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4 選択肢は1つ

 ――トクタイショクイン?

 頭の中で校長の言葉を反芻する。そんな俺の表情を見て校長は次のように説明してくれた。

 ざっとまとめるとこんな感じだ。

 6つの世界の極悪人を収監する最大規模にして不屈の要塞で知られる監獄・ディオスガルグでは人間界を含め7つの世界全てから監獄で働く職員を募集している。

 その主な採用方法は2パターン存在する。

 1つは監獄職員採用試験と呼ばれる、まぁ一般企業を受ける時にあるような面接だとかエントリーシートの類だとかで適正かを見極めるやつだ。


 そしてもう一つが推薦雇用だ。

 推薦する側は監獄の現職員だったり退職した職員だったり、はたまた各世界に散らばる推薦担当者だったりと様々だが、なかでも神からの推薦を受け採用される神界推薦は最も例が少なく故に選ばれるのはほんの僅かな者のみだ。


 そして当然神から選ばれるような人材はどの分野にも秀でた逸材中の逸材。まさに何千人何万人単位の天才であったりする。

 しかし人間界から神界推薦が来るようなことは滅多にない。何故ならば人間は他の種族とは異なり魔法の類を使えないし、丈夫さでも劣る。

 そんな人間をわざわざ化け物揃いの監獄で雇う必要性ははっきり言ってない。

 それでもわざわざ人間を雇うのはやはりディオスガルグが全世界から職員を集めるグローバルな職場であるというのが売りの一つであるから、そして人間にしか出来ない事が存在するからなのだと校長は言った。


「西条くん、お母様、お父様も。監獄というと学生には縁遠く、未知の多い異界であるため必ずしも安全とは言い難く危険も多い場となるでしょう。しかし神界特待員は誰でも選ばれる訳ではありません。神に選ばれるということは計り知れない程に名誉な事でもあります。我が校としても大変誇らしい」


 この話、受けない手はないと校長の隣に座る理事長が続ける。

 そりゃあ神から選ばれるってのが凄いことだというのは考えなくたって分かる。

 ――だけど、なんで俺?

 ただ毎日学校に行って、授業を受けて、放課後になれば帰宅するだけの帰宅部員。

 休日なんて家でゲームをしてたまにコンビニにお菓子やジュースを買いに外に出るくらいのインドア系だ。

 特別頭がいいわけでも運動が出来るって訳でもない。

 そんな、何処にでもいるような高校生の俺が、神に選ばれる?


「神に選ばれる⋯⋯それがとてつもなく凄いことなのは分かりますけど、そんなのいきなり言われても、次元が違い過ぎますし、しかも監獄だなんてどう考えても俺には⋯⋯」

 

 ――荷が重すぎる。

 そうだ、これは何かの間違い、もしくは夢だ。

 しかし再び理事長が口を開くと、とんでもない事実を知らされる。


「とは言いましたが、実のところ、神界推薦は辞退不可なんですよね」


 荷が重い、そう言って断りを入れようとした俺の言葉を叩き落とすかのように発せられた恐ろしい台詞。

 ――今なんて言った?


「保護者様は勿論。我々としても、何よりも西条くんの同意のもと送り出してあげたいという気持ちはあります。ですが、この神界推薦に至っては他の推薦とは少々事情が違いまして。

神界推薦に選ばれた者は何処の誰であろうと今どんな立場、状況に置かれていようと辞退は認められない」


 つまり――理事長が続ける。


「西条くんに拒否権はありません」


 空いた口が塞がらないとはまさにこの事だ。

 拒否権がない?


「え⋯⋯じゃあ俺、その監獄で働かなきゃならないってことですか!?」


 自分を指差し焦る。

 冗談であってほしい。そんな俺の切なる願いは虚しくも目の前のお偉いさんおニ方の頷きにより砕き散った。


「いやいや!ちょっと待ってください!!いきなり言われてもそんな、監獄で、しかも悪魔とか妖怪とかが収容されてるような所で働けなんて普通に死にますって!

 ――そうだ!第一神様から選ばれるような一握りの人材が俺な訳ないですよ!

 絶対何かの間違い⋯⋯誰かと間違えてますって!」


 ほら、父さんと母さんも言ってやってくれ!

 そう二人の方を向くと――


「鷹梨がこんなに立派になって、父さんは感激だっ」

「小さな頃から異世界が大好きだったものね。本当に良かったわねぇオウリ」


 二人して目頭を熱くさせていた。

 おいおい嘘だろ両親!確かに異世界は好きだけど!!そうじゃない!

 俺が求めてた異世界との交流はそんなのじゃないんだ!


「ご両親からの応援もある。良かったな、西条」


 ニコニコと頷く担任の卯島。 

 正直言って何も良くない。

 

 本気なのか⋯⋯!?

 あー、なんだか自分が夢を見ている気がしてきた。そうだ、これはリアルな夢。

 いつも通り染谷と昼飯の弁当を食べそれからチャイムがなるまで駄弁って、それから午後の授業。腹は満腹、ぽかぽかとした日差しとはるか昔の文字の羅列に段々と眠くなる。

 そう、突然校長室に呼ばれて神から推薦をもらったなんてのは全部夢なんだ。

 よし、そうと分かれば焦る必要はない!

 夢ならいつか覚めるんだから、このまま気長に待っていれば――


「これが契約書です。ここにご両親、そして西条くんのサインをそれぞれお願いします」


 そう言ってペラリとA4サイズの一枚の紙を目の前に差し出す校長。

 そこには簡潔に神界推薦に選ばれたことを示す内容と、推薦を受ける事を証明するためのサイン欄があった。

 あ—、本当にリアルな夢だ。

 それに父がボールペンを受け取りそそくさとサインをする。その動きには驚くほど迷いがなかった。


「ほら、鷹梨」


 ボールペンを渡される。被推薦者の欄は保護者の欄の一つ上にある。

 よく考えろ俺。まぁもしこれが100分の1くらいの確率で現実だったとしてだ(焦)。

 これにサインをすれば俺は名実共に監獄で働くことになる。

 だがもしここでサインをしなければ?

 いや、さっきの話じゃ推薦に拒否権はない。どちらにしろ働くのは決定事項だ。


「どうした鷹梨。お前の書く欄はここだぞ」


 そんな事分かっとるわ。

 だが俺はサインを書く事を躊躇った。

 だってそうだろ。拒否権がないからってそう易々とサイン出来るはずがない。

 父さんも母さんも何故か乗り気だし、担任も皆んな推薦されたことを喜んでいる。俺だけがこの場でこの状況に納得できていない。出来るはずがない。

 学校に通って、勉強して、ゲームして、それだけの毎日からいきなり働けだなんて。百歩譲って就職だけならまだしも、働き先はどこかの会社でも、はたまた日本でもない。


 ――監獄だ。


 ペンを持ったまま動かないでいる俺の様子を見て、今度は校長がとんでもない事を言ってきた。


「突然のことでそう簡単に首を振れる訳もないだろう。神に選ばれたというのも非現実的で実感が沸かないのも当然だ。

 しかし、君がここでサインしてくれないと我々は強行手段を取らざるを得ない」


 半分、いや完全な脅しだった。

 強行手段って――恐る恐る後ろに構えるSPらしき外国人を見る。サングラスがギラリと輝く。


 怖すぎる!!

 神ってもっと迷い人を導くとか救いを授けるとかっ、そんな立ち位置なんじゃないのかよ!

 拒否権はないしサインしなきゃ強行手段だって言われるし!

 救済よりむしろ奈落に突き落とす悪魔だ。

  

 俺は 半分躍起になってボールペンを走らせる。


 ――西条鷹梨さいじょうおうり


 四文字が空白の欄を埋める。

  その最後の一文字を書き終えた時、今まで不動であったSPの一人が口を開く。

 

「契約受諾致しました」


 低く唸るような事務的な声が告げると二人のSPは足早に近づいてくる。


「え、いやちょっ、何するんだよ!」


 二人は俺の背後に回ると両脇に太い腕を差し込む。

 次の瞬間には俺は巨男たちに両脇を抱え込まれ身体ごと持ち上げられていた。

  いきなり宙に浮いた身体と共に俺の思考は一瞬、状況を理解する事に遅れた。


「っおい離せ!」


 くそ!全然ピクリともしねぇ!

 暴れるたび力が込められる腕の筋肉が太く盛り上がりスーツの布を引き詰めている。

 しかしこの状況でも静止の声は聞こえない。


「西条くん。これからは我が校の生徒としての誇りを持ち、神界特待員として立派に業務に励んでくれたまえ」

「鷹梨っ、くれぐれも健康には気をつけて、夜更かしはしちゃダメよっ?」

「頑張ってこい鷹梨。だが、ちゃんとたまにでいいから連絡をくれよ」


 どう考えても連行されてるこの状況で何流暢な事言ってんだ!

  誰か止めてくれよ!!


 そんな悲痛の叫びも虚しく、俺は見事に両脇を抱えられたまま気がつけば学校、いや人間界からも離れていた。

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