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34 戦闘(1)

「いやー、異動しろって言われた時は本気で驚きましたよ」


 犯人を職員寮におびき出すために俺を異動させる——そう聞いた時、当然俺は意味が分からずその理由を尋ねた。

 しかし考えてみれば理由は至極単純。

 確かにこの作戦に俺の異動は不可欠なピースの一つだった。


「でも、橋雪さんアレは流石にないですよ」

「何のことだ」


 呆れた様子で言う俺に意味が分からないという風に橋雪さんは眉を顰める。


「一階層に異動しようと同じディオスガルグの職員であることに変わりはない。これからも職務に励みディオスガルグに貢献することを期待する⋯⋯って、思わず吹き出すかと思いましたよ」


 三階層の幹部職員を集め、執務室で異動を告げた際、橋雪さんが言った言葉だ。

 橋雪さんとの付き合いは短いが、どんな人なのかはこれまで接してきたのだからある程度分かっているつもりだ。

 少なくとも、橋雪さんが俺との会話で俺を気遣ったり、応援するような発言をしたことは一度もない。

 あまりのらしくない台詞過ぎて本当にあの時は笑いをこらえるのに必死だった。


「まあ確かに、あんまらしくない台詞ではあったよな」

「可笑しい事を言ったつもりはない」

「⋯⋯」

 

 キッドまでも賛同したことで橋雪さんはさらに眉を顰め不機嫌そうに俺たちを睨みつける。

 

「なにはともあれ、おかげであんたをここにおびき出せたわけだからな。結果オーライってやつだ」


 異動は作戦の一つであり、犯人⋯⋯つまりフィリエスさんにとっては罠だったわけだが、上手くいって良かった。

 橋雪さんのらしくない台詞はあったが、異動事態に疑うような要因はない。

 執務室で橋雪さんが言っていたように、幾度も命を狙われた俺が三階層で働き続けるのは危険だ。他の職員に被害が及ぶ可能性も捨てきれない状況で、異動という手段は妥当。

 問題はその移動先が一階層であったことだが、一階層の職員であるプレアがこの事件と関連しているということを知っているのは俺や室町さん、キッド、そして各階層の階層長と副階層長など一部の職員に限られる。

 あの場にいたのが何も知らない職員だったならば一階層に異動すると聞いても何も違和感を感じない。言葉通りに受け取ったはずだ。

 しかし犯人にとっては違う。一階層と聞けばオークの転移のために利用したゲートや共犯者のアモの存在などがよぎったはずだ。

 共犯者のいる階層へターゲットである俺が異動する。一見すれば活動場所が変更されただけで大した影響はないのかもしれない。

 だがここはディオスガルグ。他階層への移動は容易ではなく、一階層は地上階層に近い分警備も厳重と聞く。自由に行動できなくなれば犯行はさらに難しくなる。

 ならば多少強引でも異動前に事を終わらせるしかない。

 フィリエスさんはそう思ったはずだ。

 そして、実際犯人は罠にかかった。



「僕の転移魔法は確かに三階層の八区へ辿り着くように操作したはずだけど、誘導の磁波でも流されていたのかな?」


 フィリエスさんの予想は概ね正しい。

 俺はフィリエスさんの傍らで浮遊するサイコロを見る。


「最初の事件の時、フィリエスさん。あんたは三階層のゲートと自身の魔道具であるサイコロを結び付けた。一階層のゲートから三階層のゲートへ空間転移したオークに、職員室にいた俺を襲わせるためだ」


 その時、強力な魔法を使用した影響でゲートとサイコロは結びつけられた。

 それはまるで回路のように。


「ただの転移魔法ではそこまでの跡は残らない。だがお前が利用したゲートは承知の通り、階層間の妨害壁を突破するほどの強力な空間転移魔法を諸ともしない。そのゲートから僅かな時間すらも空けずに直接転移させるために魔道具を使用したのは誤算だったな」

 

 磁石はより強い磁石と引かれ合う。

 オーク事件で強い魔力回路を残したサイコロを使用したおかげで、転移先が八区ではなくゲートへと強制的に変更されてしまったというわけだ。

 だがその回路は完全なものではなかった。強力な跡をサイコロに刻み付けたとはいえ、使用したのは階層内での転移魔法だったし、それなりに時間も経っている。

 その薄らいでいた魔力回路を復活させたのが機器管理部の職員であり、フィリエスさんの共犯者であるアモ⋯⋯いや、プレアだった。

 

「⋯⋯なるほど。よく分かったよ」

 

 フィリエスさんも全てを理解したようで薄く笑みを浮かべたと同時に目を伏せる。


「踊らされていたのは僕だったというわけだ」


 再び、顔を上げたフィリエスさんは真っすぐに射貫くような視線をこちらに向ける。

 警戒、怒り、侮蔑——全てをないまぜにしたような鋭い瞳。

 俺を地上一階層へ案内してくれたあの時の穏やかな好青年の面影は今はもうない。

 いつ攻撃をしてきてもおかしくない、そこにあるのは俺を殺すため、暗躍してきた黒幕の姿だ。


「大人しく拘束されるつもりはないか」


 追い詰められたフィリエスさんが大人しく捕まるはずはない。それが分かっていたからこそここに転移させようとしたアイロア長官の提案に橋雪さんも賛同したのだろう。

 警戒の色を見せつつも落ち着いているように見える。しかし、フィリエスさんがどう動いてくるのか分からない以上下手に行動に出るわけにもいかないようで様子を伺いながら決して目をそらさない。


 会議室にいた時とは違う。全く異なる緊張感が両者に漂う。一挙手一投足が命を左右する状況。そして、それは今この瞬間この場所にいる俺やキッドも例外ではない。

 確かにこれは想定内のこと⋯⋯なのかもしれないが、フィリエスさんが攻撃を仕掛けてきた時どう対処するのだろうか。それがずっと頭の中によぎっていた。

 拷問場ゲートの外では多くの三階層職員たちが警戒態勢でゲートを守っている。

 フィリエスさんが仮にここから出れたとしても、フィンセントさんたち警備部をはじめとする多くの職員たちがフィリエスさんを取り囲むだろう。


 つまりフィリエスさんにとっては絶望的な状況なわけだが⋯⋯。今この場ではどうすればいい?

 俺は魔法を使えないし、体術や剣術の指導は受けているが素人に毛が生えた程度。今だって護身用にとあらかじめ用意していた木刀を握ってはいるが、これじゃ魔法種族で天使であるフィリエスさんには到底かなわない。

 それに、橋雪さんも人間だ。俺より動けるのは間違いないだろうし、人間の中では心得のある部類には入るのだろうが、それがフィリエスさんに通じるとも思えない。

 となれば頼みの綱は悪魔であるキッドのみということになるが⋯⋯。

 キッドだけでフィリエスさんと戦うのは不安が残る。

 フィリエスさんが戦っているところは見たことがないが、転移魔法を得意としているし、彼は三階層の副看守長だ。オーク事件から全ての計画を企て実行してきた黒幕でもある。 

 頭の回転の早さ、観察眼、魔法の実力を考えても、キッドが勝てるとは言い切れないし、絶対に捕まえられるという確信はあっても、今この場で俺たちが無傷のまま捕まえられるという保証はない。

 やっぱり、俺たちだけじゃなくて皆にもいてもらった方が良かったんじゃないか?

 黙ったまま対峙する橋雪さんの背を見てそんな不安がよぎる。


 そんな俺の様子に気づいたようにフィリエスさんが俺に視線をうつす。

 宙に浮いたサイコロの魔道具がフィリエスさんの手の動きに合わせるように移動する。


「作戦には不測の事態が生じることもある。そしてその危機に冷静に対処してこそ作戦は成功へと導かれる。外にはかなりの数の職員がいるようだけれど、それでこそ危機だ」

 

 ひろげられた手のひらに浮かぶ一つのサイコロ。それが淡く光ると、次の瞬間いくつものサイコロに分裂する。数は二つ、三つ、四つ⋯⋯。

 全く同じ大きさで同じ形をした四つのサイコロがゆっくりと頭上へ舞い上がり、そしてグルグルと回転を始める。


「いまだかつて誰も成し遂げたことのないディオスガルグからの脱獄。僕がこの危機を切り抜け初めての脱獄者となろう!三階層職員である僕が、ね」


 来る⋯⋯!そう思った時には既に遅かった。

 目がくらむようなまばゆい光が襲い、そして同時に地面が大きく揺れた。

 俺は踏みとどまるのが精一杯で何が起きたのかを理解するのに遅れた。サイコロから放たれた攻撃が地面を抉ったのだ。

 数メートル先の地面がまるで砲弾を撃たれたかのように大きくくぼんでいる。

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