2 記憶にございません
「西条」
昼食も食べ終わり、弁当箱を制鞄に片付けていた時、俺の苗字を呼ぶ声が聞こえた。
呼んだのは前方の教室の入り口扉に立っていた担任の卯島だった。
数学教師で二次元方面には一切興味関心のなさそうなタイプの中年男性。
それがいつにも増して真剣な顔つきで名を呼ぶのだから当然クラスのみんなが何かあったのかと注目する。
「おいオウリー、何かしたのかよ」
染谷はにやにやと俺の驚く横顔を見て笑っている。
こいつ⋯⋯後で覚えてろよ。
ついでに今まで取られたおかずたちの鬱憤も晴らしてやる!
だが確かに俺はなにもした覚えがない。どちらかというと俺は目立たない部類の至って普通の生徒だ。担任とかでなければ俺の名前を憶えている教師は数少ないだろう。
友達も染谷を除けば指五本も折れるか怪しい。
別にラノベ好きだからといって平凡主人公を気取っているとかそういう訳ではない。目立たない分、目立つような⋯⋯つまり昼休みに教師に呼び出されるようなことをした覚えもないのだ。
「ちょっと行ってくる」
「おぅ。頑張れよー、生きて帰ってこい」
潔いほど他人事だな。
実際、こいつからしたら他人事なんだが。
だがまあ何も悪い事をしたから呼び出されたとは限らない。提出した課題に不備があったとか、そんな事かもしれない。
そうだ、俺は平々凡々に至って真面目に学園生活を送ってきた!
――卯島の後ろをついていくように昼休みでにぎやかな廊下を歩く。
「職員室に向かっているんですか?」
うちの学校の職員室は二階にある。
一年の教室は三階で、俺は卯島の後に続いて階段を降る。途中談笑する生徒や総菜パンを抱えた教員らとすれ違った。
「いや、校長室だ」
卯島から返ってきたのは思いもよらない場所だった。
そして一瞬本当にその言葉を理解できなかったことを許してほしい。
「校長室⋯⋯ですか?」
「そうだ」
コンマも開けずそう答えられる。
どうやら聞き間違いではなかったようだ。どうせなら聞き間違いであってほしかった。
染谷の言う通り、俺は気づかぬうちに何かしてしまっていたのだろうか?
校長室のある一階にたどり着くまでに何度も直近の自身の行動を思い返していたことは言うまでもない。
でもそれっぽいことをした記憶はいくら頭をひねっても出てこなかった。
二階に辿り着く。卯島が校長室をノックするとすぐに中からくぐもった声が聞こえてきた。
せめてもう少し心を落ち着ける準備が欲しかったがそんな俺の事情は卯島には伝わらない。
扉は開かれた。何の躊躇もなく。
都合よくドアは実は立て付けが悪くて全然開かないなんてことはない。
そうだ。人生はそう都合よくはいかない。
普通の高校生は転生なんてしないしツンデレ美少女に赤面でそっぽ向かれることもない。そして校長室に急な呼び出しをされるなんてこともないはずだったのだ。
だから校長室の思わぬ先客の姿に俺はさらに驚いた。
「なんで父さんと母さんが!?」
しかもなおさら焦りと困惑が募ったのは父親の眉間がいつもより二倍増しで険しかったからというのもあるが何よりも――
中央の向かい合いように設置されたソファに校長とそして、その隣には白髪交じりの威厳漂う男の姿。
確信はないが確か入学式で一度見た気がする、合っていればこの男は理事長のはずだ。
そしてその背後に体格のいいスーツ姿の男二人が立っていた。
目元にはサングラス。テレビで見たスパイの姿そのものだった。
校長の指示を受け担任は校長の隣に座る。しんと途端に自分の中の世界が静まり返る。
「まずはかけてくれ」
頭の毛が少し寂しくなった校長が両親の隣の席を指す。
俺は恐る恐る両親の隣に校長たちと向かい合うように座った。
独特のコーヒーと紙の匂いに自然と背筋はピシンと伸びる。
いったいなぜ両親まで呼び出されているのか⋯⋯明らかに普通ではないといやでも考えさせられる。
圧の凄い二人の男のせいか、目の前の理事長と校長の二大権力者がそろっているからか、さっきから冷や汗が止まらない。
「あの、俺何かしましたか?」と聞きたいが同時に聞きたくもない矛盾が頭の中でぐるぐると回転する。
「まずは保護者様。本日はお忙しい中急遽お越し下さりありがとうございます。西条君も、大切な昼休みに突然呼び出してしまって申し訳ない。とても驚いたことだろう。これから話すことは君にとって、もちろんご両親にとっても⋯⋯いや、世界にとっても重要なことだからよく聞いてほしい」
二人はうなずく。俺もつられて頷いたが頭の中は混乱状態だ。
世界⋯⋯?なんで呼び出し案件が世界規模になるんだよ。増々訳が分からなくなってきた。