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56 戦闘訓練

「とりゃあぁぁぁぁー!!」


 剣を振り上げ木製の棒に勢いよく切りかかる。

 

「今だ! 重量を最大に上げろ!」


 グスタフさんの指示で俺はつまみを上にスライドさせる。

 振りかぶった剣はズシンとした重みでほぼ落下するように、一瞬で太さ三十センチほどの棒を真っ二つに割った。

 急激な重量の変化でビリビリと腕が痺れ、俺は地面に突き刺さったままの剣から手を放した。

 

「痛むか?」

「はい⋯⋯」


 両手を閉じて広げを繰り返し、腕を優しく揉んで痺れをやわらげ、血流を良くさせる。

 

 一階層招集から一日が経った。

 あれからすぐに緊急会議が開かれて、上級職員らへの事態の伝達が行われた。

 捜査は現在も続いているが、階層が違うため進展具合などの詳細は分からない。

 俺には俺のやれる事をやろうと決めたはいいものの、剣の扱いに慣れるにはまだ時間がかかりそうだ。

 手と腕の痺れを感じながら俺はそう思った。


「重みに体が堪え切れていないのだろう。魔法種族なら身体能力向上の魔法付与でどうにかなるが、人間である以上鍛えて慣れるしか道はない。ダンベル筋トレメニューはしっかりとやっているのか?」


 最大重量は百キロ。

 敵に切りかかった瞬間のみ、ではあるが、その一撃で必ず敵がやられてくれるとは限らない。

 その時、重さに耐えきれず今のように剣を手放してしまっては意味がない。

 だからその一瞬だけでも耐えれる様に⋯⋯とグスタフさんに自主練用のダンベルを渡されていた。

 重さは三十キロ。軽い物から徐々に上げていけと言われているが、三十キロでも十分重い。

 ダンベルの筋肉痛のせいで手がプルプル震えてるんじゃないだろうか。


「やってますよ。夜にちゃんと」


 床に置いてたら足の小指をぶつけたなんてエピソードがあるのは秘密だ。

 死ぬかと思うくらい痛かった。マジで。


「欠かさずに取り組め。結果は体に現れる。一日でもサボればすぐにリバウンドするぞ」


 と、教師から散々聞かされてきたような事を言われる。

 ホントにこの人ストイックだよな。

 グスタフさんはこう見えてもドイツ人で、純粋な人間だ。

 ディオスガルグに来る前は出身地ドイツで軍隊に所属していたそうで、制服の上からでも分かるくらいのムキムキ具合。

 悪魔と素手で渡り合ったみたいな噂を聞いたことがあるが、真偽は定かではない。

 グスタフさん本人は自分の功績や強さをひけらかしたり、他人に話したりするタイプではないからだ。

 あくまでも人伝で耳にしたに過ぎないが、日頃グスタフさんの特訓を受けている俺からすれば有り得なくはない話だと思う。

 むしろこの人ならやりかねない。


「次は炎を使ってみろ。先ほどと同様、相手に切り掛かる直前に使え」

「えっ、ここ芝生ですけど、燃えたりしませんか?」

「問題ない。競技場の芝生は火炎耐性の加工がされている。遠慮なく攻撃して構わない」


 毎度のことながらディオスガルグの技術の底は計り知れないな。

 魔法があるからもはや何でもアリだ。

 俺は重さをデフォルトの一キロに変更し、もう一度構えなおす。

 深呼吸し、芝生の地面を蹴り出す。


「おりゃぁぁぁー!!」


 グスタフさんにはわざわざ声は上げなくていいと言われたが、こっちの方が気合が入るし、力も出る気がする。

 多くを語らず、冷静に敵を薙ぎ払う漫画みたいなクールキャラには憧れたりもするが、俺のガラじゃないしな。

 木製の棒に近づくと、今度は赤いボタンを押した。

 瞬間、剣身は炎を纏い棒はまた二つに割れて燃えながら、地面に落ちた。

 しばらく燃え続けた棒の切れ端は、やがて意思を持つかのようにズルズルと動いて切断された部分に見事付着した。

 グスタフさん曰く、これはスライムや魔族特有の再生・治癒能力を利用した訓練用の打ち込み棒らしい。

 いくら切られようと、折られようと一定時間が経てば自然と元に戻る仕組みだ。

 日本に武士がいた時代なら物凄く重宝されただろうな。


「うむ。剣筋が真っすぐ過ぎるが、悪くはないな。以前までの引き腰も良くなってきている」

 

 単調な攻撃は敵に動きを読まれやすい。読まれやすいという事は避けられやすくなるという事だ。

 相手に反撃の隙を与える事にもなりかねない。

 変化球を投げられれば、人間だろうが、悪魔だろうが対応にそれなりの時間を要する。 

 つまり一瞬だろうが隙が生まれるという事だ。

 変化球が打てるようになれば俺にも種族相手に勝機を見出せるだろうとグスタフさんは言った。

 でも、それが一番難しいんだよな。

 習った事を素直にやるだけでは異種族には到底敵わない。

 やっている内に、何か見つけ出せれば何も心配はないのだが。

 そんな上手い話はないよなー⋯⋯。

 グスタフさんの言う様に、着実に力を身に着けていくのが、今のところ答えに一番近いようだ。


 

「一階層で何やら不可解な事が起きているそうだな」


 それからいつも通り、木刀での打ち込み練習に切り替えた後、グスタフさんが唐突にそんな事を言った。


「体調不良が流行ってるみたいです」


 軍事部のグスタフさんが知っているという事はかなり噂は広まっているようだ。

 昨日現場に呼ばれた俺は、体調不良がただの流行病ではないと知っていたが、どこまで答えて良いのか分からなかったため、そう言っておく。

 と思っていたが、なんと軍事部総本部は一階層にあるらしい。

 日常的に通っているならば知っていてもおかしくはない。


「うちの職員にも何人か体調不良者が出始めている。幸いにも軽度の頭痛や軽い立ち眩みで済んでいるようだが、元気だけが取り柄のようなうちの部にも影響が出ているのが気になってな」


 確かに、日頃鍛えている人より、普段から外に出ず引きこもっている人の方が風邪になりやすかったり、悪化しやすいとよく聞く。

 魔道具の呪いの場合も適応するのかは分からないが、体力や免疫力的な事を考えれば全く関係ないとは言えないかもしれない。

 非常時に監獄を守る役目を担う軍事部にまで体調不良者が相次げば大問題だ。


「グスタフさんは、頭痛とか、眠れないとかそういった症状は出ていないんですね」

「あぁ。これでも体には常に気を使っているのでな。隊長である俺が病などに倒れる訳にはいかない」


 状態異常対策が体に気を使っている、でどうにかなるのかは不明だ。

 ただグスタフさんは隠しているというわけでもなく、普通に元気そうだし、それでいいのかもしれない。

 

「ただ、休みや薬などの処置を施しても中々回復が見られない。現状、訓練に差し支えるほどの影響は出ていないが、さらに蔓延すれば、話は違う。何か対策があれば良いのだがな」


 グスタフさんはディオスガルグ軍事部の隊長であり、部長ではない。

 そのため昨日の会議には参加していない。とはいえ恐らく今日明日にでも魔道具の呪いである可能性がある事が知らされるだろう。

 呪いに対する対策か⋯⋯。

 俺は少し考えてみる。

 何か呪いを防げる方法が見つかれば、捜査の進展にも貢献出来るかも知れない。

 しかしどう頭を捻ろうが、アイデアの一つも出てこなかった。

 犯人は分かっていないとはいえ、体調不良の原因が呪いで、その呪いが魔道具によるものだという事は、間違いないようだし、フィリエスさんの時よりも割とすんなり解決出来そうだ。

 毒や状態異常に詳しい李岳さんもいる事だし。階層長のマキノさんもあんな感じだけど、職員たちの信頼はかなり厚いようだ。

 やっぱり、今回の事件で俺に協力出来ることはあまりなさそうだな。

 打ち込みを続けながら、俺はそんな事を思った。

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