62 現場検証(2)
「まあとにかく、呪いは直接受けたか、間接的に受けたかでも症状の重さは違ってくる。現場に残されたものだけじゃ、それを判別するには足らない」
ゴブリンの死体の他に、犯人や呪いに繋がるようなものが現場に残されているとすれば、それはあのメッセージだろう。
俺たちは少し移動し、壁に書かれた黒い『2』の文字を観察する。
「これ、前も思ったんですけど、墨みたいじゃないですか?」
ただし、墨汁に浸した筆で書かれたようなものじゃない。
そのままチョークのように使って書いたみたいな感じだ。
「成分を解析したところ、魔界や冥界で広く使われているクロフェイドと呼ばれる鉱物であることが分かりました。人間界で言うと、墨というよりもグラファイトに近いものですね」
鑑識課に所属する市追さんが教えてくれる。
市追さんは、ディオスガルグに来る以前にも鑑識として働いていたらしく、かなりのベテランだ。
「グラファイト⋯⋯鉛筆とかに使われてるやつですね」
壁に書かれた『2』の数字は、見慣れた鉛筆で書かれた字のように細くはなかったし、独特なテカっとした感じもなかったから墨かと思ったが、言われてみれば確かに、黒鉛に近いようにも感じる。
「クロフェイドは入手が簡単な鉱物です。ディオスガルグでも文字を書く際に使われるペンの一部に使われていますから、談話室や事務室に行けば手に入れることも容易でしょう」
市追さんは人間なのに、魔界の知識に詳しかった。
やはり特殊対策部という特別な部署に所属していると、異世界の様々な知識が得られるのかもしれない。
「こういう時、サスペンスドラマとかだったら筆跡鑑定とかで犯人が分かったりするイメージなんですけど、流石にそれじゃ分からないですよね」
「そうですね⋯⋯。濃くはっきりと丁寧な字で書かれています。おそらく筆跡を誤魔化すためでしょう。これでは判別するのは難しいでしょうね」
市追さんは、今だ残る『2』の文字を注意深く見つめながら言う。
どうやら文字からも犯人の手がかりは得られそうにないようだ。
「でも、犯人はどうしてこんな数字を残したんでしょう。⋯⋯あ、今回の事件が前回の続きだからっていうのは分かってるんですけど、それをわざわざ簡単に目につくような場所に書く意味はないと思うんです」
筆跡だって誤魔化されてはいるが、そもそもこんなものを書かなければここまで大事にはならなかったし、万が一にも鑑定で特定される危険もなかったかもしれない。
それなのに、犯人はわざわざ手間をかけて数字を書いた。
それとも、それこそサスペンスドラマにある通り、犯人の自己顕示欲⋯⋯だというのだろうか。
「犯人にとっては、連続性を示す事が重要だったのでしょう。私の経験上、こういうメッセージを現場に残すような犯人は、相当こだわりが強いタイプであることが多い。ですが、今回の犯人は、メッセージが自分に繋がらないために筆跡をごまかし、数字のみを書くという冷静さも欠いていません」
当然犯人には、ここに『2』なんていう数字一つだけでなく、文章を書くことだって出来ただろう。
例えば『これは第二の事件である』だとか、脅迫文でもいい。短い簡単な文章なら、職員に見つかる前に書くぐらいの隙はあったかもしれない。
でも、犯人は『2』だけを書いた。それが犯人の慎重さを現わしているのではないかと市追さんは考えているようだ。
「まぁこの監獄じゃ、こだわりの強い奴なんてごまんといるからな。それこそ狂気的なレベルの奴もザラにいる」
「おやー? ご自分の事ですか~?」
「何の事だ」
クスクスと笑い、煽るように言うアリアさんに木古瀬さんがため息を吐く。
当然、なんの話か分からない俺に、市追さんが耳打ちして教えてくれた。
「木古瀬さんは骨格標本コレクターなんですよ。寮内の自室にもかなりのコレクションがあるので、アルベロ―ニさんがからかっているんです」
木古瀬さんは元警部だ。元解剖医のアリアさんが骨格標本を集めるのが趣味だと言うならば、すんなり納得がいくが、それが木古瀬さんなのは少し意外だ。
昔の刑事ドラマに出てきそうな渋い感じのイメージだったからな。
「俺の事はどうでもいいんだ。捜査に集中しろ」
木古瀬さんはこれ以上追及されるのを恐れてか、咳払いすると話を元に戻した。
「監視カメラはどうなんでしょうか。ゴブリンは映っていませんでしたが、何か別のものは映っていたのかも」
「別のものっていうのは、例えばどんなものですか?」
市追さんにそう聞かれ、こういう状況に慣れない俺は、少し遠慮しながらもこう答えた。
「通行人とかです。ゴブリンや数字を書いた犯人は直接映っていなくても、その時間帯ここの通路を移動していた職員がいれば、何か目撃している可能性もあるんじゃないかって⋯⋯」
ゴブリン発見時刻は十五時五分。
その時間帯にもし、この通路を歩いている職員がいれば、事件にだって何かしら関わっているかもしれない⋯⋯多分。
「それは既にこちらでも確認している。残念だが、発見時刻から一時間程度遡っても、カメラに映っていた職員は第一発見者の職員だけだ。あとは巡回中のオークやスライムなど何体かの獄卒モンスターの姿は映っていたが、不可解な点は何もない」
獄卒獣は基本的に制服を着ていない者にのみ反応する。
その最たる例が囚人だ。
モンスターたちは、房から出て脱獄を試みる囚人を発見すると襲い掛かるように訓練されている。
しかし同じ獄卒獣を襲うことはない。
モンスターは一体一体に識別番号があり、特別管理下亜種生物という正式名称通り適切な管理がされている。
同じ監獄で働く同志に攻撃をくわえないよう、職員の制服と同じように特別な魔法効果を持つ魔道具がつけられているそう。
「第一に、一階層では職員による巡回は行っていなかった。序曲事件があってから警備体制の見直しが行われ、モンスターだけでなく職員も巡回に駆り出されるようにはなったが、このだだっ広いフロアを全て四六時中見張れるわけもない。転移石があるから各区、各施設への移動にわざわざ自分の足で迷路みたいな場所を歩いてくる奴もそうそういないしな」
他階層に比べ獄卒獣の数が多いのはそれが理由のようだ。
そして至る所にある監視カメラ。
確かに、こんなことがなければ十分過ぎるほどの警備体制だ。
「それに、一階層の獄卒獣はオークやゴブリン、スライムのような知能の低いモンスターが多いですからね。いくら制服を着ていても、万が一を恐れて接触を避ける職員も少なからずいるので」
「一階層は魔力の弱い職員が多く配属されていますからねー。もちろんディオスガルグ内ではの話、ですけど~」
優秀な職員の多いディオスガルグでは百人に一人や千人に一人と言われるような天才が集まる。
高い魔力値を誇り強力な魔法を操る猛者が大勢いる中で、凡人が紛れれば、外に出れば平均値であっても魔力が低いと錯覚してしまうということだ。
まるで進学校みたいだな⋯⋯と少し切ない気持ちになった。
だが、木古瀬さんたちの話で分かった。
普段から職員の巡回をしていないのなら、この通路を通る必要もない。
雑居房に行くなら転移石のある部屋を出て真っすぐそのまま進めばいい。
わざわざ左へ曲がりこっちの通路を行く必要はない。
あれ⋯⋯? だとすれば⋯⋯、
「第一発見者の職員は何故この通路を使ったんでしょう」
ふと湧いた疑問を口に出してみる。
「西条の言う通りだな。この先は確か武器庫と通信室、隣接する別の通路には軍事部の本部があるはずだ」
「気になりますね。では第一発見者への質問ついでに、他の職員にも聞き込みをしてみましょう。何か新たな情報が得られるかもしれません」
現場検証は一端ストップし、俺たちは二区から四区を中心に職員に聞き込みをすることにした。




