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59 呪いの正体は?

「昨日改めて一階層職員の体調不良者の調査を行ったところ、九割が男性職員であり、そのうち三割が二区雑居房を担当する看守課の職員である事が判明しました」

「九割ですか。ディオスガルグでは元々男性職員の割合の方が多いですが、それにしては極端な数字ですねぇ」

「では犯人は男性ばかりを狙っているとでも?」

「どうでしょうか。体調不良者の数はいくらだとおっしゃいましたか? 進行長」

「現在確認できている中でも百名ほどです。調査後に症状が現れた者や、症状が軽度で本人が気づいていない例も合わせると倍以上の数になるかと」

「なるほど。では、その可能性は薄いでしょうね。呪いをバラまいた手段が李岳看守長のおっしゃる通り、魔道具ならば、その数の職員に接触し、呪いをかけていくのは目立つ上に非常に手間がかかります。そんな面倒な事をするよりも、どこか目につくところに魔道具を置いて勝手に呪いを受けてもらう方が手っ取り早いでしょう」

「ですが、そのような人目につくとこに呪いを放つ魔道具があれば、すぐに気づかれてしまうのではないでしょうか?」

「おや、魔道具を隠す手段ならいくらでも存在しますよ? 場所がこのディオスガルグとなれば、多少の知恵と工夫がいるでしょうが、やってのけるからこそ、現在このような事態に発展しているのでしょうしね」

 

 相次ぐ体調不良とゴブリンの不審死事件。通称——呪死事件の二度目の臨時会議が行われていた。

  臨時会議に参加する職員は全員顔見知りだ。

 一階層幹部のマキノさんに李岳さん、三階層からは橋雪さんや俺、フィンセントさんも参加している。

 そして新たな事件という事で、特殊対策部部長のアイロア長官、司令部部長のルアスさんに補佐官兼俺の指導係の室町さんというメンツだ。


 こう連日会議が開かれているところを見ると、今回の事件が監獄内で重く見られている事が分かる。

 それもそのはずだ。

 今回の事件はフィリエスさんの一件に続く連続した事件として捜査されている。

 しかし俺は、そんな重要な会議の中で上級職員たちによって交わされる議論に集中できていなかった。

 理由はもちろん、階段で出会ったあの少女だ。

 腰まで届く灰色の長い髪、深く吸い込まれるような光のないターコイズの瞳。

 俺がぼんやりと彼女の事を考えていると、隣の室町さんが俺の制服の裾を引っ張った。

 

「西条さん? 聞いているのですか?」

「⋯⋯うん、え?」


 気づけばこの場にいる全員の視線が俺に集まっていた。

 どうやら幾度も名前を呼ばれていたのに、俺が答えないため室町さんが動いてくれていたようだ。

 ⋯⋯ヤバ、全然聞いてなかった。


「西条、会議中だぞ」


案の定、橋雪さんのお叱りを受けてしまった。


「すみません⋯⋯」


 素直に謝罪すると、二度目はないという圧を視線で感じる。

 どうやら俺は名前を呼ばれていたらしい。


「そう真鯨を立てずとも構わないよ。西条君、実は君に、頼みたい事があるんだ」

 

 聖人の如き微笑みを浮かべた李岳さんは、話を聞いていなかった俺のためにもう一度説明してくれた。


「具体的に君にお願いしたいのは、捜査班への加入だよ。現状、我々がこの件に関して掴んでいることは、体調不良、ゴブリンの死の原因が呪いである可能性が高いという事だけだ。原因を突き止めなければ被害の拡大は免れない。そこで君に、特殊対策部直下の捜査班と協力し、呪いの正体と、犯人を追って貰いたい。皆さんも構いませんか?」


 皆さんとこの場にいる全員を指すが、具体的に李岳さんは、橋雪さんと、その隣に座っていたアイロア長官に目配せする。


「私は構わない」

「俺からも異論はありません」


 二人のお墨付きを貰ってしまった。

 

「ええ!? いやでも、何で俺ですか? 捜査班に加わるって、そんな重要な仕事を⋯⋯」

 

 橋雪さんもアイロア長官も、二つ返事で許可しちゃったけど、そもそも特殊対策部は捜査のプロ集団だ。

 そこに、俺がわざわざ加わる必要性を感じないんだが。


「重要だからだよ。今回の件は普通ではない事は君を含め、この場にいる全員も重々承知している」

「まぁ、そないに深く考えんでも、呪いゆう事は人間の西条くんなら効かんし、オーク事件に始まる序曲事件に直接関わっとる上に、人間ゆう職員はこのディオスガルグに西条くんしかおりはらへんからっていうのが一番の理由やわ」

 

 人間という条件ならば室町さんも該当するが、彼女はフィリエスさんとの決戦の場にはいなかった。

 それに、フィリエスさんが狙っていたのは俺だったから、今回の事件が前回の続きならば俺が適任だという事なのだろう⋯⋯けど。

 今回の事件は【レベル6】。

 フィリエスさんの起こした一連の事件——マキノさんの言葉を借りるなら、序曲事件は【レベル4】だった。 

 監獄の非常事態を十段階に分けた基準、それが【非常時レベル】だ。

 まああの時はここまで大変な事になるとは予測できていなかったから、というのもあるのかもしれないが、前回よりも高いレベル。

 監獄はこの事件をそれだけ重く見ているという事だ。

 オークが襲ってきた時も、呪術で転移させられた時も、とにかく必死だった。

 でもあれは襲われた当事者だったからだ。

 今回はそうじゃない。同じ監獄で起こっている事だが、その現場は一階層だ。

 今まで以上に責任感を持つ必要がある。

 そんな重大な仕事に俺が携わっても良いのだろうかと、少し委縮してしまっている自分がいた。

 我ながららしくない考えだとは自覚している。

 それに、李岳さんは俺に百パーセント、結果を求めているわけじゃないって事も。

 

「怖いかい?」


 李岳さんが俺を見る。

 李岳さんの言う通りだ。怖い。

 オークに襲われた時も、気が付くと消灯後のフロアにいて、ヘルハウンドに喰われそうになった時も、キッドたちの戦いをただ見ていただけのあの時も。 

 俺はごく普通の、ありふれた平凡な高校生だから、身を守る手段がないから、どうすればいいのか、何も分からなかったから、前向きな言葉を自分にかけて、奮い立たせるしかなかった。

 今だってそうだ。

 三階層の職員として、少しは板に付いてきたかなーなんて思っているが、俺が普通の人間の学生だというのは変わらない。

 でも変わった事もある。

 腰に携えた剣の鞘に触れる。

 身を守る手段、ここで過ごして分かってきた事、見えるようになった事がある。

 

「西条さん?」


 一歩踏み出した俺に、室町さんがどうしたのかと首を傾げる。

 俺はぐっと拳に力を込め、勇気を振り絞る。


「怖いです。⋯⋯でも、やらせて下さい!」


 ここは異世界。職場は監獄。

 一生目にする事もないと諦めかけていた、憧れていた世界で、憧れていた彼らと共に、働き、そこで仕事を与えられた。

 ならば断わる理由はない。

 

「これは頼もしいわぁ」

「駄犬同様、威勢の良さが口だけでない事を期待しておこう」


 ⋯⋯いきなりプレッシャー。

 でも、アイロア長官の言う通り、威勢だけじゃ誰にだって言える。

 それに、これは橋雪さんに認められるチャンスかもしれない。

 口だけじゃないってところを、ちゃんと行動で示すんだ。

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