39 貴方の本当の姿
「橋雪さん、お疲れ様でした」
慰労会も終盤に差し掛かり、食堂の片隅に一人でいた橋雪さんに意を決して話しかける。
話しかけるなオーラとまでは言わないが、橋雪さんは気軽に話しかけれるタイプではない。
「あぁ」
そっけなく返した橋雪さんは、グラスを傾け中に入っている黒い液体を飲んだ。
何だ?見た目はコーヒーに見えるけど。
「お酒は飲まないんですか?」
多くの職員は成人を迎えている、もしくは異種族であるためか、その殆どがワインやビール、他にも名前の分からないアルコールの入ったグラスを片手に話に花を咲かせている。
開始からそれなりに時間も経っているから皆頬が紅潮し、歌を歌ったり、近くの職員にダル絡みをしている職員もいる。まだまだ飲もうとしているのを横から止めている様子もちらほら見かける。
しかし、乾杯の時に渡されたワインを飲んでいたくらいで、それ以降橋雪さんがお酒を飲んでいるのは目にしていない。
顔も全く赤くなっていないし、見た目にも変化がない。普段通りの橋雪さんだ。
「責任者が酔っぱらう訳にはいかないからな。お前も、酒は飲まないにしても羽目を外し過ぎるなよ」
釘を刺される。
「そういえば橋雪さんっておいくつなんですか?乾杯の時は飲んでましたし、二十歳は越えてますよね」
外見年齢は二十半ばくらいだろうか?橋雪さんはしっかりしているし、見た目より若いなんてことも全然ありそうだ。
しかし返ってきた返答は全く予想外の答えだった。
「41だ」
「えっ!?41!?」
思わず食い気味に反応してしまった。いや、どう考えたって四十代の見た目じゃないだろ⋯⋯。
いや、待てよ。そういえば⋯⋯。
俺も事後処理に追われ、橋雪さんも三階層にいないことが多かったせいで聞くタイミングを逃していたが、肝心な事を聞けていなかった。
「あれからずっと気になっていたんですけど、フィリエスさんと戦ってた時、魔法を使ってましたよね。もしかして橋雪さんは⋯⋯」
——人間ではないのかもしれない。
名前はどこからどう見ても日本人だ。だから一度は室町さんと同じように幼い頃に神隠しにあったことで魔法が使えるようになったという線も考えたが、あの時見た橋雪さんはどこか人ではないように感じた。上手く言葉に出来ないが、何か別の存在に見えたのだ。
でも今改めて見ると普通の人間のように見える。
「確かに魔法は使ったが、それを聞いてどうする」
「いや、どうってことはないですけど⋯⋯」
怒っている訳ではなさそうだが、あまり気分の良い質問ではなかったらしい。無理に聞くつもりはないのだから、橋雪さんが言いたくないと思うのならこの話は終わらせるつもりだった。
祝いの場で雰囲気を悪くするのも良くないと感じ、話題を切り替えようとした時だった。
誰かが橋雪さんの肩をポンと叩く。
「教えてあげれば良いじゃないですか。隠すほどの事でもないでしょう。彼は長官補佐なのですし」
銀髪に眼鏡をかけた職員。室町さんの直属の上司で司令部部長であるルアス・ユア・クラルグ長官だ。
ルアスさんの登場に、橋雪さんは即座に不快感を露わにする。物凄く嫌そうだ。
ルアスさんが絡み、橋雪さんが嫌がる素振りを見せる。この流れ、段々慣れてきたな。
「隠している訳ではない。わざわざ言うほどのことではないと判断したまでだ。勝手に話に入ってくるな。そもそもお前が参加することを俺は許可した覚えはないぞ」
肩に置かれた手を払いのけ、ルアスさんを睨みつける。
慰労会の主催は浮羽屋さんたち三階層の衛生部調理課職員たちだが、開催の許可を出したのは階層長である橋雪さんだ。
「おや、参加名簿にはちゃんと私の名前がありましたよ。僅かではありますが私もこの件に関与した一人ですからね。てっきり奏十が招待してくれたとばかり」
「浮羽屋か⋯⋯なぜこの男を呼んだんだ」
恐らくルアスさんも橋雪さんではなく浮羽屋さんが招待したことは分かっていたのだろうが、敢えて本人に言う辺りルアスさんも意地が悪い。
橋雪さんにわざわざ怒らせるようなことを言うなんて、中々いい性格してるなーこの人も。
「でも、良いのはないですか?この機会に、貴方のことを知ってもらう仲間を増やしていけば」
「誰もそんなことは望んでいない」
「また、本当に頑固ですねー貴方は」
言い争う二人。
「いや、橋雪さんが言いたくないのなら俺は構いませんよ、本当に」
そうフォローするが、ルアスさんは何がなんでも事実を俺に伝えたいようで、「遠慮しなくて大丈夫ですよ」と笑顔を見せる。
いや、本当に遠慮してないんですけど⋯⋯。
「奏十は半魔半人。いわゆるハーフというやつなのですよ」
「おいっ、だから勝手に⋯⋯!」
橋雪さんの静止の声は届かず、ルアスさんにより橋雪さんの秘密が明かされる。
「ハーフ?半魔半人ってことは悪魔と人間の⋯⋯」
「えぇ。その通りです。とてもらしいでしょう?」
これは頷いても良いものなのか。橋雪さんが物凄く機嫌が悪そうだから反応しにくい⋯⋯。
でもこれで謎が解けた。人間と悪魔のハーフ⋯⋯。だから橋雪さんは魔法が使えたんだ。
それなら見た目や名前が人間にしか見えなかったのにも納得がいくし、ハーフなら悪魔ほどとは言わなくとも人間とは寿命や老化のスピードも異なるだろう。
二十代に見えても全く不自然ではない。
人間界で暮らしてきたからこそ、人間と悪魔の血が流れている存在に珍しさを感じてしまいどうしても観察してしまう。
橋雪さんが嫌がることは分かっているのだけれども⋯⋯こればかりは仕方がない。
「お母様が人間でお父様が悪魔でして、昔の奏十はそれはもう可愛らしく⋯⋯」
「いい加減にしろルアス。こちらは例の件を上に報告しても構わないんだぞ」
流石にこれ以上個人情報を暴露されるのは我慢ならないのか語気を強めた橋雪さん。
「おやおや、そんなに怒らなくてもいいじゃないですか」
橋雪さんの脅し交じりの怒りにも手慣れたようにかわしたルアスさんは、言いたいことが言えて満足したのかグラスを持ってまた何処かへ行ってしまった。
本当に嵐みたいな人⋯⋯いや、悪魔だな。
「全く、あいつがいるとろくな目に合わない」
いまだ怒りが収まらないのかピキピキと血管が浮き出ている。これは相当お怒りのようだ⋯⋯。
俺も巻き込まれないうちに早く退散しよう。
思わぬ飛び火を避けるため、俺は橋雪さんから離れ食堂内を歩いて回ることにした。