61 現場検証(1)
管理下亜種生物ゴブリン—— 一階層の囚人収監区域である二区から四区を中心に活動するモンスターだ。
そして、今回謎の死を遂げた事で多くの職員の注目を浴びる存在だ。
「ゴブリンは基本群れを成して行動する。彼らの住処は房のある三区と四区に二つ存在して、大体一つの群れに五十体くらいの数がいる」
現場となった二区。
既にゴブリンの死骸は検死に回され、現場にはちょうど死骸のあった位置に、ゴブリンの体をかたどりチョークのような線が描かれていた。
「じゃあ死んだゴブリンたちは、その三区か四区から移動してきてここで死んだって事ですか?」
「そういう事だ。このゴブリンは三区——ここから少し先にある一番近い雑居房に巣のあるゴブリンである事が判明した。呪いは、受けてから死ぬまでにある程度時間がかかる。即死するほどの効果があるとすれば、それは相当強い呪いになる。いずれにせよ、呪いの種類が分かれば、呪いを受けてから死亡するまでの大体の時間や、受けた場所が特定できる」
捜査班のメンバーの木古瀬さんがしゃがみ込んだ姿勢で言う。
「呪いの種類⋯⋯じゃあ、職員とゴブリンが受けた呪いは違う可能性も?」
呪いを受けた職員たちが皆体調不良を訴えているのに対し、ゴブリンは死んでいた。
呪いの種類によって致死性や即効性が変わるのならば、症状の差にも説明がつく。
すると、アリアさんが棒付きキャンディを咥えながらやってきて言った。
「いやー、多分一緒だと思いますよ~」
「おいアルベロ―ニ、捜査中に飴を食べるな」
すかさず木古瀬さんの注意が入るが、当のアリアさんはどこ吹く風といった様子で微塵も改善する素振りを見せない。
どこの部署でも自由人はいるもんだなー、と俺はどこかの眼鏡悪魔や会議にいた褐色肌の女性職員を思い出す。
「じゃあ、職員よりもゴブリンの方が先に呪いを受けた——って事になりますよね」
受けたのが同じ呪いならば、職員とゴブリンの症状に大きな差が表れている理由は、呪いにかかった時期が異なるから、という事ぐらいしか思いつかない。
「んー、というよりは、知能の問題⋯⋯ですかねー」
アリアさんは指を顎に添えながら唸る。
「知能?」
「呪いは知能の高い生命体ほど軽症化する特徴があるんですよー。逆に言うと、知能が低い⋯⋯それこそ、ゴブリンやオーク、次点で獣型の魔獣は重症化しやすいんです~」
アリアさんがそう説明してくれる。
なるほど、だから悪魔や天使ら——知能の高い生物である職員は吐き気やめまいなどの比較的軽症状で済んだが、ゴブリンにとっては死に至る程の重い症状が出てしまったという事か。
「他にも種族によって呪いにかかりにくい種族や、かかりやすい種族の違いはあるんですけどー、今回の呪いは余程強力なようで、早く見つけないと、職員の身も危ないかもしれませんね~」
そう気軽にアリアさんは言うが、呪いはある意味、風や感染症と似た部分がある。
元を討たなければ被害は拡大するし、適切な処置を施さなければ、症状は日増しに重くなっていく。
初めは咳や頭痛、鼻水が出るといった症状でも、放っておけば重症化し、救急車に運ばれ入院するような事態に発展することもある、それと同じだ。
「危ない⋯⋯って、最悪死に至る可能性もあるってことですよね⋯⋯」
「そうですねー、そうでなくとも、後遺症が遺る場合もありますから」
仁賀木さんから、呪いを受けた職員は医療部による治療を行っている最中だと伝えられた。
だが、呪いはかなり複雑なもののようで、症状を紛らわす程度の簡単な治療しか出来ていない状況だという。
出来る限り早く原因を見つけなければならない。
流暢な事は言ってられないんだ。
「早く、呪いの正体を突き止めて、平和な一階層を取り戻しましょう」
そう宣言した時だった。
突如ズシンと地面が揺れる大きな音が聞こえてきた。
それはまるで何か巨大なものが歩いているような、そんな音だった。
「この音⋯⋯!」
そして俺はこの音と振動に憶えがある。
まさか⋯⋯と思い音の鳴る方へ振り向くと、十メートル先の通路を巨大な何かが動いているのが分かった。
巨大な緑色の体躯、体中のあちこちにできた人間の拳サイズのイボ、ボロボロの布キレを纏い、身長程の大きさはあるであろう棍棒をかついでいる。あれは、忘れもしない———オークだ。
「オーク、お嫌いなんですかー?」
思わず、げッと顔をしかめ、後ずさりする俺に、アリアさんは顔を覗きこんで尋ねる。
その顔はただ純粋に疑問を抱いているような、そんな様子だった。
もしかして、オーク事件の事を知らないのだろうか?
いや、一階層には記事もバラまかれていたし、監獄全体でもかなり大きな騒ぎになったんだ。
仮にも特殊対策部所属のアリアさんが知らないはずはない。
あるいは、知っていて素朴に何故俺がオークに拒否感を覚えているのか疑問に感じているか、だ。
「悪いな。コイツはどんなに重大な案件でも、興味が無ければすぐに忘れるんだ」
「レベル4の事件を忘れるって⋯⋯それはなかなかですね」
「全くだ」
どうやら木古瀬さんもアリアさんの忘れっぽさには本気で困っているようだった。
今だって軽く頭痛をおぼえたのか、こめかみを抑えている。
何というか⋯⋯ご愁傷様です。
オークはそのままズシズシと大きな足音を立てながら、俺たちがいた場所には来ることはなく、角を曲がって行った。
木古瀬さんによると、一階層のオークは五体いて、それぞれに決まった巡回ルートがあるようだ。
オークたちは毎日そのルートに沿って巡回を行っている。
ただあの角を曲がって行ったオークが、三階層に現れたオークなのかは区別がつかなかった。
オークにも見た目の違いがあれば判別できるのかもしれないが、生憎、一階層でオークに出会ったのはこれが初めてだ。
この一階層は獄卒獣の数では一、二を争うと聞いたし、そのうち他のオークや獄卒獣に出くわすこともあるかもしれない。
正直会いたくはないが⋯⋯。
蘇るトラウマにぶるりと体を震わせる。




