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5 「ようこそ、無知なる君」

 自分の身に何が起きたのか、理解するのはそう難くなかった。

 幼い頃から集め続けた異世界関連の情報、ライトノベル、漫画。それらに人並み以上には触れてきた俺はすぐに答えを出せた。


 ――瞬間移動。


 これしかない。

 その名の通り、ある場所から別の場所へ瞬時に移動することができる魔法、魔術の類。

 当然そんなものは人間が扱えるはずもないし、また人間界でお目にかかれるものでもない。

 つまり、俺を抱えていたあの巨男――今目の前にいるコイツらは人間界の住人じゃなかったってことだ。

 まぁそうでなくてもこの明らかに普通じゃない姿を見れば嫌でも人外であることは理解できる。

 目の前で後ろ手を組み、立っている男二人。

 右にいる金髪の背中、そこに生えているのは真っ白な羽根だった。そして短く刈られている頭に浮いている輪っか。淡い光を放つソレは僅かに上下へ揺れている。

 そして左にいる男。コイツにはツノが生えていた。真っ黒な禍々しいツノが両側の側頭部から生え、口元からは僅かに牙が見える。

 どう見たって天使と悪魔であろうことは容易に想像がつく。

 さっきまでちょっとデカくて筋肉質な人間だった面影はもはやないに等しかった。

 唯一変わっていないのは奥の瞳を隠すサングラスくらいだ。そのミスマッチさが逆に怖いんだが⋯⋯。

 狭い空間、金色の光の筒のようなものの中に俺と、俺を強制連行したこの異種族二人だ。

 何とも居心地が悪い。


 俺は左右を見渡す。外の様子は光の壁越しに微かに見える。

 うん⋯⋯。雲だよな。

 光の筒は空の中を進んでいた。

 筒の中は全く揺れを感じないから自分が移動しているのだということは通り過ぎていく雲で認識できた。


「⋯⋯なぁ、何処に向かってるんだ?」


 流石にもう抵抗する気力はない。というか抵抗したところで結果は目に見えている。こんな逃げ場のない密室空間でなくともこの二人から逃げられる未来は一ミリたりとも想像できない。


「天界」


 ただ一言天使の男が返す。


「天界に監獄なんかあるのかよ」


 監獄といったらそれこそ断崖絶壁の孤島だったり、誰も目に届かない地下だったり、てっきり魔界とか地獄とかにあるものだと思っていた。

 やはり神が運営しているというだけあって目の届きやすい場所に作ったということだろうか。

 まぁともあれこのエレベーターみたいな光の筒は今真っ直ぐに天界へ移動中という訳だ。

 俺は晴れて異世界デビュー。


 ――はぁ、厄日だ。


 謎の疲労感に襲われた俺はあまり実感の湧かないままぼんやりと外の通り過ぎていく雲をただ眺めていた。


 上昇し続けること十数分。チーンとベルの音が響いた。

 そして数秒後にエレベーターは一切の揺れなく停車した。

 扉がゆっくりと開き、外の光が流れ込む。


「出ろ」


 悪魔の男が低い声で言う。唸るような声とはまさにこのことを言うのだと思った。

 俺は従わないことで及ぶであろう身の危険が現実となる前にそそくさと光の筒から出た。

 そこは雲でできた地面だった。

 踏むと少し柔らかいが体重で沈むほどではない。

 これなら地上めがけて真っ逆さま、なんてこともなさそうだ。

 走るには多少足を取られそうだが、こんなところでかけっこするわけではないし、歩く分には問題はない。

 まるでマシュマロの上を歩いているようだ。

 穏やかな日差しが身体を包み、風もないのに涼しい。

 ゆっくりと深く息を吸い、そして吐く。

 ここの空気は澱みがなく美味しい。

 眩しかった空に目も慣れて、ようやく視界が目の前の光景を鮮明に映した時、俺は言葉を失った。

 ぶわりと全身に鳥肌が立ち、目を見開きその迫力を全身で感じる。


 30m。橋を渡した先、聳え立つ巨大な城のような建造物。原材は石か、鉄か、あるいは俺の知らない何かか。固く、冷たく重い、得体の知れない圧が襲う。心臓がバクバクと激しく脈打ち出す。

 言われなくてもわかる。

 これがディオスガルグ監獄――六世界の囚人を収監する鉄壁の要塞。そして、俺が今日から働く場所。


「進め」


 トンと背中を押され、初めて我に帰る。 

 今の今まで呼吸を忘れていたのか俺は酸素を求めて大きく息を吸う。肺に入り込む空気が冷たい。その冷たい空気のおかげか俺は少し冷静さを取り戻した。


 本気か?!俺、今日からここで働くのかよ?!

 そりゃ思ったよりおどろおどろしい感じではないなーとは思ったよ?

 でも何かとてつもないオーラ纏ってるし!

 漫画でいったらゴゴゴゴッて描かれるレベルには得体の知れなさはある。

 外でこんななのに中に入ったらどうなるんだよ俺!あぁほら手がちょっと震えてるじゃんか!妙な汗出てるし!


 全然冷静じゃなかったかもしれない。


 監獄とエレベーターを挟む石造りの巨大な橋。

 俺は促されるまま恐る恐る雲の地面から石の地面へ進む。

 エレベーターのある雲と監獄のある地面をつなぐ橋の下はぽっかりと穴が空いている。

 崖にかかる吊り橋のようなものだった。無論、吊り橋なんかよりは何十倍も頑丈に造られていそうだが。

 橋から見える穴は真っ暗な底なしで、落ちれば冗談じゃ済まないことぐらいは嫌でも分かった。

 橋の脇には落下防止の柵みたいなものはなく、ふざけてバランスでも崩したら間違いなく真っ逆さま御陀仏だ。幸い両サイドに天使と悪魔のいかつい男たちがいるから何かあっても拾い上げてはくれるだろうけど。

 さっきまで命の危機すら感じていたのに何故か今は頼もしい。


 橋を真っすぐに進むと正面に巨大な黒鉄の門が現れる。まさに鉄壁の要塞の名にふさわしい威圧感だった。

 おぉ、ここから入るのかと思ったがそうではなく、二人の悪魔は突っ立ったまま門を見上げる俺を置いて隅の小さな職員用扉の方へ歩いて行く。

 灰色の鉄らしき扉のすぐ隣には窓口が付いてあり、外壁に嵌め込むように造られた柵越しに制服姿の男がこちらを見てきた。

 いわゆる守衛みたいな感じだろうか。

 悪魔の男が何やら紙を一枚取り出すと柵の下の隙間から男へ渡す。

 男はそれに素早く目を通すと紙面と俺をじろりと見比べてから頷いた。

 ガチャリと扉の鍵が開く音がする。

 無言のまま二人は扉の中に入っていったので仕方なく俺も続いて入った。


 そして驚愕した。果たしてこの光景を見て、一体誰がここが監獄だなんて答えるだろうか。

 ドーム数個分はあるであろう縦にも横にも広い外壁と同じ石造りの内部はあちこちに階段や通路がのび忙しなく人が動いている。

 いや、正確に言えば異種族達だ。悪魔に天使、羽の生えた妖精、その多くが人型だがどこか人間とは違う雰囲気を纏っていた。そんな異種族たちが目の前に大勢いる。


「ケモ耳の美少女だ⋯⋯!!!」


 前方を斜めに通り過ぎていく茶髪ロングのケモ耳美少女。かと思えばその反対側から耳の長い金髪碧眼のお姉さんが!

 明らかにエルフだ!やばいテンション上がってきた――!

 あちこちを行く異種族の女の子達の姿に視線が釘付けになる。

 これだよこれ!

 ちょっと思ってた異世界デビューとは違うけど、あんな絶世の美少女と同じ空間で働けると思えば全然ありかもしれない。いやむしろ本望!

 天使(男)と悪魔(男)との出会いがあまりに最悪過ぎてすっかり本来の自分を喪失しかけたが、そうだ。

 ここは俺が夢にまで見た、憧れ続けた世界。

 天使、悪魔、妖精、妖怪、人間。

 あらゆる種族が集い、働く場所なのだ。

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