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25 呪い

「落ち着きましたか?」


照明のついた階層内の隅にいた俺に室町さんが温かいお茶を持って来てくれた。


「大丈夫だ、ありがとうな」


あれから爆発音を聞きつけやって来た職員と橋雪さんらにより通報が行われた。十数分後には大勢の職員が現場である三階層三区へ集結した。

その中には警備部部長であるフィンセントさんや三階層副看守長のフィリエスさん、記録長のシーアなど顔見知りの職員らがちらほらいた。

 鑑識と思しき職員らによって現在進行形で現場検証が行われているのを俺は遠目に眺めていた。

 爆発でバラバラに吹き飛んだ襲撃者の死体は回収され、今あの場に残っているのは僅かな焼け跡と奴が着ていたであろう衣服の破片だけだ。


「怪我はないようで安心しました。幸運と呼べるべきかは分かりませんが二度も獄卒獣に襲われ生きのびれた人間はきっとあなたをおいて他にいませんよ」


 その二回とも運よく助けられて命があっただけだ。運⋯⋯理由はそれだけであって自分の力で切り抜けたわけじゃない。

 まるで夢でも見ているかのような浮いた感覚が消えない。結局俺はなぜあんなところで眠っていたのか。俺を攻撃しようとして、自ら爆死したあのフードの人物は何者なのか。

訳の分からないばかりだ。

 すると、先ほどまで鑑識と話し込んでいた橋雪さんがこちらの方はやってくるのが見えた。


「西条」

「何ですか?」

「お前を襲った襲撃者について何か心当たりがあるか念の為に聞いておこうと思ってな」


 心当たり⋯⋯思い出そうとする。


「いえ、フードを被っていましたし、暗かったのであまりよく分かりませんでした」

「そうか⋯⋯では動機についてはどうだ?襲われた理由などは思いつくか?」


 そう橋雪さんに尋ねられるがこれについても同じだ。俺は首を振り答える。

 残念ながら全く心当たりがない。

 職員になってまだ一週間しか経っていないのだ。そもそも今までに出会った職員の数も限られているし、彼らに恨みを買うような行動や発言はしていないはずだ。新人な上、不慣れな土地で上手く仕事が出来ず迷惑をかけたというのは確かにあるが、それが原因で殺されかけるようなことはないだろう。


「やはりないか」


 橋雪さんは考え込むように視線を下げる。橋雪さんが考えるそぶりを見せるのは珍しい。普段は油断も隙も一切見せないクールな表情を保っているからだ。

 だが今は緊急事態。流石の橋雪さんも焦りを感じているのかもしれない。


「西条さんを襲ったのは職員なのでしょうか?」

「監視カメラを解析中のため断定はできないがその可能性が高いだろう。囚人が牢と門から抜け出し西条を襲うことができたとは考えにくい。部外者の侵入も警備システム上ほぼ不可能といえる」


 橋雪さんの言う通り、囚人牢に進むためにはあの門を通らなければならない。門には言わずもがな24時間厳重な警備体制が敷かれており、破壊するにしてもあんな格子門が破壊されるような攻撃が加えられれば確実に誰かに気づかれるだろう。


「ですがそうなると益々不可解ですね。なぜ西条さんが職員に狙われるのでしょうか」


その疑問に回帰する。

そこで橋雪さんが俺が真夜中に三区にいたことについて尋ねてきた。

 

「3区にいたことは想定外と言っていたが間違いはないのだな」

「はい。俺は寮の自室で寝てました、でも気がついたら寮の外にいて、そこにヘルハウンドが」


 通報の間、橋雪さんは制服を着ず三区にいた俺にその理由を尋ねた。 

 しかし赤髪の青年の時のように俺に答えられることは少ない。

 だがこの話を初めて耳にした室町さんは驚いたような顔をしていた。


「それは西条さんに転移魔法が使用されたということですか?」


 転移魔法⋯⋯魔法種族の間ではごく一般的な魔法として使用されている。ディオスガルグでは拷問場ゲートで使われていたりと、監獄運営にもなくてはならない魔法の一つだ。

 だがなぜそんな魔法が俺に⋯⋯?


「西条に転移魔法が使用されたとなるとその手段は限られる。眠っている西条に直接魔法をかけるか、簡易魔法陣や魔道具の類を西条へ忍ばせて遠隔で魔法をかけるかだろう」


 あの時俺はパジャマだった。パジャマは寮内の自室でしか着ていないし、寮の外では常に制服だ。直接にせよ遠隔にせよ、魔法をかけるには部屋へ忍び込む必要があるだろう。

 だがディオスガルグの寮のシステム上無関係の職員が他人の部屋に入るのは困難だ。

 何百とある寮の部屋のうち目的の部屋の番号に辿り着くにはその桁の番号の鍵が必要だ。それに、辿り着くことができたとして、部屋に入るには俺の部屋——105号室の鍵か、そのスペア、もしくは俺自身が入ることを許可する必要がある。そう考えると俺の部屋を知り、さらに侵入できる人物は限られている。

 だがそこで、たった一人それが可能な人物に思い当たる。

 俺と同室の職員だ。この一週間姿を見せず、顔も名前も知らない人物。

 名も知らぬ同室に不信感を抱いていると、俺たちのところに一人の職員が近づいてくる。

 

「それともう一つ、呪いの可能性もあります」


 銀髪に眼鏡をかけた職員。この人も会議室で見たことがある。確か、橋雪さんをフォローしてもの凄く睨まれていた人だ。名前は確か⋯⋯クラルグだったか。


「ルアス様!」


 室町さんが驚いたように声を上げ姿勢を正す。対して橋雪さんは何の用だとも言いたげに露骨に顔をしかめていた。会議室でも思っていたが、この二人は不仲なのだろうか。


「こんばんは。歌衣に奏十、そして西条くん」


 あの場に証人として呼ばれていた俺の名前は既に知られているようだ。

 銀髪の職員、クラルグは唇に薄く弧を描き上品な笑みを浮かべている。だがどこか胡散臭い感じが漂っていた。


「西条さん、この方はルアス・ユア・クラルグ様。司令部部長、ディオスガルグの総司令官です」


 司令部部長ってことは室町さんの直属の上司、彼女が長官と呼んでいたのはこの人のことだったのか。


「じゃあキラーソルトってのも⋯⋯」


 四区の囚人がキラーソルトと変なあだ名で呼んでいたことを思い出す。


「おや、新人のあなたにもそのあだ名を知られているとは。噂というものに階層の壁は関係がないようですね」


 キラーソルトと呼ばれるクラルグさんに嫌なそぶりは一切見られず、むしろ面白がっているように見えた。 

 だから俺はなぜキラーソルトなんて呼ばれているのかとその理由を尋ねてみることにした。


「聞く必要はない。監獄の恥じと不名誉の象徴のような行動の末ついたあだ名だからな」

「おや、仮にも総司令である僕に酷い言いぐさですね。いつの間にか囚人たちの間で呼ばれ広がったものですが、なかなか気に入っているのですよ?」

「そんなものを喜んで受け入れるなど理解に苦しむ」

「通称は案外良いものですよ?憧憬、敬意、畏怖の念を持たれることはディオスガルグで指揮する立場にいる者として都合が良い場合も多いですから」

「お前の場合はそれが汚点の結果であることが問題だ。今の今まで見逃されているのが不思議でならない。俺が人事部長ならお前をとっくに解雇しているだろうな」


 ここまで饒舌に遠慮なく話している橋雪さんは初めて見たかもしれない。このクラルグ司令部長は橋雪さんにとってかなり特別な位置にいる存在なのかもしれないな。


「橋雪長官とルアス様は同期で、職員になる以前にも面識があり付き合いが長かったそうです」

「へえ」


 室町さんにこっそり耳打ちされる。

 同期か⋯⋯そう言われれば二人の距離感は確かにそう呼ばれるものに近しい感じがする。

 橋雪さんの物言いには突き放した冷たい印象を受けるが、俺や他の職員に対してとは少し違う。心を許している⋯⋯と言えばいいのか、上手く言葉にはできないが普段の一切の隙を見せない張り詰めたような雰囲気が今はないような気がした。

 そして二人の会話を隣で驚いたように聞いていた俺の様子に気づいた橋雪さんが一つ咳払いする。


「話が逸れた。呪いとはどういうことだ」


 橋雪さんの反応を面白がるように話していた司令部長も、その言葉に頷くと説明し始めた。


「西条くんに使用されたのは呪術の可能性がある、ということです。呪術の大半は髪の毛や爪など術を受ける対象の身体の一部を必要とします。そして魔法陣を描かれるのも呪術の特徴です」


 本来あらゆる魔法の使用の際には魔法陣が用いられるとルアスさんが言った。

 聞けばどうやら魔法陣は数学でいうところの数式のような存在のようだ。式を組み合わせ答えを求めるのが数学の基本だが魔法も似たようなものらしい。ある魔法陣を組み合わせ火を生み出し、また別の組み合わせの魔法陣で水を生み出す。それが魔法。

 呪文一つ唱えればそれでおしまい⋯⋯なんて単純な話ではないということだ。

 強力な魔法なら魔法陣もそれだけ大きく複雑なものになる。だが逆に簡単な魔法や使い慣れた魔法なら魔法陣を省略することもできると室町さんが教えてくれた。

 つまり魔法は暗算が可能ということか。

 では魔法と呪術の違いは何なのかと聞くと、魔法陣を筆記するかしないか、そして魔法をかける対象を必要とするかどうかという違いのようだ。


 「転移や召喚を呪術で行う場合、対象に魔力が宿っていれば魔法陣を描くだけで完結するのですが、西条君のように非魔法種族の場合は魔力を生得的に持っていませんから髪などの身体の一部が必要なわけです。」


 呪術は魔法に比べて手間がかかるようだ。だからこそ古典的という印象が強く、現在では廃れあまり使われていないとルアスさんは言った。


「相手が魔力を持たない人間の西条だから呪術という古い手を使ったというわけか。確かに呪術なら寮室に忍び込む必要はない。だがそのような手間をかけてまで西条を転移させた目的が不明だ」


 俺を殺すため⋯⋯だとしてもやはり目的、理由が分からない。殺されかけるほどのことをしでかしたおぼえも全くない。

 

「おいお前らっ、こっちに来てくれ!」


 各々が犯人の動機について思索にふけっていた時、大声で呼びかける声がした。

 見てみると赤髪に三白眼の職員が手招きしこちらを見ていた。ヘルハウンドや襲撃者から助けてくれた青年だ。そういえばまだ名前は知らないな。

 青年は通報後すぐにどこかへいなくなったため聞きそびれていたのだ。さっきは名前を聞くほど心の余裕もなかったしな。

 どうやら青年は鑑識の職員とともに現場を捜査していたようだ。

 室町さんらに目配せると、俺たちは青年のもとへ向かった。


  ◇


 三階層三区、現場となった付近に戻ってきた。ちょうど俺が眠っていた場所だ。

 そこでは鑑識らがカメラを構え周囲を撮影し、床に落ちた髪など証拠となりそうなものを採取していた。青年がピンセットを持っていた職員の一人へ近づく。

 

「見てみろよ、これ」


 青年が床を指さす。近寄り見てみるとそこには黒い灰のようなものが散らばっていた。

 

「紙が燃えた跡だ。魔力探知にこれが引っかかった」


 ということは⋯⋯


「転移魔法の描かれた紙か」

「どうやら当たりのようですね」


 橋雪さんとルアスさんも確信を抱いたようだ。ほぼ間違いなくこの燃えカスは呪術に使用された魔法陣が描かれたものだろう。


「何だよ知ってたのか」

「人間の彼に魔法を使用するとなれば方法は限られていますからね」


 俺たちの様子に気づいた青年が残念そうに肩をおろす。


「ですが、問題は魔法陣が誰の手によって描かれ、そして使用されたのかです。監視カメラの映像が今回は無事だといいですが」

「おい、その件は⋯⋯」

「別に構わないでしょう。上級職員だけで解決できる問題ではなくなったのは明らかです。これだけの騒ぎを二度も起こされれば情報統制も意味を成しません」


 二度⋯⋯?

 ルアスさんの言い回しに引っかかった。だがその引っ掛かりが何であるか、当事者である俺にはすぐに理解できた。


「オークの件と関係しているってことですか?」


 そう結論づけて問題ないだろう。だが俺は念のために踏み込んで質問してみる。

 青年がルアスさんの話を遮ったことや、会議室を途中で退出したことからも明白だがオークの事件は多くの職員に情報の統制が敷かれた。だからあの事件について触れる職員をほとんど見かけなかったのだ。

 そこで第二の事件が起きたとなればただの事故ということでは済まされない。三階層の責任問題として監獄中で原因の究明が求められるはずだ。

 もちろん二つの事件の被害者であり、三階層の職員である俺もその前線に挙げられるはずだ。

 すると、橋雪さんが一瞬迷うそぶりを見せ、すぐに真っすぐに俺の目を見た。もう隠す必要はないと判断したようだった。


「間違いないとみていいだろう。だが色々不可解な点は多い。その一つは先ほど言った通りお前を狙う動機だ。二つの件が同一犯により起こされたとなると当然オークが三階層に現れてお前を襲ったのも意図的ということになる。だがそのために利用した手段が人間一人のために使った手段としては考えにくい」


 橋雪さんの言うことは理解できる。魔法が使えず、他種族に比べ体力面でも劣る俺に怪我を負わせるのはたやすいはずだ。わざわざオークを転移させ襲わせたり、夜中に呪術を使い自ら攻撃を仕掛けるなどと手の込んだことをするまでもない。

 まああの時、直接攻撃を仕掛けたのは赤髪の青年が現れ計画が狂ったという線もあり得るのかもしれないが、真夜中とはいえ夜間警備の職員が常に巡回している三階層で姿を現し事に及ぶのは相当リスクがある行動と言える。

 実際、あのローブの襲撃者は逃れられないと悟り自ら命を絶ったわけなのだから。

 そうまでしてなぜ俺を狙ったのか、そして犯人が死んだのならこれで事件は終わったのかという問題もある。


「犯人は死んだんだ。身体は爆散してどこの誰だか判別はつかないにしても、ディオスガルグの技術があればすぐに身元は分かる。職員なのは間違いねーだろうし、これで事件は終わりだろ」


 魔法陣の件を予測されていたことをまだ気にしているのか青年は投げやりに言う。

 だが青年の言う通りだ。オーク事件と今回の件が同一犯によるものということは、俺を襲ったあのローブの人物が犯人なのだろうし、そうなれば犯人死亡で二つの事件は解決するんじゃないか。

 綺麗な幕引きとは言えないかもしれないが、もう死にかけることはない。

 これからは安心して職務に励むことができるだろう。

 だが青年の発言に対する橋雪さんらの反応は違った。室町さんも納得がいっていないようだった。考え込むそぶりをみせている。


「本当にこれで終わりなのでしょうか?これだけのことを起こした犯人が自害で終わるというのは違和感を感じます」

「違和感っつったってよ、あのローブが犯人じゃなきゃ誰が⋯⋯」


 室町さんの言葉に青年が突っかかろうと声を上げた時だった、青年の声を遮り監内に声が響き渡る。


『お知らせします。各部各階層の長官、副長官、長官補佐の皆さま方は第四会議室にお集まりください。繰り返します。各部各階層の長官⋯⋯』


 監内放送だ。しかも長官だけでなく副長官や長官補佐まで⋯⋯。

 前回の時とは比べ物にならない規模だ。それだけこの件が監獄にとって重大な事件であることを示している。

 橋雪さんらも険しい表情を浮かべている。

 皆のその様子を見てどうやら事件は解決したわけではないらしいと悟った。

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