

 薬は処方されていても、なかなかすぐには眠れるようにはならないのだろう。

 それなのに仕事場に出てきてこうして働いている。

 だからせめて夜の間だけはゆっくり休めるようになれば良いなと、そう気持ちを込めて。で


「ありがとうございます。早く事件が解決できるよう、看守課も力を尽くします」


 そう強い眼差しで、ユーティウスさんは言った。



 結局、第一発見者のユーティウスさんから得られた情報の中で、犯人や呪いに繋がりそうな事はあまりなかった。

 でも、一刻も早く事件を解決したいという意思は、捜査班の皆や、長官たちにも負けていなかった。


「捜査に空振りというのはよくあることだよ。逆に、一見無駄かと思っていた事が正解だったりもする。何十回、何百回という中にたった一つ、有益な情報があれば、事件解決にグンと近づくことも出来る。焦らず行こう」


 監視塔を出た後、フリックさんもそう言ってくれた。

 

「事情聴取の難しさが身に沁みました。フリックさんたちはいつもこんな仕事をしていたんですね」

「まあ実際はそんなこともないんだけれどね、こういう事が起こる事自体、マレだから」


 フリックさんは続ける。


「特殊対策部は本来暇であるべき部署なんだ。特殊対策部が忙しいってことは、何か大変なことが起きてるって証拠だからね」


 フリックさんの言う通りだ。

 ディオスガルグが平和であれば、特殊対策部が動く必要はない。

 そして特殊対策部が動かないということは同時に、ディオスガルグが平和である証拠なのだから。

 

「さあ、他の職員からも話を聞いてみよう。別の視点から何か情報が得られるかもしれない」


 頭を切り替えよう。

 グスタフさんも、「継続で筋肉はつく!」って言ってたし、こうして聞き込みを続けていけば、いつか手がかりも見つかる可能性だってある。

 

「そうですね、行きましょう」


 そうして引き続き、俺たちは三区で事情聴取を行うことになった。

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