33 種明かし
予想外の場所に転移したことに驚くフィリエスさんから距離を取る。
フィリエスさんが一体どこに転移するつもりだったのかは俺には分からないが、少なくともこんな所じゃないことは分かる。
俺は橋雪さんの側まで移動しながら周囲に視線をやる。
地面はデコボコとした岩、四方を囲む崖。
三階層七区、拷問場ゲートに繋がるフィールドの一つ、通称——岩責め地獄。
「これは⋯⋯どういうことでしょうか?」
冷静さを取り戻したフィリエスさんは努めて穏やかな口調でそう尋ねた。
しかしそこに以前会った時のような余裕は感じられなかった。
焦っているのが手に取るように分かる。この状況を考えればそれも当然ではあるが。
「見ての通りだ」
「いやいや橋雪さん、そんなんじゃ伝わらないですよ」
「これほどの計画を実行した男だ。わざわざ説明する必要がないと判断したまで」
大真面目にそう言う橋雪さんに俺は、「相変わらずですね」と笑った。
そして思い出す。犯人の計画を利用し、そして犯人を誘き出す作戦の始まりを——
「君には身体を張ってディオスガルグを救ってもらう」
特殊対策部部長であるアイロア長官がそう言い放つ。
「身体⋯⋯って具体的には一体何を⋯⋯」
嫌な予感がプンプン漂うアイロア長官の企み⋯⋯いや、作戦を俺たちは聞かされる。
「犯人はお前を狙っている。その目的は全くの不明だが、犯人はお前を殺すことに執着しているようだからな。それを利用してやればいい」
犯人の目的は俺を殺すこと。しかし現段階でまだ目的を達成できていないことに犯人はヤキモキしているはず。
次こそは確実に殺しにかかるに違いない。
そこでアイロア長官が提案した作戦の内容が告げられる。
俺が一人のところをあえて襲わせることで正体を暴くというもの。
ズバリ犯人の計画を逆手に取ろう作戦。
しかしそれを実行するには、タイミングと場所が必要だった。
「それは分かりましたけど⋯⋯そんなことできるんですか?」
「こいつの言う通りだ。何も起きていない頃ならともかく二度もこいつは狙われてる。流石に厳重警戒中の三階層でそんな罠にひっかかるバカはいねーだろ。それに、もし犯人が暴れたら備品が壊れるだけじゃ済まねー」
俺とキッドがすかさず突っ込む。
アイロア長官の作戦には穴があった。少なくとも、今の状況では明らかな罠だと捉えられるだろう。
それに、キッドの言う通り、正体がバレた犯人が逃亡のためにどんな暴挙にでるか分からない。下手をすれば多くの死傷者が出る可能性もあるだろう。
被害が囚人の収容される四区や七区にまで及び、房が破壊されでもすればそれこそ世界の危機だ。
しかしアイロア長官はこちらがそう疑問を抱くことは予想済みだったらしい。余裕の表情ですぐにこう返した。
「それについては問題ない。囚人やこの件に無関係の職員には一切被害を及ばせない方法が一つ存在する」
アイロア長官の言う方法。その答えが思い浮かばず、俺はキッドの方に視線を向ける。しかしキッドもその方法には思いつかなかったようで首を傾げていた。
俺たちの反応を見てアイロア長官は頷く。
「犯人に転移魔法を使わせ拷問場内へ誘導する」
「拷問場⋯⋯ですか?」
予想もしなかった答えに俺たちは驚きを隠せなかった。
拷問場はディオスガルグとは別空間にある施設だ。
アイロア長官の言う通り、転移魔法を使用し、拷問場に犯人を誘導できれば、大勢の囚人や職員たちに直接被害が及ぶ可能性は格段に下がる。
確かに犯人は二度の事件で転移魔法を利用し俺を襲った。
でもそう簡単に転移魔法を使わせることなんてできるのだろうか。
また新たな疑問が湧く。だが、作戦の発案者であるアイロア長官は当然解決策が思いついているようだった。
「もちろんそのための舞台装置は必要だ。そしてそれには君の上司の力も借りる必要がある」
「上司って、橋雪さんもですか?」
「そうだ。各部署への協力要請は一介の職員では難しい。私一人で動かせる範囲も限られているからな」
いくら緊急事態に対応する特殊対策部の部長であろうとも、三階層のこととなれば介入できる範囲は限られているようだ。
やはり、三階層の階層長である橋雪さんの力が必要なのだとアイロア長官は言う。
しかし、橋雪さんの性格を考えればこの作戦に賛同してくれるかは疑問が残る。
良くも悪くもあの人は真面目過ぎるし、何より実行のために払うリスクも手間も決して小さくはない。
確実に成功し被害がでないことを保証できなければ動いてくれないんじゃないだろうか。
「あんたの作戦は分かったけどよ、あの堅物長官が素直に協力してくれるとは思えねーけどな」
キッドも同じ疑問を抱いたようだ。赤髪をかきあげながらそう言う。
するとアイロア長官はふっと不敵に笑った。
「それについては私に一任してくれて構わない。あの男は頑固だが馬鹿ではない。無益な被害を抑え、かつ犯人逮捕が可能となれば協力は惜しまないはずだ」
「万が一断りでもすれば⋯⋯」そうアイロア長官は言うと、意味深な微笑を浮かべる。
凄い悪い顔だ⋯⋯。橋雪さんの弱みでも握っているのだろうか。
一体何をするつもりなのか、凄く気になる。
まあ何はともあれ、こうして俺たちは作戦実行へ向けて動き始めた。
◇
橋雪さんに作戦を伝える役目をアイロア長官に任せて、俺たちは作戦に不可欠な舞台の用意を始めた。
作戦のために必要なのは、消灯時間以降の外出許可、そして⋯⋯拷問場ゲートの使用許可、万が一他の職員が巻き込まれないように臨時の警備も行う必要がある。
俺たちは警備部と、拷問場を管理する責任部署である執行部にかけあった。
ただいくらアイロア長官の許可があるとはいえここは三階層。アイロア長官の言う通り、俺たちだけでは警備の増員要請すらまともにできない。
やはり何をするにも階層長である橋雪さんの許可が必要のようだ。
そして、完全に行き詰まった俺たちの元に現れたのが橋雪さんだった。
どんな手を使ったのか、アイロア長官は見事橋雪さんの説得に成功したようだ。
当の橋雪さんは物凄いしかめ面だったけどな。まさか本当に弱みでも握られていたのだろうか。
あの橋雪さんが他人に弱みを見せる姿なんて思いつかないが⋯⋯。
しかし橋雪さんが来てくれたことで計画はスムーズに進んだ。
いくら犯人逮捕のためとはいえ⋯⋯と難色を示していた職員たちも、橋雪さんの一言で次々に協力してくれることになった。
警備部、執行部の協力を得て、作戦実行時に職員が近寄らないようにしてもらう。
そして次に問題となったのがどうやって犯人を拷問場におびき出すかだった。舞台だけを整えても役者が揃わなければ意味はない。
「各部署の協力は貰えることになりましたけど、一体どこに犯人をおびき出すんです?
アイロア長官は俺を襲わせるって言ってましたけど」
犯人に転移魔法を使わせるにはそもそも囮となった俺を襲わせる必要がある。
しかし仮に、俺が一人で消灯時間内に三階層を出歩いていたとして、犯人が素直に騙されてくれるとは思えない。
アイロア長官との会話でも疑問に上がっていた点だ。
「犯人に転移魔法を使わせる条件は二つだ。一つ、逃亡を図る状況に持ち込むこと、二つ、そこが下手な攻撃に出れない場所であることだ」
初めの条件は分かる。犯人が転移魔法を使うタイミングといえば逃亡の時ぐらいだろうからな。
「二つ目の条件こそ重要だ。もしこちらの思惑に反し、攻撃魔法でも繰り出されては大きな被害が出る。奴に攻撃魔法を使わせるとすれば拷問場へ転移してからだ。奴にとっても無意味な殺傷、被害の拡大は避けたいはずだ。作戦の失敗と正体の露見に大きくつながるからな」
「三階層内で攻撃魔法を使うのを避けたい場所⋯⋯」
橋雪さんの言う条件に合う場所なんてあるのか?
俺は考えを巡らせて、そして一つの答えに行きつく。
「職員寮⋯⋯!」
その通りだと橋雪さんが頷く。
「職員寮におびき寄せることができれば、犯人は間違いなく転移魔法を使ってくるだろう」
105号室は二人部屋だ。男二人で暮らす分には何不自由ない広さだが、攻撃魔法のようなものを使うにはあまりに狭すぎる。
コントロールを誤れば他の部屋も被害を受ける。
そうなれば犯人に逃げ場はない。
作戦を実行する側の俺たちからすれば拷問場へ転移させることができたとしても結果は同じだが、犯人は転移魔法が誘導されたものだと知る由もない。
だからこそ職員寮で攻撃魔法を使おうとは思わないだろう。
となれば後はどうやって犯人を職員寮へ誘き出すかだ。
105号室に来てくださいなんて張り紙を貼って来てくれるような簡単な話ではないだろう。
すると橋雪さんは何の躊躇いもなく真っ直ぐ俺の目を見てこう言った。
「お前を異動させる」