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29 犯行声明

 外に出て階段を登った先には既に人だかりができていた。

 三階層の職員を中心として、ちらほらと他の階層の職員らしき姿も見える。

 彼らの視線はいずれも壁側にあるコルクボードの方へ向いていた。


 三階層掲示板だ。

 掲示板にはディオスガルグで起こったニュースや職員に通達すべき情報などが貼られている。

 掲示板は毎朝更新され、緊急を要するものではなく、多くの職員が頭に入れて置くべき情報は大体掲示板を見れば分かると言われるほどこの掲示板は職員にとって重要だ。

 そのため、日頃多くの職員が目にする職員寮の前に設置されている。


 そこに人が集まっているということは、何か掲示板に重要な情報が入った⋯⋯ということだろうか。

 このタイミングで職員たちが騒つくほどの案件といえば一連の事件しかない。

 だがそれならばわざわざキッドが例の件と濁したのが引っかかる。


 そう思い、俺は人だかりを掻き分け掲示板の文字が見える位置まで移動する。

 人間基準でいえば平均より少し高いであろう身長も、異種族である周りの職員に比べると一回りもニ回りも小さく感じる。

 背伸びをし、ようやく掲示板が見えるようになった。

 そこで俺はなぜこれだけの騒ぎになっていたのかの理由を目の当たりにした。

 オーク事件に始まり、昨晩の一件、それに関する詳細な情報が新聞記事になって公開されていた。

 魔道具にサイコロが使用され、一階層の獄卒獣であるオークが三階層に現れたこと、そして呪術という古典的な方法で職員――つまり俺が三区に転移し、そこでローブを被った職員に襲撃を受けたこと。

 会議で話し合われ、今まで内密にされていた事件の詳細が事細かに載っている。


 だがそれだけではなかった。

 新聞の見出しに被せ、目立つように画鋲で貼られた一枚の写真。

 それは会議で見たものと全く同じだった。

 案内部職員であり俺を襲った犯人であるゲダートの証明写真だ。


「犯人がゲダートであることは極秘だ。サイコロの魔道具に関しても情報を公開するかはまだ話し合いの途中だった」

「誰かが情報を漏らしたってことか?」


  新聞記事の左端に発行元の広報課と、掲示物を管理する記録部の印鑑が押してある。つまりこの記事は正式に承認された記事であることを示しているわけだ。

 そしてこの記事の作成者はおそらく昨晩取材のため接触してきた広報課のアモだ。

 だが俺はアモに事件に関する情報を渡していない。

 となると他の誰かがアモに事件の情報をリークしたということになるわけだ。

 それが意味するのは最悪の答えだが⋯⋯


「そういうことだろうな。だがそれだけじゃねー」


 「見てみろ」とキッドが指を指す。

 新聞の隣に貼られた一枚の紙。

 だがそこに書かれてある文字は明らかに普通ではなかった。


 『これは終幕ではない』

 

 新聞の文字を切り取ったような文字でそう書かれていた。

 サスペンスの中で犯行声明や脅迫状などによく用いられている筆跡を隠すための古典的な手段だ。

 実際に目にしてみると悪意と恐怖の塊みたいなものを強く感じる。

 魔法が当たり前に存在する世界だからこそ余計に。


「警備長っ、一体どういうことですか!?この監獄で何が起きてるのか説明してください!」

「俺たちはこのままで大丈夫なのかよっ、呪術なんて使われたら対処しようがないじゃないか!」

「長官たちは動いてるのか!?早く解決してくれ!」


 幹部であるキッドの存在に気づいた職員たちが口々に言い始める。

 取り囲むように職員たちに道を塞がれ、抗議の声を浴びせかけられる。

 彼らが求めているのは安心材料だ。

 何も恐れることはない。身の危険などあり得ない。 その返答を彼らは待っている。

 連続した事件の記事に加え、不安を掻き立てるようなあの切り抜きを見れば誰だってそうなる。

 俺が当事者でなければきっと、同じように思っていたはずだ。 

 上は何をやっているのか、一刻も早い解決を――と。

 どう声をかければいいのか、俺はなす術もなくただ突っ立っていた。

 だがキッドは違った。

 ふるふると固く握った拳を震わせ今にも誰かに殴りかかりそうな勢いのまま振り上げると掲示板に拳をぶつける。

 殴ったところからシューッと音がなり、バラバラとコルクボードと板の破片が落ちてくる。

 一瞬にして場は静まり返った。

 唐突な暴力に思わず後退りする者も現れる。


「うっせーっ、てめぇらは何だ?ディオスガルグの職員だろーが!堂々としやがれ!てめぇらの不安を囚人や他の階層、部署の職員にも煽るつもりか!」


 一人一人を鋭い三白眼で睨みつける。

 誰も何も言わなかった。いや言えなかったのかもしれない。

 オーク事件からこの件に関わる彼だからこそ口にできた言葉。そこには重みがあった。聞く者の心を響かせる力。俺が同じことを言ったとしてもきっとこうはならないだろう。

 この監獄の職員として働き積み上げた経験値が違う。


「囚人はてめぇらが思ってるよりずっと察しがいいぜ。今この三階層で起こってることをぜってーに悟らせるな。その理由はここの職員なら分かるはずだ。分かったらさっさと仕事に戻りやがれ!」


 逆らう者は誰もいない。

 途端に我に帰ったように職員たちが各自の持ち場へと戻っていく。

 世界屈指の極悪人たちが集まるディオスガルグ監獄。少しでもこちらの弱みを見せればすぐに奴らは反旗を翻す。

 押さえつける権力と秩序が崩壊したとなれば当然抑え付けられている者は自由を求めて立ち上がるだろう。それは囚人であっても同じだ。

 永遠にも近い時を監視され過ごす毎日。途方もない時間を束縛され続けた彼らの暴動がどんなものになるかは想像すらつかない。

 だが、その先に待つのが地獄であることは間違いないだろう。

 そうなればもう自分たちの手には負えなくなる。

 ディオスガルグの職員は常にそのことを理解して職務に取り組まなければならないのだ。


「犯人の目的は職員の不安を煽ることだ⋯⋯クソっ、あれで終わりじゃなかったのかよ。橋雪サンの言ってる通りになっちまったじゃねーか」


 乱雑に髪を掻き乱す。彼にしても、もちろん監獄側にしても犯人死亡で幕引きの方がまだありがたかったのかもしれない。

 本来犯人を生きたまま捕え、罰することが理想ではあるが早く事件が終わるに越したことはないからだ。

 だがこれは⋯⋯。

 俺は人の去った職員寮前の掲示板を見る。

 死亡した襲撃者のゲダートの写真と新聞の切り抜き文字。

 事件はまだ終わっていない⋯⋯真犯人が他にいることを自ら公言するようなものだ。

 それが一体どこの誰なのかは分からないが、真犯人はこれ以上何かするつもりなのか。

 不安を煽り、掻き乱す悪意の塊。

 そしてそれは俺を狙っている。

 ゾワゾワと胸の内に巣食う様々な感情が奥底で掻き立てられるのを感じた。

 身を守る術を持たない俺は格好の餌食だっただろう。二度の事件では運良く助けられたが次は本当に殺されてしまうかもしれない。

 不透明な恐怖に身体をがんじがらめにされているようだった。

 冷や汗が背を伝い空気が肌寒く感じた。

 

「おい西条っ」


俺が掲示板から目を離さないでいると、キッドがドンと俺の肩を叩いた。

 少し⋯⋯いやかなり痛い。

 だがお陰で我に帰った。

 不安でいても仕方がない。それこそ犯人の思う壺だ。

 身を守る術を学ぶためにグスタフさんの元で特訓を始めたんじゃないか。

 何も行動を起こしていないわけじゃない。

 果たして俺の力が異種族相手にどこまで通用するのかは分からないが、人間である以上やれることは限られている。

 目の前のことに集中して取り組めばそれでいい。

 そして、それくらいしか今の俺にはできない。


「悪い、動揺した。特殊対策部の部長が呼んでる理由はこれだったんだな」


 真犯人は別にいる。その件について、部長は二件の当事者である俺に話を聞こうとしているのかもしれない。


「それもあるが、事はもっと重大だ」


 キッドは神妙そうな顔で俯きがちに言う。

 この記事と犯行声明だけでも十分な自体だと思うのだが、部長が俺を呼び出した件は他にあるようだ。


「チっ、また壊しちまったじゃねーか」


 床にバラけたコルクボードの残骸を足で蹴りながら苛立つキッド。

 どうやら備品を壊したのは一度や二度ではないらしい。


「ったくあいつらどこ行きやがったんだよ」


 自分でやったのに片付けさせようとしていたのか。

 しかも仕事に戻れといったのはキッドだ。

 あまりに理不尽。


「俺も手伝う。部長を待たせるわけにはいかないからな」


 時間の指定があるわけではなさそうだが、重要な件だ。早ければ早いほどいいだろう。

 

「わりーな」


  俺は急いで備品倉庫へ掃除用具を取りに向かった。

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