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32 踊らされていたのは誰

「西条、お前には一階層への異動を命じる」


 長官執務室で突然そう言われた。

 室内には鷹梨と橋雪の他、キッドやシーア、副看守長のフィリエスなど三階層の幹部たちが集まっている。

 

「異動って⋯⋯!随分と急な話じゃないですか」


 鷹梨は当然焦った。ディオスガルグに来て二週間余り、本当に短い時間だが、室町をはじめとする職員たちに監獄での仕事を教わった。

 色んな事件や事故に巻き込まれはしたが、沢山のことを学んで、完璧とはいかないかもしれないがここに来た時よりも異世界や監獄での仕事について段々と分かるようになってきたばかりだ。

 それなのにここにきて異動?

 せっかく慣れてきたところにまた振り出しに戻るようなことを言われ、目の前が暗くなるのを感じた。

 一方でこれは橋雪の優しさであることも察することはできた。


「二週間前のオーク事件を始まりとして、お前は二度も命を狙われている。犯人は未だ捕まらない状態で、このまま三階層で働き続けるのは危険だと判断した。それに、掲示板の件もある」

「それは⋯⋯でも俺は何も事件について情報は漏らしてません!」


 深夜に行われた会議の後、事件についての情報を求めて接触してきたアモは結局案内部の職員ではなく、アモという名前も偽名だったことが判明した。

 だが、あの記事を書いてばら撒いたのがアモであることから、彼女と記事が貼られる前の晩に接触していた鷹梨が関与を疑われるのは仕方のないことだった。


「俺としてもそう信じたい。三階層の職員が監獄中を混乱に陥れるようなマネをしたと考えたくないからな。だが、こちらがそう思っていても上は違う」

「上って⋯⋯」

「運営部のやつらだ。そりゃあこんだけの騒ぎになりゃー上に知られるのも当然の話だろ」


「全く面倒なことになったぜ」と言いながら赤髪をガシガシと掻き乱すキッド。


「上辺の情報しか知らない運営部としては西条くんがアモと名乗る職員に情報を漏らしたという程にすることが一番納得が行くシナリオなのだろうね」

  

 フィリエスもこの状況に納得がいっていない様子だった。

 もちろん、鷹梨が何も言っていないことは鷹梨自身が一番よく分かっている。

 だが上の意見はそうではないということだ。

 この人がそんなことをするはずがない。この人は無関係だ。なんてことは身内にしか通用しない。

 そうなってしまえば、新人職員であり何の権限も持たない鷹梨は素直に従うしか道はない。

 

「一階層階層長のマキノ・ユービスは人事部部長も兼任している優秀な職員だ。今以上に手厚いサポートもしてくれるだろう。訓練に関しても引き続きグスタフ隊長に頼んでいる。安心してくれて構わない」


 一方的な異動の命令にせめてもの情けだと言わんばかりに橋雪は言った。

 どうやら話は既にまとまっているらしい。鷹梨が口をはさむ間もなく、橋雪は一枚の紙を手渡した。


「同意書だ。サインすれば正式にお前が一階層の職員だと認められることになる」


 思えば初めてここに来た時もこんな感じだったなと思い出した。とても二週間しか過ごしていないとは思えないほど濃い日々だった。橋雪とは初日と事件以来あまり会うことはなかったが、それでもお世話になったのは間違いない。

 ここで頑なに否定し続けて困らせる訳にもいかない。

 鷹梨は書類を受け取ると羽ペンを走らせる。真っ黒なインクで書かれた自分の名前が部屋の照明を受けてじんわりと光る。

 それを見て、寂しさと心残りのようなものを感じながらペン先を紙から離した。

 サインし終わった合意書を橋雪は躊躇なく回収した。


「一階層に異動しようと同じディオスガルグの職員であることに変わりはない。これからも職務に励みディオスガルグに貢献することを期待する」

 

 「以上だ」橋雪さんはそう締めくくると皆に解散を命じた。

 何も言うことなく執務室を去っていく。変わった人たちばかりだが、彼らは三階層の幹部だ。ここにいつまでもとどまっているわけにはいかない。

 その背中を鷹梨は黙って見送った。


  ◇


 あれから数日が経ち、西条鷹梨の異動は明日に迫っていた。

 そこに不審な一つの影が真夜中の寮内廊下に伸びる。

 西条の異動は概ね予想通りだった。異動先が一階層であったことは意外だったが、階層長があのマキノであることを考えれば納得はいくし、何も支障はない。ここまで思い通りに事が進んでいるのだ。

 消灯時刻を過ぎた寮内は静かなものだった。

 数日前ならば人目を忍び賭け事に現を抜かす職員たちもいただろうが今はそれもない。

 監獄中にあの記事が広まった時は流石に焦ったが、そのおかげでむやみに出歩こうとする者もいない。

 あのホムンクルスも最終的にはちゃんと役割を果たした。

 

 

 制服のポケットから鍵を取り出しゆっくりと差し込んだ。

 スペアキーだ。スペアを作るのは大した手間にはならない。

 結局最初から最後まで、彼は無防備な腹を見せ続けていた。

 

 ドアノブを回し、ゆっくりと扉を開くとそこには薄暗い廊下が真っすぐに伸びていた。

 ゆっくりとゆっくりと、慌てるそぶりなく影は歩を進める。しかし目的の部屋は扉から近かったのですぐに辿り着いた。

 部屋の前に立ちそこに掛けられたプレートに目をやり、目的の部屋に間違いないことを確認した。

 205号室。部屋の主はもちろん西条鷹梨だ。

 本当はもう一人、警備長のキッド・コアリードがいるが、彼は夜警の職員でもありこの日も夜勤であることは既に確認済みだ。

 しかし手洗いなど何かしらの理由で起きてくる職員の可能性も考え、早々に事を片付けてしまうことに決めた。


 さっきと同じ鍵を再び差し込んで回す。鍵が開いた感触が手に伝わり口角を上げた。

 これは終幕ではない——残したメッセージは多くの職員の心に不安を植え付けられたはずだ。

 そう、今から実行するのが本当の終幕。描いたシナリオはついに結末へと向かう。


 室内は真っ暗だった。照明が落とされ、ベッドの方から寝息が聞こえる。

 流石に不在の可能性は低いと思っていたが、予想通り西条はすっかり眠っているようだった。幾度も命を狙われ、異動を命じられたというのに呑気なものだ。

 呆れるが、これで計画通りに進められることに安堵した。

 しかし油断することなく、先ほどよりも慎重に室内へ入り後ろ手に扉を閉めた。

 一歩、また一歩と西条の眠るベッドへ近づく。


 西条を殺すことは虫を殺すことのように容易い。

 司令部の室町や軍事部のグスタフのような例外を除けば、魔法を使うことのできない人間が魔法種族に敵うはずもない。

 ましてや西条は職員になって間もなく、監獄に来る以前に戦闘経験もなかったようだ。

 それが意味するのは反撃の手段を持たないということ。そのような者を相手にするのは赤子を相手にするようなものだった。

 明日の朝、起きてこない悲運の青年の死体を見て一体どれだけの職員が驚くだろうか。

 これだけの大事になっていながら西条を守り切れなかった橋雪は間違いなくその責任を問われる。

 運営部が動いているという執務室での話を信じるならば、階層長の位を降ろされてもおかしくはない。

 無知で無力であるばかりに、こうして死に行く運命となってしまった彼にせめてもの情けをかけてやろう。

 

 ふくらんだ布団の中に気配を感じ取り、影はその手を伸ばした。

 手のひらに浮かぶ小さなサイコロが淡く紫色に光る。使う魔法は決まっている。

 西条は自分の死に方も死ぬ理由も分からぬまま苦痛にもがき死んでいくだろう。哀れなあの天使の案内部の男のように。

 しかし、影はふとそこで違和感を覚えた。

 待て⋯⋯何かおかしい。サイコロの光が吸収されるように消えていく。

 違和感の理由はハッキリとしない。だが何か嫌な予感が胸の内をせり上がってくる。

 すると次の瞬間、トンと自分の背中に誰かが触れるのを感じた。


「まさかあんただったとはな」

「っ!?」


 慌てて振り返ると、そこにはいるはずがない人物——西条鷹梨がいた。

 なぜ——? 

 理解不能に陥り、思考が停止する。しかしすぐに違和感の正体に気づく。

 しかしもう遅い。

 再びベッドの方へ視線を戻したと同時に布団がバサリと蹴り飛ばされ、その中から何者かが飛び出す。

 

「よう黒幕。夜分遅くに何の用件だ?」


 軽口を叩きながら床に着地する。

 ベッドで寝ていた⋯⋯いや、眠っているフリをしていたのはキッド・コアリードだった。

 逃げる——頭の中に真っ先に思い浮かんだのはこの場から今すぐにでも離れることだった。

 手の中のサイコロが再び光る。


「っおい、いきなりかよ?!」

「⋯⋯『転移』《テレポート》!」

 

 転移の瞬間キッドが慌てて腕を掴んできたが振りほどく余裕はなかった。

 転移の先は三階層八区。上下の階層へ続く階段がある区域。そこに転移し何とかして逃げおおせよう、そう考えていた。

 しかし淡い光が消え、目の前に現れた景色に絶句した。


「寝込みを襲い、咄嗟の転移魔法。全く予想通りの行動だったな⋯⋯フィリエス」


 冷たく、僅かに怒気を含んだ声色でそう言ったのは他でもない⋯⋯橋雪奏十だった。

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