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28 赤髪の悪魔

「⋯⋯ろ、おい⋯⋯きろ!」

 

 遠くから声がする。そして身体は強く揺さぶられている。

 何だ⋯⋯?

 意識がゆっくりと戻ってきて、僅かに瞼を開く。


「⋯⋯おいっ、起きろ!いつまで寝てんだ!」


 今度はハッキリと声が聞こえた。ぼんやりとした視界に映る赤髪。 

 そこで俺はようやく自分が起こされていることに気づいた。


「何だよ⋯⋯まだ朝だろ」

 

 いつの間にか床に落ちていた布団をベッドの上から引っ張り上げながら青年に背を向けるようにしてもう一度目を瞑る。


「てめぇ⋯⋯いい度胸してんじゃねぇか。そうだ朝だ。だからさっさと起きろってんだ!」

 

 勢いよく布団を引っ張り替えされる。

 二度寝はさせてくれないらしい。

 俺はシバシバと繰り返し瞬きしながら仕方なく起き上がる。

 目覚まし時計の時刻は10時30分。七時間くらいは寝たことになるが、寝る時間が遅かったためまだ寝足りない。

 頭がふわっとする感覚が寝不足の実感をさらに強める。


「何なんだ一体⋯⋯。今日は午前中に仕事はないはずだろ。もうちょっと寝かせてくれ」


 くあっとあくびをする。


「てめぇにはなくても他にはあるんだよっ。いいから早く着替えろ!」


 そう言いながら青年はぐいっと拳を突き出す。その反動で室内の空気が揺れピシリと目覚まし時計にヒビが入った。今にも殴り掛かられそうな拳には俺の制服が掛かったハンガーが握られ、そこからバキバキと嫌な音が鳴っている。

 ハンガーから出ていい音ではない。

 俺は瞬時に己の身の危険を察知し、大人しく言う通りに制服に着替えた。


   ◇


 105号室から出た俺たちは職員寮の外へ向かい廊下を歩いていた。


「そういえば何であんたが俺の部屋にいるんだよ」


 寝ぼけていたため何の疑問も抱かずに現状を受け入れていたが、よくよく考えればおかしなことだ。

 あの部屋に入れるのはあの部屋に住む職員か、もしくは何らかの手段で押し入った侵入者のどちらかだ。 

 いや⋯⋯待て、もしかして⋯⋯


「何でって、そりゃあ俺の部屋だからに決まってんだろ」


 俺の予感は的中した。どうやら長らく留守にしていた謎の同室の正体はこの青年だったらしい。


「あんたが俺の同室だったのか。ずっといないから誰かと思ってたんだ」

「俺は夜勤担当だからな。てめぇがぐーすか寝てるときには仕事があんだよ」


 すぐに起きなかったことをまだ根に持っているのか嫌味っぽく言われる。


「やっぱり夜勤だったのか」


 俺が呪術によって三区へ転移した時、消灯時刻をとっくに過ぎていたにも関わらず助けに来てくれたのはそのためだったか。


「あぁ。俺は警備部獄卒獣課の職員だが夜警でもあるからな。夜勤担当には専用の仮眠室が用意されてるから寮に戻ることはあまりない」


 ベッドに使用された形跡がなかったのは仮眠室で寝ていたからか。

 それに、長官ではないこの青年がオーク事件の時に会議に参加していたのは三階層で獄卒獣課の職員だったからか。確かに青年なら獄卒獣に詳しいであろうし、三階層の職員としての目線から意見を述べることができる。

 青年のネクタイの色や腕に付けられた腕章の色が赤であることからも彼が三階層の職員であることは間違いない。

 そこで、俺は青年の腕章が気になった。青年のそれは俺のものとは違い、縁が銅色だ。俺のは銀色。


「何じろじろ見てんだ」


 俺の視線が気になったのか首を傾げて怪訝な表情を浮かべている。


「いや、腕章の色が気になって」


 素直に答えると、青年は「腕章?」と繰り返し、腕章の巻かれた自らの左腕を見る。


「階層によって色が違うのは何となく分かるんだが、縁の色の違いとか、そもそも腕章を付けてない職員もいるだろ?その違いは何なのかって思ったんだ」

「そりゃ部署の違いと階級の違いだろ。腕章を付けるのは階層に所属する幹部の職員で徽章を付けてるのが部署に所属する職員だ。縁の色は階級を表してる」


 金色が長官、銀色が副長官と長官補佐、銅色が記録長や警備長などの職員であることを表しているようだ。

 部署の所属を示す徽章は階級によって装飾の度合いが違うようだ。

 だから室町さんやフィンセントさん、ルアスさんなど一部の職員は腕章ではなく徽章をつけていたのか。

 一方でオーク事件の時にいた職員の多くは腕章をつけていた。あの会議では階層長が多く集められていたからだ。

 疑問が解決した。


「っていうことはあんた⋯⋯えーっと、名前何だっけ?」


 青年の腕章を見る。青年のつけている腕章の縁は銅色。三階層の幹部職員であることを示している。


「あ?あぁまだ名乗ってなかったか。俺はキッド・コアリード。種族は悪魔。三階層の警備長だ」


 警備部に所属する三階層の幹部。

 だから青年、キッドは腕章と徽章の両方を身に付けている。

 徽章は中央に翼、周りを囲むように植物のレリーフが施されている。

 部署によって柄が違うのかはまだ分からない。

 というか、悪魔だったのか。

 トランプを弾き返したり、さっきも触れてもいない目覚まし時計を衝撃波だけでヒビを入れていたし、雰囲気からして人間ではないことは分かっていたが⋯⋯。

 悪魔といっても皆が皆ツノを生やしているわけではないようだ。そういえばゲダートも初対面の時は人間とさほど変わらない姿をしていた。

 だが、警備長か⋯⋯。三階層の警備状況を把握し、管理する重要な役職。

 人を見た目で判断する訳ではないが、外見も口調も粗暴なキッドが幹部であるというのは何というか意外に感じてしまう。

 それを言えば俺も長官補佐なんて身の丈に合わない役職についているわけだし、何とも言えないが、キッドの場合、優秀と判断されたから警備長という立場にいるのだろうな。


「おい、信じられないみたいな顔してんじゃねぇよ」


 どうやら顔に出ていたようでその三白眼に鋭く睨まれる。


「悪い、そんなつもりじゃないんだ」


 半分噓ではあるが、ここでキッドの気分をさらに害せばどうなるか分かったものじゃない。

 悪魔に喧嘩を売るような事態はごめんだからな。


「チっ、別に構わねーけどよ。てめぇは俺に命救われてんだ。感謝しろよ?」

「もちろん感謝してる。キッドがいなきゃ間違いなく俺はあそこで死んでたからな」

「分かってんならいーんだよ。だがこれで借しイチだ。俺の貸しは高くつくぜ」


 そんな物騒なことを言われる。


「貸しって⋯⋯一体何をさせられるんだ」

「すぐに言ったらつまんねーだろ。時がくりゃそん時に言うさ」


 そこに面白さは求めていないが、そう言われてしまえばこれ以上は追及できない。

 実際、キッドのおかげで俺は今ここに立ってるわけだからな。その借しの対価がどんなものか想像もできないが俺に拒否する権利はない。

 だが悪魔の要求する対価が一筋縄ではいかないことは間違いないだろう。

 俺はとんでもない悪魔に命を救われてしまったようだ。

 

「で、結局なんでわざわざ俺を起こしに来たんだ?」

 

 誰かから頼まれた⋯⋯とかだろうか。同室であるキッドなら部屋に入れるしその可能性もある。


「長官に頼まれたんだよ」

「長官?」


 キッドが頷く。長官と呼ばれて当てはまる職員はこの監獄には大勢いる。長官とは階層長や各部署の部長などの総称だからだ。

 その中で、キッドが長官と呼ぶ相手。やはり三階層長官である橋雪さん、もしくは警備部の部長であるフィンセントさんだろうか。

 しかし、キッドから返ってきたのは予想もしない答えだった。


「特殊対策部部長アイロア・フォードナー長官だ」


 特殊対策部⋯⋯?その部署の名称は聞いたことがある。

 確かオークに襲われた時、室町さんが口にしていた部署の名前がそんな感じだった気がする。


「特殊対策部って⋯⋯しかも部長からなんて、呼ばれた理由は何なんだ?」

「俺が知るかよ。タイミング的に考えれば事件と、例の件のことについてだろ」


 俺が食いつくと顔を背け不機嫌そうに答えた。

 事件について呼ばれるのは分かるが、例の件ってなんだ⋯⋯?


 キッドに聞こうと口を開いた時、談話室の方からざわざわとした職員たちの声が聞こえた。

 複数人の職員たちが集まり立ったままで何やら話し合っているようだった。しかしその様子は普通ではない。職員たちは揃いも揃って困惑と驚き、焦りが混ざった複雑な表情を浮かべていた。

 俺は何が起こったのかと立ち止まりその様子を見ていると、突然外から一人の職員が入ってきて、外の方を指さしながら慌てて何かを伝える。するとすぐに彼らは驚きの声を上げて急いで寮の外へ走って行った。

 何かが起こったことは誰の目から見ても明白だった。

 だがその内容を知らない俺は首を傾げながら隣にいるキッドを見た。

 苦虫を嚙み潰したような顔。それを見て俺はキッドは何が起こったのかを知っていて、そしてその何かが俺が呼ばれた理由、例の件とやらなのではないかと思い至った。

 事件が起きたことをかぎつけた職員たちが次々に外へ向かい始める。

 

「チっ、なんでこんな朝っぱらから面倒なことに巻き込まれなきゃならねーんだ」

 

 キッドが舌打ちし、ツンツンとはねた赤髪をガシガシと掻く。

 さっきまで寝てた俺が言えたことではないが、少なくとも10時は朝っぱらと呼べる時間ではない。

 もう11時近いからむしろ昼だろう。

 だが夜警であるキッドからすればそんな時間の定義はあまり関係ないのかもしれない。

 本人の言う通り面倒くさそうな態度を隠そうともしないキッドに外に行こうと促す。

 少なくともこの件というのは朗報という訳ではなさそうだ。

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