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30 特殊対策部部長アイロア・フォードナー

「君には分刻みで時間を伝える必要があるようだ」


 ややハスキーで中性的な声の持ち主は、室内に入った俺たちを見て冷ややかに言い放った。

 艶やかな白髪は肩に届くか届かないくらいの長さ、色素の薄い切れ長の瞳。

 踵の高い革靴を履いているせいですらりとした長身がさらに高く見える。陶器のような真っ白な肌に整った目鼻立ち。

 近寄りがたい雰囲気はこの美しさのせいでもある。外見も声と同じように、中性的で男性か女性かの判別はつかない。


 悪魔の中には性別を持たない種もあるようだから、彼、もしくは彼女もあるいはそうなのかもしれない。

 凛とした佇まいに棘のようでいて雪のような繊細な雰囲気を持つ職員は傍にいると自然と背筋が伸びて緊張してしまうほどの美貌だった。

 この人が特殊対策部部長――アイロア・フォードナーのようだ。


 特殊対策部――監獄が何かしらの危機的状態に陥った時、また非常事態が起きた時に動くのがこの部署。

 警備部でフィンセントさんが言っていた緊急事態レベルに応じて対応し、そして彼らが動きだすレベルが存在する。それがレベル4だ。

 職務は捜査と問題の解決。先の事件で現場にいた鑑識課も特殊対策部に設置される機関だ。

 単純でいて最も難しい。かなりの責任感が伴う部署の一つだ。

 

「問題が起きたんだ⋯⋯です」


 話の途中で睨まれたからか敬語へ変わる。

 それからもことあるごとにやりづらそうなキッドは先ほどとは比べものにならないほど大人しい。

 アイロア長官とキッドには何かしらの関わりがあるようだ。


「問題だと⋯⋯?」


 アイロア長官が眉一つ動かさずそう言った。口調には本当に薄くではあるが感情が乗っているのが感じられる。だが全く表情がない。

 話していれば多少頬や瞬きなど動きが見られるようなものだが、この人には一切それがない。

 こうやって側で見ていても、いつ瞬きをしたのかが分からない。

 まるで人形だ。


「掲示板に職員が群がってたんで追っ払ってたんですよ。で、その時にうっかり掲示板をぶっ壊しちまって」


 バツが悪そうに言うキッド。うっかりで掲示板をワンパンで壊す悪魔の恐ろしさ⋯⋯。


「君は本当に駄犬だな。よくそれで警備長が務まっている。君に囚人の監視でも任せた日には、修理班は不安で夜も眠れなくなるだろうな」


 露骨な嫌味だったがキッドは言い返さない。それどころか、まるで借りてきた猫のように大人しくしている。やはりアイロア長官とは何かあったのかもしれないな。


「だが、犯人の目論見は見事成功したようだ。先のオーク事件と昨夜の事件の記事は既に他階層にまで出回っている。もちろん、ゲダートの写真と犯行声明文も一緒にな」

「もう広がってるんですか!?」

 

 人の噂は門が立てられないとはいうが、にしても広がるのが早すぎる。

 記事が貼られた具体的な時刻は分からないが、職員が起床し、外に出て掲示板を確認し始めるのは早くとも七時。それから三時間余りで監獄中にこの件が知れ渡っていることになる。


 するとアイロア長官はデスクに置いてあったものを取って俺たちに見せた。

 それは新聞記事だった。言わずもがな、三階層で見たものと全く同じものだった。


「一階層にこれがバラまかれていた。おそらく三階層に貼られていたものが原本でこれは複製だろう。現在うちの部の職員らが回収して回っているが何せ数が多い。回収しきるのは難しいだろう」


 聞けば記事のコピーは一階層職員寮の各寮室の前に落ちていたらしい。

 一階層の職員の総数がどれだけいるのかは分からないが、職員一人一人の部屋の前に置くとなればかなりの枚数になることは間違いない。

 大人しく記事を渡す者もいれば、中には他階層の職員に見せたりする者もいるだろうし、そうなれば全てを処理するのは難しい。

 現に事件は記事のバラまかれた一階層や三階層のみならず二階層や四階層以降の階層にも知れ渡っているようだしな。

 職員の不安が極限まで高まり、危機感が増していくのが分かる。


「そこで君にこの記事の発行元が誰なのかを尋ねたい」

「えっ、案内部じゃないんですか?」


 記事には案内部と記録部の印鑑が押してある。アイロア長官が見せてきた複製にも同じように左下に赤い印があった。

 しかしアイロア長官は首を振り否定する。


「案内部と記録部に尋ねたところ、許可したおぼえはないそうだ。どうだ、心あたりはあるか?」


 それはつまり印鑑を偽造したということだろうか。

 そこで俺は頭の中に浮かんだ人物⋯⋯昨晩取材と称し接触してきた案内部のアモの名を出した。

 掲示板に掲載する情報紙の発行が可能である案内部の職員であり、事件についてわざわざ俺に尋ねてきたアモは現時点でかなり黒に近いと言えるだろう。


「⋯⋯なるほど。後ほど両部署に確認を取ってみる。そのアモという名の職員が記事をバラまいた犯人ならば今回の件の実行犯でもある可能性があるからな」

「今回の件⋯⋯?」


 アイロア長官のその言い回しに引っ掛かりを感じた。俺が首を傾げるのを見てアイロア長官は腕を組みなおしこう言った。


「残念なお知らせだ。案内部職員ヘルドア・ウェンデリー——君をディオスガルグに連れてきたもう一人の男が死亡状態で発見された」

「!?」


 あまりの衝撃に驚きが隠せなかった。

 

「死亡⋯⋯って、どういうことですか!?」


 俺をここへ連れてきたもう一人といえばあの天使の職員しかいない。悪魔の方のゲダートは俺を襲撃後自殺した。なのに今度は天使の方が死んだだって?

 一体何が起こっているのか、頭が混乱してきた。


「そのままの意味だ。奴は今朝地上二階層の彼の自室で死体で発見された。死因は毒による中毒死。現場検証は終了し、使われた毒と現場に残った毛髪などの鑑定を行っている最中だ。我々は十中八九他殺とみている」


 誰かに殺された⋯⋯俺に関わった職員が二人も。


「同時に、ヘルドアがゲダートと共犯関係であった可能性もみて捜査を行っている。彼は同じ案内部で君と接触した職員だ。加えて二人は同室という関係でもある。全くの無関係ではないだろうからな」

「ったく厄介ごと続きでたまったもんじゃねぇ。悪魔でも天使でもなんでもいいからさっさと真犯人をとっ捕まえて執行部の拷問にかけてやりてー」

 

 拳をパンっと手のひらにぶつけ言うキッド。事件が続き警備長として休みなくあちこち動き回っているのだろう。犯人の早期逮捕を望むのは職員として当然だ。


「やる気なのは構わないが あまり感情的に動かない方がいい。血の気が多いのは君の欠点だぞ、駄犬」


 呆れるようにアイロア長官が言う。


「ディオスガルグでここまで自由に動き回られちゃあ最強の鉄壁要塞の名が廃れちまう。犯人の吠え面をかかせてやりてーと思うのは当然だろ。長官、あんたも本心ではそう思ってるはずだ」


 それでもキッドの苛立ちはおさまらないようでアイロア長官にそう語り掛ける。


 「誰しもが絶対と保証された身の安全を願う。だが閉鎖されたこの場所で完全な平和を望む者はこの監獄には少ない。いつまでも奴の手のひらの上で踊らされる訳にはいかないのは事実だ」


 アイロア長官は切れ長の瞳をこちらに向ける。


「多少手荒な手を使っても目的を成し遂げるのが悪魔のやり方だ。西条鷹梨。特殊対策部部長として君にも協力を要請する」


 瞳が妖しい光を帯びたのを感じた。表情は全く動いていないのに僅かに微笑を浮かべているようにも見えるのは気のせいだろうか。


「協力って⋯⋯一体何を?」


 何となく嫌な予感がして俺は唾を飲み込む。


「君には身体を張ってディオスガルグを救ってもらう」

 

 ——!?

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