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44 変化したこと

 フィリエスさんの事件以降、三階層は平穏状態を取り戻した。 

 とはいえ、やはり完全に元通りとはいかないようだ。

 オーク事件に始まり、幾度にも渡る事件を通し、三階層の警備体制は以前に増して強化された。

 まず人員の増加だ。

 明るい日中の間でもフロア内では警備部の職員の姿を頻繁に見かけるようになった。

 もちろん以前からフロア内は定期的に巡回されていた。

 しかし、最初に来た時は、囚人が収容される四区や七区、獄卒を門番として採用する拷問場ゲートなど重要な施設を重点的に警備し、なるべく人員を抑える体制を取っていたが、事件以降は警備する範囲が大幅に拡大されていた。

 とはいえ、全ての場所を常に見張っている訳にもいかないため、巡回の人数と頻度を増やすだけでなく、監視カメラの設置数も同様に増やしている。


 俺はあちこちに取り付けられたカメラを順に見ていく。

 首振り式のカメラがゆっくりと作動しフロア内を常に監視している。

 もはや三階層に死角など存在しないと思えるほどの徹底ぶり。 

 橋雪さん、相当怒っていたもんなー。

 三階層内で度重なり事件が起こったことで階層長として色々責任も問われていただろうし、もう二度と思い通りにはさせないという意地を感じる。


 俺はカメラから視線を逸らすと、八区へと向かう。

 八区には警備部本部や武器庫などの施設の他、他階層へ移動するための階段などがある。

 八区の階段フロアへ辿り着くと、そこには昨日同様監視の職員が立っていた。

 オーク事件では一階層の獄卒獣であったはずのオークが三階層に現れ、俺はそのオークに襲われた。

 元々ディオスガルグ職員は通常、階層間を移動するためにはこの階段を使うことになっている。

 階層の中央にある昇降機は長官や客人しか基本使用を許可されていない。

 俺たちその他の一般職員があの昇降機を使えるとしたら、それこそ客人の案内のためだとか、緊急事態で一刻も早く移動する必要がある、とかそういった特別な状況に限られる。

 もしそれ以外で勝手にあの昇降機を使ったら規則違反になるんだったか。

 一番初めにここへ来た時、昇降機内で橋雪さんが言っていたことを思い出す。

 まだ三か月⋯⋯いや、もう三か月経ったのか。

 手紙を出したこともあり、妙に感傷的になっている気がする。

 階段の方を眺めながら微かな花の香りを吸い込んだ。

 二階層か、もしくは五階層からこの香りは来ている。

 グスタフさんの特訓を受けるため、地上一階層にはよく行ってはいるけれど、三階層の職員である俺が他の階層に訪れることはほとんどない。

 ⋯⋯とはいえやっぱり気になるよな。

 冷たさが足先から手の平まで伝わりごくりと唾を飲み込む。

 何というか、底知れない未知の世界を前にしている感覚。ラノベや漫画の世界でダンジョンを目の前にする冒険者たちはこんな気持ちだったのだろうか。


「そこのお前、何してるんだ」

 

 階段を警備していた職員の一人が突っ立っている俺に気づいて近づいてくる。

 ずっと見ているから怪しまれてしまったようだ。


「いや、階段にも警備がつくようになったんだなと思って!」

 

 慌ててここに来た目的を告げる。一応真実ではあるから疑われる要素はないはずだ。

 すると警備員さんは納得したように頷く。

 どうやら納得してくれたらしい。

 

「ああ、あんな事件が起きた後だからな。うちだけじゃなく、他の階層でも徐々に警備状態の見直しがされているみたいだ」


 とそんな情報まで教えてくれた。

 でもやっぱりそうなるよな。フィリエスさんの起こした事件の数々はそれだけ重く受け止められている。 

 幸いにもフィリエスさんの魔の手は三階層を中心に向けられ、他階層での被害はゲートを利用された一階層や、口封じのために殺されたヘルドアが地上二階層の自室で見つかったこと以外なかった。

 これだけでも大事件ではあるが、下手すれば監獄内の問題じゃ済まない可能性だってあったのだ。

 今回は関係なかったとしても、次は分からない。いや、次があってはならないのだけれども。

 それでも皆が警戒するのは当然だ。

 特に、外界へ続く鉄の門がある地上一階層につながるこの階段は。

 俺は、また不審がられないうちに業務に戻ることにする。


 室町さんによる研修を終えた俺は、以降研修で学んだ仕事を主に任されていた。

 とはいえ業務内容はその日によって多少異なる。

 基本的には囚人がよからぬことを企んでいないか見張る警備部看守課の仕事や、獄卒獣の餌やりや体調の変化に目を配ったりする警備部獄卒獣課、フロア内の清掃を行う衛生部清掃課などの職員たちの補助を行い、欠員などで手が足りない時はその職員に代わって仕事を行う。

 逆に手が足りていれば他の手の足りていない所へ回る。


 これを言うと橋雪さんには怒られるが、いわゆる雑用。それが今の俺に任された仕事だ。

 本来この監獄の職員はどこかの部署か階層、もしくはその両方に所属する。

 例えば室町さんは特定の階層には所属しない司令部の長官補佐の役についているし、キッドは三階層の警備長としてうちの階層に所属しているが、警備部の獄卒獣課と夜警課も兼任している。つまり三階層と警備部の両方に所属しているということだ。

 そのため、大概の職員は所属する部署なり階層なり、その特定の所属先で任される仕事を行うため俺のように多岐に渡る部署の仕事を行うことはほとんどない。

 看守課なら看守の仕事、清掃課なら清掃の仕事を任されるからだ。


 だからこそ、様々な仕事を体験できることなんて滅多にない。

 この世界やこの監獄でまだまだ分からないことが沢山ある今の俺にとって、とても良い経験になるのではないかと最近になって思うようになった。

 長官補佐の仕事ではないかもしれないけれど、それでも与えられたこの補佐の仕事を俺はかなり気に入っている。

 まあものは良いようなのかもしれないが、おかげで出来ることも増えてきたし、ここに来た当初よりも異世界の知識に詳しくなった。

 三階層内には限られるが、この仕事は職員たちと接する機会が多い。

 時には職員同士の恋愛模様やちょっとしたエピソード、生い立ちなどの昔話についてなど雑談をしたり、職員たちと関わることで様々な情報が得られる。

 中には信憑性のない噂話もあるが、そんなのはどこの世界にも付きものだ。

 仕事を通して業務に限られた話だけではなく、異世界や異種族についても知ることが出来る。

 昔からずっと雑誌やアニメなど二次元の世界に浸っていた俺にとってこれほど楽しいことはない。

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