54 秘匿された死
「こ、こちらです!」
ドギマギと身を固くさせながら、テラは手で指し示す。
現場から僅かに離れた場所、監視カメラに映るか映らないかのギリギリのところにソレはあった。
岩の壁に記された真っ黒な墨のような文字で、『2』と書かれている。
「ニ⋯⋯? これが守秘義務なんですか⋯⋯?」
鑑識に場所を譲ってもらい、俺はマジマジとその謎の数字を観察し首を傾げる。
しかしすぐに李岳さんに「その数字自体は守秘義務ではないよ」と否定される。
確かにこの数字が隠すべきものならばとっくに消されていただろう。
じゃあこれは一体?
「いずれ知れ渡る言うたからといって、無暗に広がってしもうてもかないません。やから、今からうちの言う事は胸の内に留めといてくれると助かります」
何も混乱に陥れたいわけではないとマキノさんは前置きして、話し始めた。
俺たち⋯⋯つまり、副長官以下の職員に情報統制が敷かれた秘匿情報について。
そして俺は、耳を疑う事実を知ることになる。
「っ⋯⋯!? そんなッ、どうしてフィリエ⋯⋯!」
思わず大きな声で口に出しかけたところで室町さんが俺の名を呼び、何とか最後まで言わずに済んだ。
胸の内に留めろと言われたばかりなのに。でもそれだけ信じ難く、驚愕する程の話だったのだ。
「理由は不明だ。秘密裏に捜査は続けられているが、犯人についても今だ何の手がかりも得られていない。ただ捕縛した翌朝、奴は地上一階層で死体となり発見された」
それが秘匿情報⋯⋯。
被害は主に三階層と一階層に留まったが、少なくともフィリエスさんの起こした一連の事件は監獄職員全体に広がっている。
それだけの事件を起こした彼が殺された。
しかも外界に接する地上一階層という場所で。
当然、知られる訳にはいかないだろう。
囚人たちにはもちろんのこと、混乱を回避するためにも職員に伏せられてしかるべき事実だ。
俺たちが慰労会だなんて盛り上がっていたあの後、そんな事が起こっていたなんて⋯⋯。
「ありえません⋯⋯。まさかまた拷問場ゲートが利用されたのですか? ⋯⋯いえ、それはもっとありえない事ですね。一体どうやって犯人は五階層にいた彼を地上一階層にまで移動させたのでしょう」
自問自答する室町さん。
拷問場ゲートは何もない場所への転移に使うことは出来ない。
フィリエスさんがあの時、一階層のオークを三階層に転移させることが出来たのは一階層に拷問場ゲートがあったからだ。
だが、そもそも囚人自体存在しない地上一階層に拷問場ゲートのようなものはない。
室町さんが言いかけてすぐに否定したのはそのためだ。
常識の通用しない事、一筋縄ではいかない事件はまだ進行していたのだ。
俺たちの知らない間にも⋯⋯。
そして今回の件⋯⋯。
そこでようやく理解できた。
相次ぐ体調不良、ゴブリンの死。明らかに普通ではない。
つまり俺たちは⋯⋯、
「あの時、奴の死体の傍にも文字が書かれていた。『Overture』⋯⋯黒い墨のようなもので書かれている点も重なる。恐らく書いた奴も同じだろう」
オーバーチュア⋯⋯橋雪さん曰く、『序曲』。
そして今回は『2』。
少しベタに思えるが、これを書いた人物が同じならば、示す答えはやはり一つしかない。
「俺たちが呼ばれたのは、まだ事件が終わっていないから、そういうことですか⋯⋯?」
俄かには信じがたいが⋯⋯そうとしか考えられない。
せっかく平穏な日々が訪れたと思った矢先にだ。
「残念やけども、その可能性が限りなく高いゆう話やねぇ」
「それなら! 今回の体調不良やゴブリンの件も同一犯の仕業だったりするのでしょうか!?」
「どうだろうね。まだ断定出来る程の材料がない現状では何とも言い難い」
テルの質問に李岳さんが慎重な意見を述べ、「けれど⋯⋯」と続ける。
「今回の件には少し思い当たることがある。あくまでも、私の感としか言えないのだけれどもね」
「思い当たる事⋯⋯って、ゴブリンたちがどうやって死んだのかって事ですか?」
李岳さんは頷く。
「初め西条君は集団体調不良の原因が感染症の類なのではないかと言っていたね」
「はい、言いました」
「そう。今回うちの職員たちに見られた症状は頭痛や眩暈、吐き気などの症状だった。重さはまばらなようだけれども、基本的には皆同じ症状を抱えている。一見風邪にも思えるこれらの症状は他の要因でも起こり得る。それも不特定多数の間に蔓延させる形でね」
「つまり⋯⋯」李岳さんが唇を開き、その続きが語られる。
「呪いだよ」
書くところがあるか分からないので、職員情報を補足しておきます。
二部で登場する一階層の面々ですが、もちろん(?)彼らは人間ではありません。
階層長のマキノは魔界出身の妖怪、一反木綿です。実家は呉服屋。なので少し洒落た着物を羽織ってます。
こう見えてお悩み相談が得意で、鷹梨に室町を付けるように橋雪にアドバイスしたのは彼だとか。
看守長の李岳は天界出身です。いわゆる天人ですね。元記録部所属で、一階層に異動になった理由の一つは、かなりの癖字だったため、というエピソードがあります。ある意味達筆です。
長官補佐のテラは作中にあるように野兎の獣人、いわゆる魔界の亜人種です。
十人兄妹の長女で、森で育ったので山菜採や狩猟に詳しいです。