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57 人間であるからして

 無事今日の稽古も終わり、地上一階層へ降りた時だった。

 

「アーッ、タカナシだネ!」


背後から聞いた事のある声がして思わず振り返ると⋯⋯、


「⋯⋯ゴフッ!?」


 ドンッと背中に強烈なアタックをくらい、前につんのめる。


 ⋯⋯い、痛ぇ。


「ね、姉さんっ、走っちゃダメだヨ!」


 心臓が飛び出そうなヅンとした痛みを抱えながら膝をついていると、慌ててもう一人の声が走ってくる。

 この勢いと独特な語尾、間違いない。

 妖精の双子、エルとセルだ。


「おい、次から話しかけるときは正面から来てくれないか? 毎度不意打ちで喰らわされたら、俺の身が持たない」


 エルは種族柄小柄だから体重は人間の子供くらいしかないだろう。

 だが、子供だからといって、思い切り突進されれば当然痛い。


「全くタカナシは根性がないネ! もっとグスタフに鍛えてもらうよう言っちゃおうかネ~」

「おい、絶対それだけはやめてくれ」


 ニマニマと意地の悪い笑みを浮かべるエルに真剣に返す。

 本気で頼む。ただでさえスパルタハードモードなのに、これ以上厳しくされたら本当に死んでしまう。


「ね、姉さん⋯⋯!」


 双子の弟、セルもオロオロと姉の言動に冷や冷やとさせられているようだった。

 周囲の視線を気にして、姉の制服の裾を引っ張っている。

 小さな腕の中には書類の入ったファイルが抱えられていた。

 エルとセルは見た目こそ幼い子供だが、これでもここ、地上一階層の階層長だ。

 まぁ、実際の細かい事務作業など一部の仕事は、弟であり長官補佐であるセルが担っているようだが。

 つまり橋雪さんやマキノさんと同じ階級の職員。

 厳密には階層の違いで、同じ階層長でも階層ごとにランクの違いとかがあるらしいが、一つの階層を管理する長である事に変わりはない。

 特に、地上一階層は外界へ通じる重要な階層。

 その責任は計り知れない。

 だが⋯⋯、


「二人とも久しぶりだな」


 最期に会ったのはまだディオスガルグに来たばかりの頃。

 グスタフさんの特訓が始まって、しばらくした辺りだったか。

 階層が違うと関わる機会も少ない。

 双子は相変わらず変わりないようだ。あと純粋に名前を覚えてくれていた事が嬉しくて、俺は二人の頭を撫でた。

 俺の名前はタカナシじゃなくて、オウリだけどな。

 するとエルが子供扱いするな、とムッと頬を膨らませる。

 何かと暗い話の多い監獄で、明るく無邪気なエルたちのような存在があるのは心の安定剤にもなっているように思うのだ。

 それに、昔から俺は妹や弟が欲しかったから、それもあるのかもしれない。


「タカナシ、武器を手に入れたって聞いたネ! これで岩に追いかけられて泣きべそ掻いてたヨワヨワタカナシとはおさらばだネ!」

「お、おいッ、なんで知ってるんだよ!?」


 あれは研修の時だった。拷問場ゲートの不具合でゲートをくぐった途端、囚人と一緒にトラップの大岩に追いかけられる羽目になったトラブル。

 マジであの時は本気で死ぬかと思った。

 前にも先にもあれほど走るような事はまずないってくらい、潰されないよう死に物狂いに走った。

 今思い出してもゾッとするぐらいの最悪な思い出だ。


「新入りの人間なんて話題に尽きないからネ! 監視カメラをこっそり見させてもらったネ!」

「⋯⋯フィンセントが面白いものがあるって僕らに見せてくれたんだヨ」


 大きく胸を逸らせ謎のドヤ顔を見せるが、こっそりとセルが耳打ちし教えてくれた。

 あの吸血鬼⋯⋯!

 警備部部長だから監視カメラを確認するのは仕事のうちなのかもしれないが、他の職員にまで見せる必要はない。

 ⋯⋯おい、待て? しかも俺が剣を手に入れたことまで知っているということは⋯⋯、剣を手に入れて一人ニヤニヤしてたところも見られてるってことか⋯⋯!?

 それは流石に黒歴史だ⋯⋯!!


「プククっ、焦ってるネ! 安心してくれて構わないネ! ケースをチラチラ見ながら一人で気持ち悪い顔してたとこなんて、ぜーんぜん見てないからネ!」

「バッチリ見てんじゃねーか!」


 クソっ、最悪だ!

 俺は頭を抱える。

 するとまたもやセルが近づいてきて耳元に口を寄せ⋯⋯、


「だ、大丈夫だヨ、オウリ。姉さんと僕しか見てないからっ」


 それが問題なんだけどな⋯⋯。と、フォーローのつもりで言ってくれたセルに言えるはずもなく⋯⋯。

 セル、ありがとな。その気持ちだけ受け取っておくよ。

 俺は泣きたい気持ちを抑え、セルに穏やかな笑みを向ける。

 それを見て物凄く憐れな目で見られような気がしたが、もちろん気のせいだ。


「っていうかお前ら、まさか俺を揶揄うために話しかけてきたのか?」


 久しぶりの再会にたまらず声をかけてくれたのかと思ったが、弱いだとか気持ち悪いだとか、俺の悪口ばかりだ。

 見た目が幼い子供なだけに、こうまで言われると心にグサッとくる。


「そうだネ!」

「ちょっと姉さんっ、違うヨっ、一階層の事について声をかけたんだヨ」


 元気に答えたエルに、セルが慌てて否定する。

 

「どっちだよ」


 エルに関しては本心だろうからな。余計に質が悪い。

 ただ、基本真面目で大人しいエルのストッパー役であるセルがそう言うからには、一階層に着いての件が本題だったのだろう。

 今日はよくその話を振られるな。

 やっぱり皆、この件についてそれだけ注目しているということだ。


「バレちゃー仕方ないネ! タカナシが捜査に協力してるって聞いたからちゃんとやってるのかな~って確認しに来たんだネっ」

「お前は一体俺の何なんだ」


 まるで母親か姉みたいな事を言い始めるエルにそう突っ込む。

 どちらかというと、この中なら俺は間違いなく兄ポジだ。


「ご主人様だネ!」


 これは斜め上の返答が来たな。


「俺はお前のシモベになった覚えはないぞ」


 と、言い返すと、またもやセルが耳元で囁き⋯⋯、「姉さんは今主従モノのアニメにハマってるんだヨ」と謎の情報を伝えてくる。

 妖精ってアニメなんて見るのか。

 精霊界でアニメが作られているのか、人間界で作られたものを鑑賞しているのか、そこまでは分からないが、前者ならそれはそれで凄く気になるな。


 いやいや、何ペースに乗せられてるんだ! 

 俺はこの後も、獄卒獣の世話の手伝いだったり、色々仕事が残っている。

 長々と道草を食っているわけにはいかない。

 

「一応言っとくが、もし俺が事件についての目新しい情報を持ってるって思ってるなら、お門違いだからな?」


 そもそもこの双子は昨日の会議にも参加している。

 昨日の会議には地上二階層から六階層までの階層長と一部の部署の部長らが参加した。

 話し合われた内容は、現場で李岳さんやマキノさんが言っていた事が概ねだから、この双子が知っていて俺が知らない情報はあれど、その逆はないはずだ。

 俺が参加したのは二回目の会議までで、あれ以降、また捜査に協力が必要な時に呼ぶとだけ言われて三階層に戻ったしな。


「そんなの分かってるネ! これでもエルは長官だからネ、タカナシが知らない事も色々知ってるんだよネ!」


 やっぱり冷やかしじゃないか。


「ちょっと、姉さん違うでしョ。一階層所属の職員以外にも影響が出てるから気を付けてねって事だヨ」


 ⋯⋯なんだ、そういうことか。

 口ではこんな事を言いながらも、エルたちは自分なりに俺の事を心配してくれていたらしい。

 俺はエルの頭を撫でながら礼を伝える。


 

「まぁでも、グスタフさんの話じゃ、軍事部でも体調不良が増えてるらしいからな。そういうグスタフさんはピンピンしてたが、お前たちも用心しろよ。まだ魔道具の場所も分かってないんだからな」

「むっ、子供扱いしないで欲しいネっ。 それに、グスタフが元気なのは当たり前ネ! 人間は精神操作に強いからネ!」

「?? どういう事だ?」


 そう言いながらピョンと後ろに飛び退くエル。


「精神系の魔法は魔力に干渉する魔法ネ。だから、魔法種族は精神を操作されないように魔力で抵抗したりするんだネ。でも、そもそも魔力を持たないニンゲンは抵抗も出来ない代わりに干渉も出来ないネ。つまり、精神系の魔法が効かないって事ネ!」


 常識を説くように人差し指を振りながら丁寧に教えてくれる。

 魔法種族なら当然として持っている魔力。

 それは血液と同じように彼らの体内に流れているものだ。

 しかし人間は魔力を持っていない。

 精神系魔法を使用するためには相手の魔力を操作する必要がある。

 それは魔道具の呪いも同じ。魔力に干渉する呪いは魔力を持たない人間には通じない。

 なるほど、だからグスタフさんは何ともなかったのか。


「まぁ、オウリはここで暮らしてるから全くないってわけじゃないんだけどネ、ヨワヨワって事には変わりないネ!」


 日頃から異世界の食べ物を口にし、魔道具や魔法種族らに囲まれ過ごしている俺は、人間界で全く魔法とは関係なく過ごしている人間よりも魔力はあるようだ。

 だが、それも限りなく微少で、ほとんど無いに等しく、魔法を使ったり、干渉を受ける程にはならない。

 ⋯⋯ということは、仮に俺が一階層で魔道具に接触していたとしても、他の職員のような症状に悩まされる事はないという事か。

 それってある意味最強じゃないか?


「人間は精神系の魔法や呪いには最強だけど、環境に適応しにくくて、ストレスがたまりやすい繊細な種族なんだヨ」

「つまりっ、一長一短ってことネ!」


 魔力がないのは最大の欠点だが、他の種族にはない長所でもあるということだ。

 魔法を使えない事は良くない事ばかりだと思っていたが、思わぬ長所が見つかったな。

 

「だからといって油断はしちゃ駄目ネ? 剣は自衛のためだけじゃなくて、ディオスガルグを守るための力ネ! 日々精進すべしネ! ⋯⋯ふふ、良い事言ったネ」


 全く、調子の良い奴だな。

 俺は呆れながらも、エルの言葉を素直に受け取る。

 ドヤ顔上から目線は相変わらずだが、言っている事は至極当然の事だ。

 

「それに、せっかく特注で作った剣を無駄にしたらチョー怒られちょうからネ!」

「? 怒られるって一体何の話⋯⋯」


 と、エルに詳しく尋ねようとした時だった。

 隣のセルが「あっ」と声をあげた。


「姉さんっ、時間だヨっ、遅れたらマドワに怒られちゃうヨっ」

 

 セルがエルの裾を引っ張ると、エルはうげっと苦い表情を浮かべる。

 どうやら双子はそのマドワという人物に用があったらしい。


「じゃあねタカナシ! グスタフに泣かされないように頑張るんだネ!」

「誰が泣くか!」


 全く、このお子サマ妖精は⋯⋯! 

 俺はため息をつきながら、走り去る双子の背中を見送るのだった。

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