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35 戦闘(2)

「マジかよ⋯⋯っ!」


 砕けた石粒がバラバラと四方に飛び散る。

 攻撃の主であるフィリエスさんはすぐにでも次の攻撃を放とうとサイコロを動かしている。

 また来る!でもこんな攻撃防ぎようがない。

 この木刀で防ぐか⋯⋯?いやいや、どう考えたって砲弾並みの威力の攻撃をこんなもので防げるわけがない。木刀ごと俺も跡形もなく粉砕されるのがオチだ。

 うわ、考えたら超怖くなってきた⋯⋯!!

 木刀を握る手が震える。だがそんなことはお構いなしにと容赦なく繰り出される攻撃の雨。

 地面には瞬く間に攻撃の痕が刻まれていく。そして痕は徐々に俺たちの元に迫ってきている。

 ここで立ち止まってたら殺される!


「チっ、デタラメに撃ってんじゃねーよ!」


 苛立たし気な声色を隠しもせずに後方から駆け抜けていくキッドは一瞬のうちにフィリエスさんの間合いまで近づくとナイフで切りかかる。

 しかしフィリエスさんは軽々とそれをかわし後ろへと飛びのく。


「クソっよけんじゃねー!!」


 ナイフを上空へと放り投げたキッドは落下するナイフの柄を回し蹴りで飛ばし、自身はまるで猛獣のように鋭く硬化させた爪でフィリエスさんに襲い掛かる。

 着地の瞬間を狙い飛んできたナイフを素早く移動させたサイコロで弾き、キッドの攻撃をかわしていく。

 これが異種族の戦闘⋯⋯。目にもとまらぬ速さでお互いが仕掛け、そして防いでいく。全てが一瞬のうちに行われ、俺は離れた場所からそれを目で追うのに精一杯だった。


「君こそ出鱈目じゃないか。そんなんじゃ当たらないよ」


 挑発するようなフィリエスさんの言葉にキッドの苛立ちは頂点に達したようだ。攻撃のスピードと強度が増している。だが冷静さを欠いた攻撃がフィリエスさんに届くはずもなく、避けられることでその鋭い爪は地面を崖を、岩石を次々に破壊していく。

 巻き添えを食らえばひとたまりもない。

 手助けしようにも魔法も使えない俺が割り込んだところでキッドの邪魔になるだけだ。

 ゲートの入り口は封鎖され、外へ逃れることもできない。この場で俺が出来ることはせめてキッドの足手まといにならないように避難することだけだ。


「橋雪さんっ、ここは危険です!後ろに下がりましょう!」


 この場はキッドに任せるしかない。それが分かっているからか、橋雪さんも剣を腰に据えながら先ほどからじっと二人の戦いを見ているだけだった。

 しかし俺の呼びかけにも橋雪さんは動く気配を見せない。

 それどころか⋯⋯


「階層長が部下一人に任せ安全地帯に逃げるなど言語道断だ」

「そんなこと言ってる場合じゃないですよっ、魔法を使える相手に俺たちが勝てるわけないんですから!それに、あんたが死んだら三階層は誰がまとめるんですか!」


 橋雪さんは確かに口下手で愛想はないし、何を考えているのか分からない上司だ。

 でも三階層の階層長として、皆を引っ張っていく存在だ。

 これがただ横暴で身勝手な人だったなら、誰もそんな上司には従わないし、表面上は大人しく言う事を聞いてはいても心からの信頼は得られない。

 各部署に協力を仰いだ時だって、そう簡単にはいかなかっただろう。

 だが橋雪さんの一言で、職員たちは積極的に動いてくれるようになった。

 振りかざした権力からでも、強者の圧力からでもない。皆が橋雪さんが言うのならと喜んで聞き入れてくれたんだ。

 橋雪さんなら状況を打開してくれる、そんな希望を抱き、自分たちを導いてくれるリーダーとして皆が橋雪さんを見ていたからだ。

 ここで橋雪さんを死なせるわけにはいかない。俺が何かを出来るわけはないけれど、せめて橋雪さんだけは守らないといけない。


「あんたに死んでもらったら皆が困る!だから早く安全な所に⋯⋯!」


 橋雪さんは幾度も俺を守ってくれていた。本人はそのつもりがないようだし、言っても認めはしないだろうが、オーク事件の時だって、真夜中に呪術で転移させられた時だって、橋雪さんは俺を助け、事件を解決しようと誰よりも動いていた。

 俺は多くの人に助けられてきた。室町さんやキッド、俺を鍛えてくれているグスタフさんだってそうだ。

 ここで俺が出来ること。俺に与えられた役割。階層長補佐として、橋雪さんを生かすこと。

 今この場で出来る最大にして最低限の仕事を、俺は果たしたい。

 だから⋯⋯!!


 俺は足を踏み出し橋雪さんに近づく。橋雪さんはその場から動かない。だが、俺が傍に来たことに気づき少しだけ視線を向け、また奥の方で攻防を続ける二人の方へ戻す。


「安全な場所などありはしない。ここはディオスガルグ。命をかけ、世のため悪人どもを決して逃がさず罪を償わせる。ここは初めからそういう場所だ」

 

 橋雪さんは静かにそう言うと、ゆっくりと足を動かし、火花を散らし攻撃が飛び交う二人の方へ進んでいく。

 

「⋯⋯橋雪さん!!」


 誰よりも知っていたはずだった。俺なんかよりもずっと長く、ここで働いてきたあんたなら。

 人間でありながら三階層の階層長となり、異種族たちと肩を並べてきたあんたなら、今この場でどうするべきなのか。

 共に戦うという選択は確かに上司として正しい行為なのかもしれない。

 部下を置いて逃げるなどできない、橋雪さんの性格を考えれば受け入れられないのも分かる。

 でもこれは逃げじゃない。少なくとも俺はそう思う。今ここで命をかける必要はない。

 監獄をかき乱したフィリエスさんとは違い、俺たちは一人でない。ここには沢山の職員がいる。

 外には大勢の職員たちがゲートを取り囲んでいる。ゲートを封じたのは戦闘になった場合に被害を減らし、囚人に異常事態を悟らせないようにというアイロア長官の計らいだが、仮に突破されようとも、フィリエスさんに逃げ場はない。

 百名を超える三階層をはじめとする各部の職員たちの包囲網を突破し、二階層、一階層で待ち構える職員たちの防壁を突破し、監獄の外に出るのは現実的ではない。

 オーク事件からここまで捕まることなく事件を起こし、職員たちを掻き乱したフィリエスさんでも監獄全体を敵に回して逃げられるわけがない。

 だからこそ、ここで橋雪さんが戦うのは得策とはいえないんじゃないだろうか。

 橋雪さんの実力を疑っているわけではない。剣に手を伸ばしするりと抜く仕草はそれだけで一朝一夕のものではなく、熟練した者の動きであるということは素人でも分かる。

 ただ相手が悪い。


「橋雪さん!」


 呼びかけは届かない。橋雪さんは俺の静止の声にも立ち止まることなく、その視線は真っすぐにフィリエスさんを捉えて離さない。

 駄目だ、どうする?

 どうすれば橋雪さんを戦わせず逃がすことが出来る?

 考えても何も思いつかない。誠心誠意訴えかけ全力で止めるしか俺には出来ない。

 くそっ、なんて頭の固い上司だ!後でどれだけ叱られても良い。それこそ別階層に飛ばされてもいい。

 とにかく橋雪さんを逃がす!

 俺は遠くなっていく橋雪さんの背中を追いかけ掴みかかろうとする。引きはがされようと殴り掛かられようと引きずってでも連れて行く覚悟で。 

 全力で走って追いつき、あと少しで、僅かに制服の襟を掴みかけた時だった。

 眼前にいたはずの橋雪さんの姿がぱっと消えた。


「えっ?」


 掴み損ねた手が空を掴み思わず間の抜けた声が漏れた。

 突然のことで意味が分からず俺はきょろきょろと辺りを見回した。

 それこそ転移魔法を使ったかのように一瞬にして目の前から橋雪さんが消えたのだ。俺は手を伸ばしたまま足を止め、本当に自然に声のする方を見た。

 今だ激しい戦闘が続くフィリエスさんとキッドのいる場所。そして、目を疑った。

 まるで静止画のように俺の目はその瞬間を捉えた。脳がその一瞬を理解しようと今までにない速さで回転していくのが分かった。


「は⋯⋯っ?な、なんで⋯⋯」


 パクパクと口を動かした口はハッキリと言葉を発音できず、呼吸を小刻みに繰り返すようにか細い。

 とどめの一撃を刺そうとサイコロから魔法を放つフィリエスさんと、血を流し膝をつくキッドの間に現れた予想外の人物。

 庇うようにキッドの前に立ち青炎を纏う剣を向ける男の姿は、揺るぎない強者の風格を漂わせ、悪を決して逃さないという彼の宣言を一寸も疑うことなく信じさせるほどに圧倒的だった。

 導き出される答えは1つしかない。

 その背景が何であれ、俺は橋雪さんを誤解していた。

 いや、本人が見せていなかったのだから誤解も何もないだろう。

 

「15年間に渡り、三階層の職員として職務に励んでくれたことに労いの言葉を贈る。そして、お前に処分を言い渡そう。フィリエス。今この時を以て、お前を解雇する」


 真っすぐにフィリエスさんの瞳を見据えた橋雪さんは剣を地面に突き刺す。


「『青炎祭儀エス・ルギス』」


 燃え上がる青炎は一瞬にしてフィリエスさんを取り囲み、意思を持っているかのように竜となり中心にいる彼に襲い掛かる。


「なっ⋯⋯?!」


 フィリエスさんは炎に飲まれかける寸手のところでサイコロを動かした。

 フィリエスさんがいた場所が炎に覆いつくされ、やがて消えたが、そこにフィリエスさんはいなかった。

 ハっとして俺が勢いよく視線を向けると、その先に転移魔法を使ったことで難を逃れたフィリエスさんがいた。寮室から転移した時の地点に近い。

 先ほどまでよりも近い距離に俺は思わず木刀を構える。


「情報を秘匿していた?しかし名簿には確かに人間と⋯⋯いや、司令部のあの職員のように特別な例か⋯⋯?」


 理解が追い付いていないのはフィリエスさんも同じのようだ。

 転移魔法を使うタイミングが僅かに遅れたのか、炎はフィリエスさんの脇腹を焼いた。苦痛に歪む表情は状況の理解を優先としているようで、意識は殺害対象であるはずの俺に向いていない。

 俺は橋雪さんの方を見る。急斜面に立ちこちらを見下ろす橋雪さんは青みがかった黒髪で、変わらぬあの冷ややかで真剣な眼差しをしていたが、すぐに気づいた。

 橋雪さんの瞳が僅かにだが光を帯びていた。

 吸い込まれそうなほどに深い青の光。そして、身に纏う雰囲気も少し違っているように感じた。

 おそらく他の者には分からない。人間界で生まれ、育ち、人間しか見てこなかった俺だからこそ分かる僅かな違い。何故と言われても答えることは出来ない。ほとんど直感といってもいい。

 橋雪さんは人間だと思っていた。でもこちら側を見据える橋雪さんの姿は人間とは違う存在に見えた。


「いや、関係ない。一人が二人に増えただけ。何も変わらない」


 まるで自分に言い聞かせるかのような台詞だった。

 ギリと歯を食いしばり地に落ちた四つのサイコロを再び操作する。しかしその様子は先ほどまでとは異なる。疲弊し、余裕がないのが表情に現れていた。

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