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6 ここで働くということ

 目に映るもの全てに目を輝かせ人目も構わず観察する。

 さっきまでの憂鬱が嘘のように落ち着きなく視線を動かす。ワクワクしていた。

 幸い、それぞれの仕事が余程忙しいのか常時なら圧倒的不審者でお縄にでもかかりそうな俺の視線に構う奴は誰もいなかった。

 最悪だと思ってたけど、ここで働くのも案外いいかも知れない。

 そんな長年の夢が叶った感動を一人噛み締めていると奥から何やら小さな影が2つ走ってくる。


「ご苦労様ネっ、キミが新入りのサイジョウ タカナシくんだネ」

「違うよ姉さん、オウリだヨ」


 てってと軽やかに足を動かしぴょんっと飛び跳ねるように立ち止まる二人。

 周りの人達と同じ制服を着ているようだが、どう見てもその二人は子供に見えた。

 おいおい待ってくれ、この監獄ってこんな小さな子供も働かせてるのか?人手不足も過ぎるだろ。

 なんて思っていると二人のうちの片方、金髪ツインテールの女の子の方がぷくっと頬を膨らませる。


「あぁっ、言っておくけどエル達は子供じゃないからネ!妖精だから見た目の年齢が変わりにくいんだからネ」


 その隣では男の子の方がコクコクと話に相槌をうっている。


 妖精――

 その言葉を聞いて一気に心が湧き立つのを感じる。

 よく見ればアニメや、さっき見たエルフ程ではないが耳が少し尖っている。

 子供の小さな耳で、しかも髪に隠れていたから気づかなかった。

 妖精⋯⋯確かなその存在が今目の前で話している。


「ね、姉さん⋯物凄くキラキラした目で見られてるヨ」


 ビクリと好奇の視線を避けるように身体を縮こませる。


「コラっ、セルを怖がらせちゃダメネ!

 まぁ、敬礼してからなら握手くらいしてあげても構わないネ。長官と握手を出来るなんてラッキーボーイだネっ」

「ちょっと姉さん、勝手に決めないでヨ」


 長官⋯⋯?

 エルと名乗る女の子の方の台詞に疑問符を浮かべたその時——


「遅いと思って来てみれば、こんな所で一体何をしている?」


 冷ややかな声が前方から届き、俺は視線を前に移す。

 そこにはいつの間にか青みがかった黒髪の男が立っていた。

 顔立ちは整っているが声と同じくどこか冷ややかな雰囲気を持つ男だ。この監獄の職員である事は間違いない。

 目の前の2人の子供⋯⋯いや妖精と同じ制服を着ていたからだ。

 少し違うのはその男のネクタイと腕章が赤色なことだろうか。

 妖精達は黄色のネクタイと同色の線が入った腕章をしている。

 見た目は人間そのものだと言ってもこの妖精の2人もパッと見じゃ普通の人間と判別つかなかった訳だしな⋯⋯。

 すると、男の登場に二人はげっとした表情を浮かべた。


「こわーいソートが来たネっ、退散ネ〜」

「あ、ちょっと待って姉さんっ。ソートっ、新人には優しくだヨ」


 女の子の方がぴょんぴょんと飛び跳ねるように走りだす。

 男の子の方もその後を追いかけ、一度振り返りそう言い残すと向こうにいってしまった。

 そこでようやく気づいたが、いつの間にかツノ男達もいなくなっていた。

 周りは相変わらず忙しなく動き回っているし、どうやらこの男と二人きりになってしまったようだ。


「はぁ、全くあの双子は⋯⋯っ」


 二人のいなくなった方を見てため息をつくと、ソート?さんは取り残された俺に向き直る。


「⋯⋯⋯」

「⋯⋯?」

「ついて来い」


 ソートさんは俺をじっと見るとそう言い放つ。

 何だ、今の間。

 そして俺はこちらの了承は不要というふうにそそくさと足の向きを変え歩いて行ってしまうソートさんを追いかけた。


  ◇


 地上一階層正面大扉前エントランス。

 先程まで俺たちが居た場所はそう呼ぶらしい。 

 地上一階層の中央にある昇降機。先程俺が乗ったものより大きく内装に合わせた煉瓦色の配色になっている。ここから監獄の地下階層へ移動できるとソートさんは言った。


「下層階から地上へ上がる方法はこの昇降機か各階にある階段を使うかの二つに限られる。昇降機は基本長官クラスの職員や客人のみが使用でき、その他の職員は緊急を要する場合以外は階段を使うことになっている。許可なく昇降機を使用することは規則違反になる。覚えておけ」


「⋯⋯はい」


 昇降機内、淡々とした口調でそう言うソートさんに俺はただ頷くしかできない。

 なんなんだ、この人。

 さっきのツノ男たちも体格や声、種族などから威圧感が凄かったが、隣に立つこの人はまた別の意味で圧を感じる。他者を寄せ付けないオーラというか、隙がなさそうだ。


 昇降機の中は思ったより広く、成人男性が二十人くらいは余裕で入れそうなスペースがある。人だけでなく物を運ぶこともあるのかもしれない。

 これくらいの広さなら大きな荷物も一度に多く運ぶ事が出来そうだ。


「監獄は基本地上三階、地下が七階層までの全十階層構成。混同を避けるために地上にある階層は地上一階層、地上ニ階層と呼ばれ、地下にある階層はそのまま一階層、ニ階層と呼ばれている。

 地上は監獄運営に携わる各部署の本部が集まり来客などの対応も行なっている。

 地下は囚人達の牢獄とそれを監視する看守達の領域だ。お前の担当は三階層。今から向かう階層も同様だ」


 早口とまではいかないがスルスルと流れるように説明される。

 ここが監獄内で本当に異種族が存在するということくらいしか現状を把握できていない今の俺には正直ソートさんの説明は全く頭に入ってこない。

 取り敢えず三階層に向かっていることは分かった。


「あの、ソートさん。俺、実は急に連れて来られてまだ何が何だか⋯⋯」

「長官だ」

「え?」

「俺はお前の上官であり階層長、つまり長官だ。

 お前は俺の補佐官として本日付けで働く事になった。呼ぶなら長官と呼べ」


 階層長?長官?全然分からんが、つまりこの人は偉い人なのだろうか。


「えーソート長官、補佐官って一体⋯⋯ 」

「俺の役職は三階層長官。そして俺の部下であるお前は三階層長官補佐として立ち回る。あと俺の名前は橋雪奏十はしゆきそうとだ。そのふざけたあだ名で呼ぶのはやめろ」


 なるほど、分からん。でも橋雪⋯⋯やはり人間。名前的に日本人だろう。


「やっぱり人間もここで働いているんですね」


 それも長官というからには偉い人なのだろうし、悪魔や天使や妖精やら種族が大勢といる中で、橋雪さんのような人間もここで結果を出しているという事だ。


「人間の職員は他種族と比べ少ないとはいえ在籍している。極小数ではあるが人間の上級職員もいるにはいる」


 じゃあ橋雪さんはその一人という訳か。

 見た目通りというか、橋雪さんは優秀そうだった。


「だが魔法を使えない人間が圧倒的にここは不利である事は事実。格下だと囚人からも舐められやすい。

 監獄は常時人手不足で特に囚人を収容する下階層の職員不足問題は深刻だ。加えて俺の補佐官は大体一月も持たない小心者ばかりでな。

 新人とはいえお前には早く一人前になってもらわねば困る」


 簡単に辞めるてくれるなよ、と鋭い視線で圧をかけられる。

 歴代補佐官が続かない理由が大体想像できた。


「あの、橋雪長官。さっきからこの⋯⋯鳴ってる変な音、何の音ですか?」


 俺はさっきから気になっていたことを聞いてみる。

 地上にいる時はなっていなかった奇妙な音が先程から機内に伝わってくる。

 唸るようなといえばいいのか、甲高い音もその重低音の唸りのような音に紛れて微かだが聞こえる。


「獄卒獣の鳴き声と囚人の悲鳴だろう。この位置だとニ階層からだな」


 獄卒獣?悲鳴?

 橋雪長官から飛び出す恐ろしげなワードにぞわりと背筋に悪寒が走る。

 なんの音だか分かると声はより鮮明に耳に入ってくる。思わず耳を覆いたくなるような叫びだ。

 こんなところにまで届くほどの苦痛を囚人たちは味わされているのだろうか。痛みによる苦しみに悶える囚人の姿が目に浮かぶ。

 一体どんな拷問が⋯⋯知りたくもないがここで働く以上ゆくゆくはその拷問に関与することになるのかもしれない。そうなった時、俺は今まで通り笑って生きていけるのだろうか。


「ここでは日常茶飯事だ。こんなものでへばっていては先が思いやられるな。

加えてお前は人間だ。他の職員よりも精神を鍛える必要がある」


 いやいやいや⋯⋯。

 まるで一般常識を諭すように言う長官に俺は内心で悲鳴を上げる。

 こんなのを日常的に聞かされていたら頭がどうにかなってしまいそうだ。だからこそ、鍛えろという事なのか、並の精神じゃここではやっていけないことを早々に悟る。

 その時、階数を知らせる機械的な音声が鳴り、昇降機はガゴンと音を立てて停止した。

 音を立て扉が開く――

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