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27 犯人

「何だと!?結果は!?」


 一人の職員が手をつき勢いよく立ち上がる。

 この場にいる全職員の注目を集めながら、職員は一枚の紙を突き出しその名を告げる。


「現場に残された魔力が案内部職員ゲダート・ヴェグレアムのものと一致しました!」


 鑑定結果が記された紙⋯⋯そこに写真が載っているのがチラっと見えた。

 おそらくは鑑定と一致した職員、ゲダートのものと思われる写真だろう。しかしその顔を俺は知っていた。俄かに信じがたいが⋯⋯


「あれは⋯⋯!」


 間違いない。何しろ初対面のインパクトがあれだけ強かったのだ。忘れるわけがない。

 正面から撮影された照明写真に写っていたのは俺を監獄へ連れてきたSPの一人、悪魔の男だった。


「ご存じなのですか?」


 俺の驚く様子に気づいた室町さんがすかさずこちらに尋ねてくる。


「俺が人間界からディオスガルグに来るとき一緒だったんだ」


 校長室にいたサングラスにスーツの大柄で厳つい男二人組。その正体は羽を生やした天使と角の生えた悪魔だった。

 俺はその二人に強制的に連行されてディオスガルグに来た。 

 妖精の双子と話していたらいつの間にかいなくなり、あれからずっと姿を見かけないと思っていたら、まさかあのローブがあのツノ男だったとは⋯⋯。

 追い詰められた襲撃者が最後に笑い、自ら爆破魔法を使った瞬間を思い出す。

 ほんの短い間の付き合いで大した会話を交わした訳ではないが、それでも気持ちの良いものではない。

 あの悪魔は俺をここへ連れてきた職員だった。

 なのになぜ俺を殺そうとしたんだ⋯⋯?

 

「ゲダート⋯⋯?」


 多くの職員はその名を聞いてもピンとはこないようだった。

 具体的な総数は分からないが世界最大規模の監獄だ。職員の数はかなり多いはず。職員全員を把握するのは難しい。

 特に他の部署の担当なら長官など上級職員でもない限り、一職員の名前と顔をおぼえている者はほとんどいないだろう。

 すると、円卓から「あーっ!」と幼い声が聞こえた。


「思い出したネ!タカナシを連れてきた職員だネ!」


 声の主は妖精の双子の姉、エルだった。

 着席するエルの後ろに弟のセルが立っているところを見ると、エルの方が長官で、セルの方が副長官、もしくは長官補佐の立場にいるようだ。

 初対面の時、エルが長官というワードを出していたが、まさかあの双子が長官だったとは⋯⋯。

 

「それは本当か!?西条っ!」


 エルの発言の真偽を確かめる為、一人の職員が俺の方へ振り向く。

 俺はツノ男――ゲダートとの出会いを説明し始める。

 全職員が沈黙状態で俺の話に耳を傾ける。

 そして、説明が終わると一様に眉間に皺を寄せ難しい表情を浮かべた。


「つまり、ゲダートという名の職員と西条は事件以前に接点があったわけか⋯⋯」

「その隙に西条の毛髪を取ることは可能だったでしょうね」

「ゲダートをよく知る者にこの一週間奴に変わった様子がなかったか聞く必要があるな」


 変わった様子⋯⋯普段の様子を知らないため何とも言えないが、ゲダートは寡黙な男という印象が強い。オーク事件は別だと考えてもやはり、あの男がトランプを武器に使い派手な行動を起こした犯人だとは考えられなかった。

 そうは言っても鑑定が出ている以上犯人だと疑いようもないのだが⋯⋯。


「犯人はてっきり機器管理部の職員かと思っていましたが、違ったようですね」

「ゲダートの事は分からないが、案内部の職員か⋯⋯」


 ゲートを細工したのもゲダートだったのか、そんな疑問が周囲から上がる。

 機器管理部はその名の通り監獄内の機械の管理から、修理、開発までを担当する部署。

 当然機械弄りに長けたプロフェッショナルが集まっているわけだが、さっき誰かが言っていたようにゲートの細工が機器管理部の職員によって行われたとは断定できない。

 しかし限りなく可能性が高いのは確かだった。

 案内部という機械から離れた部署に所属していると聞くとどうしても繋がりを感じないというのは納得だが。


「現状、ゲダート・ヴェグレアムについて詳しく調べるしか糸口は見つかりそうにないな」

「同感だ。それが一番手っ取り早いだろう」

「朝一に同室の職員にここ数日、奴について変わったことがなかったか尋ねてみよう。同室ならば、何か気づくことがあるかもしれない」

「その同室さんがもし共犯だったらはぐらかされて終わりですけどねー」

「やめろ。そんなことを言い始めればキリがない」


 茶々は入ったが、最終的にはその結論に至る。

 犯人が複数いようと単独犯であろうと現状、表に出ている容疑者はゲダート一人しかいない。

 死亡したとはいえ、有力な手がかりは今ゲダートの行動を探る他ないと多くの職員が感じているだろう。

 だが調べたところで何も出ないという可能性も大いにある。

 そうなればまた事件は振り出しに戻るだろう。

 最悪、迷宮入りなんてこともあるんじゃないだろうか。

 まあこれも、彼の言う通り言い始めたらキリがないことなのだろうな。


    ◇


「引き続き事件現場の捜査、監視カメラの解析を行い事件解決に向け取り組みます。皆様も何か気がついたことがございましたらどんな些細なことでも構いませんので報告をお願い致します」


 会議終了後、進行長により協力要請が伝えられると各々職員が立ち上がり会議室を後にした。

 長官らが退出した後、俺たちも続いて会議室を出る。


 「何か俺にできることはないか」、そう橋雪さんに尋ねてみても「常に用心し自分の身を守れ」と言われるだけだった。

 またもや俺に出来ることはないようだ。事実、俺に捜査技術なんてものはないし、聞き込みにしても警備部職員でない俺が尋ねたところで答えてくれるかは分からない。

 オーク事件では情報が伏せられたことを考えると、今回の事件でもどこまで他の職員に話していいのか俺が勝手な判断を下すわけにもいかないだろう。

 本当に何もしないのが一番なのだろうか⋯⋯?

 そんな迷いが生まれる。

 

「すみませんっ」

 

 そんなことを考えながら寮へ戻っている時だった。角から突然誰かが飛び出してきた。

 

「うわっ、びっくりした」


 なんの身構えもしていなかった俺は当然驚く。

 目の前に現れたのは丸眼鏡をかけた小柄な少女だった。

 歳の頃は十五、六くらいだろうか?顔にはまだ幼さが残り、邪気のない活発で明るい印象を受ける。

 眼鏡のせいで隠れがちだが、よく見ると目はまんまると大きい。短い癖っ毛はくるくるとはねている。

 

「サイジョウオウリさんで間違いないですか?」

「間違いない⋯⋯けど、誰?」


 俺が目的の人物であることが分かると、少女はキラキラと目を輝かせぐいっと近づいてくる。


「あなたがサイジョウさんなのですね!初めましてっ、案内部編集課のアモ・ネスタリアと申します!監獄職員向けの情報紙の取材にご協力頂きたいのです!事件についてお聞かせ願いますか!?」


 ペンとメモ帳を構えながらそう言われる。

 案内部⋯⋯まさかこのタイミングで出会うことになるとは。俺は所属部署を聞き内心驚いた。

 勢いがあり、積極的な子だ。裏がないのは見て分かるが、素直に話していいものか⋯⋯。

 いや、ここは断った方が良さそうだな。


「悪いけど、俺からは何も言えない」


 彼女は会議には参加していないようだったし、その上案内部の職員だ。ゲダートと関係があるのかは分からないが、探るつもりで俺に接触してきたという線も捨てきれない今の状態で勝手に事件の情報をベラベラ話すわけにはいかない。長官らに話を通してからの方が良いと判断した。

 すると編集課のアモは残念そうに肩をおろす。


「そうですか⋯⋯せっかくのビッグニュースだと思ったのですが⋯⋯」


 もし今の彼女に効果音を付けるならショボンという感じになるだろうな。

 明らかに落ち込んでいる。


「ごめんな。でも長官の許可なしに話すわけにはいかない」

「おっしゃる通りです⋯⋯。突然お聞きして申し訳ありませんでした」


 アモがそう言って頭を下げる。

 仕方ないとはいえ何となく罪悪感を感じるな。

 そのまま立ち去ろうとするアモを引き留め、俺は気になっていたことを聞くことにした。


「断った手前悪いんだが、一つ聞きたいことがある」


 部と部を超えた職員同士のつながりについて。犯人は案内部の職員だったが機器管理部との関わりはあったのか。職員同士の関わりは直接本人に詳しく聞かなければ分からないことも多いだろうが、その二つの部署に大きな接点があるのなら、ゲートを細工したのはゲダートではなく機器管理部の職員で、両者が共犯関係にあった可能性も見えてくる。

 日常的に会話する機会が多い部署なら何の不自然もなく対面し、作戦を立てることもできるだろうという考えだ。

 機器管理部と案内部のつながりについて俺は事件の詳細を悟られないようアモに尋ねた。


「そうですねー、案内部も機器管理部も特定の階層に所属する部署ではないので関わりはあまりないかもしれませんね。特に案内部は監獄内部というより監獄外部と関わることが多い部署ですし、機器管理部は監獄内の機材を扱う部署ですから。私自身も機器管理部の職員と仕事で話すことはあまりないです」


 各階層では様々な部署の職員が働いている。

 所属するのは警備部や記録部、機器管理部などそれぞれ異なるが、特定の階層を担当している職員も多い。職員寮で俺を部屋まで案内してくれたエルフのシーアも記録部に所属する三階層担当の職員だった。

 そして、職員の中には特定の部署に所属しない者もいる。

 各階層の階層長や副長官、長官補佐などが例だ。これには三階層階層長の補佐である俺も当てはまる。  

 反対に階層は担当していないが、部署にのみ所属するという職員もいる。案内部もこれに当てはまるようだ。来客対応や外部への広報活動を行う案内部の職員は階層には所属していない。

 案内部と機器管理部ではその意味ではいわば正反対の部署。

 表立っての関わりを見つけるのはやはり難しいか⋯⋯。

 

「ありがとう。こっちは断ったっていうのに教えてくれて」

「いえいえ!情報を得るのも与えるのも編集課の仕事ですからね!何か面白いことや驚いたニュースがありましたらいつでもこのアモにお知らせください!」


 そう言って名刺のようなものを渡される。

 同じ監獄内で働いているわけだから名刺って⋯⋯とは思ったが素直に貰っておくことにした。

 これでいつでもアポが取れるわけだ。色々な部署の職員と関わりを持つのは悪い事ではないはずだ。 後々何かの役に立つこともあるかもしれない。


「では!失礼しますね!」


 明るい笑顔を浮かべながら去っていく。

 本人の言った通りビッグニュースの取材のチャンスだったわけだが仮にも深夜。

 熱心だな、そう思いながら俺はその背を見送っていると、ふとあくびが出た。

 

「眠気には勝てないか⋯⋯」


 緊張が続き疲れがどっと出たのかもしれない。腕時計で時刻を確認するともう三時近くになっていた。

 早く寝よう。

 今度こそ寮へ向かった。流石に明日は朝から仕事をやらされる⋯⋯なんてこともないだろうしな。

 多分⋯⋯。

 まさかという不安に襲われながらも切実な願いを抱き、俺は自室の扉を開いた。

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