19 妖艶と実力
七区を代表する施設、その入り口がこの白亜の門だ。
門はかたく閉ざされ、侵入者を許すまいと二人の制服に身を包んだ職員が左右に立っていた。
そしてその真ん中には異様な気配を醸し出す女がいた。しかし驚くことに彼女が着ているのは制服ではなく、裾が地面スレスレなほどに長くタイトな緑のドレスだった。
そのため身体の線がハッキリ見えて、おまけに豊満な胸元が限界まで露出されているため目のやり場に困る。
視線を逸らすのもどうかとは思うが、かといって直接見れば思春期男子の目線は気づけば露出した部分へ移動してしまう。
美の魔女の恐ろしい罠だ。
そんな葛藤と戦っていると、来訪者の存在に気づいた女は妖艶な微笑を俺たちに向け浮かべる。
「あら、これは司令部補佐官さま。それに、新入りのかわいい坊や」
ゆるくウェーブを描いた長い髪を柔らかくかきあげる。
この人は何者なんだ?
制服は着ていないが、こんな場所でしかも堂々と話しかけてくるぐらいなのだから部外者でもないはずだ。ましてや囚人という訳でもないだろう。
すると室町さんがそんな俺の様子に気づいて教えてくれた。
「彼女は獄卒です。獄卒は監獄職務に携わる職員側ではありますが、他の職員とはやや異なる立場にいます」
ディオスガルグ職員は多種多様といえど獄卒たちはその中でも異色の存在であると室町さんは言った。
彼女の説明をまとめるとこうだ。
獄卒の異色性はそもそもの採用過程が他とはかなり異なるという点が大きい。通常ならば採用試験、もしくは運営局による各世界から人材を採用する推薦により雇用されるのは俺も知っているが、獄卒の彼女たちはなんと元囚人だ。
囚人と言ってもディオスガルグに収監されていた囚人とは限らない。中にはディオスガルグから採用された獄卒もいるが、実際は各世界の施設から集められた場合がほとんどだ。
それもそのはず――ここはディオスガルグ。
獄卒はイレギュラーとはいえ仮にも監獄の職員だ。ではその監獄の職員をなぜわざわざ囚人から選ぶのか。
一つは更生教育の一環。もう一つは力の利用だ。
更生教育は言うまでもないだろう。日本でも行われているような社会復帰プログラム。
刑期を終えた受刑者はやがて刑務所の外へ出て社会へ復帰する。その時に再犯による刑務所逆戻りを防ぎ、なおかつ受刑者たちが外の世界で再び生きて行けるように支援するのが目的だ。
それとは内容が違うが囚人から獄卒を選定する理由にもその意図は含まれている。
そして、力の利用というのは更生教育よりも単純明快だ。
獄卒の多くは各世界で悪事を働き無期懲役、もしくはほぼ一生に近い年月を牢の中で過ごすよう判決された者たち。
ゆえに魔力が高く、突出した魔法の才を持つ者も多い。その才を牢の中で腐らせてしまうのはあまりに勿体ない。
そこでこの獄卒採用だ。獄卒として採用することで彼女たちの力を世界のために使うことが出来る。
「もとはあまりの人手不足から始まったプログラムですが、開始当初はやはり懸念もありました。
もちろん更生の見込みがあり、精神的にも適正と判断された者が選ばれるのですが、彼女たちは元囚人なわけですので。ですがディオスガルグの監視の下、大きな問題が起ることなく、現在では獄卒課という専門機関がつくられるまでになりました」
獄卒たちは警備部の獄卒課と呼ばれる課に属している。
職務は警備部というからにはやはり警備が主であり、各階層の武器庫や記録所、その他厳重な警備を必要とする場所の警備を任されている、いわゆる門番としての役目だ。
獄卒には亜人が多く、獄卒獣と同じ特定箇所の警備を職務としているため、職員の間を取って獄卒と呼ばれている。
「囚人からでも働けるなんて、ディオスガルグって本当に多様性のある職場だよな」
しかし、囚人というからにはやはり怖いイメージは拭えない。
さっきのような野蛮な囚人たちが全てとも思わないが、やはり囚人というだけで多少の警戒はしてしまう。
「ディオスガルグ職員の資格はあらゆる種族、立場の人に開かれています。それこそがディオスガルグの特性であり、最大の魅力とも言えるでしょう」
そこで黙って話を聞いていた獄卒の女はなるほどと納得したようにうなずいた。
「こんなところにやってくるなんて珍しいこともあると思ったら、どうやら新人くんの案内をしていたようね」
「はい。ちょうど三区と四区を見て回ったところでして」
「じゃあ、中で見学でもどうかしら? 規定時間より少し早いけれど、新人の坊やのためなら特別に囚人を用意するわ」
――見学?
閉ざされた巨大な白亜の門をちらりと見てその女獄卒は言った。
囚人の名を出したという事はこの中には囚人に関する施設があるということだろうか。
「いえ。それは後日にしようかと思っています」
「あら、そうなの」
妖艶な微笑をたたえたままその職員はゆるく髪をかきあげた。整えられた眉を下げ、少しがっかりしたように見えたのは気のせいかもしれない。
「じゃあ今度来た時のお楽しみね」
職員は俺の目を見ながら舌なめずりする。
一体何のことか分からない俺は何がお楽しみなのかもさっぱりだったが、おそらく良からぬことであろうことは予測できた。
「この門の中には一体何があるんだ?」
獄卒と二人の職員を付けるほど厳重な警備がされている場所。
簡単には目を触れさせることが出来ない、それこそ重要機密がわんさか置いてある保管庫⋯⋯とかだろうか。
「気になるかしら?」
目を細めこちらを見る。
俺は頷く。そんな風に返されると気になるのが普通だ。
するとくすりと細い顎に指で触れてその獄卒は白亜の門に触れた。しかし触れるだけで開こうとはしなかった。
「この門の中には拷問場へ続くゲートがあるの。私はそのゲートの番人よ」
「拷問場ってことは⋯⋯、さっき室町さんが言ってた岩に追いかけられたり、針山が迫ってくるっていうあの拷問をやる場所ってことか」
「あら、よくご存じね」
あんな趣味の悪い拷問が行われている場所がこの中にあるのか⋯⋯。
「拷問の種類は多種多様。そのため一か所でまとめて行うことは出来ません。なのでゲートで拷問を行う専用の場所と繋いでいるのです。空間魔法の一種ですね」
「なるほど⋯⋯そりゃ便利だ」
じゃあこの中にあるのは地獄への門ってわけだ。あらゆる空間にあちこち繋がっているゲートへ簡単に通すわけにはいかない。
誰がそんなところに好き好んで入るかとは思うが、そんなヤバい場所なら厳重であることに越したことはないか。
「ふふふ、また来て頂戴ね。その時はとっておきの拷問を見せてあげるわ」
とまあ、ありがたい約束を交わし、俺たちは白亜の門を後にした。
◇ ◇ ◇
七区を進んでいると再び半地下へ続く階段を見つけた。階段はそれなりに長いようで、下の様子は全く見えない。
蝋燭の灯がついていないせいで薄暗く、少々気味が悪い。
三階層の他施設の例にもれずここも妙な気配がある。気にはなるが行ってみようとは思わなかった。
だが一応何があるのかだけは聞いてみたい気がした。
「なあ室町さん、あの階段はどこに続いてるんだ?」
指さすと室町さんは相槌を打った。
「囚人の牢屋のある収監所です」
「え、でも牢屋はさっき見ただろ、収監所って一つの階層にいくつもあるものなの?」
さっきの牢だってかなりの数の囚人が収監されているようだった。
具体的な数は分からないが少なくとも三百人ぐらいはいたはずだ。
「いえ、そういう訳ではありません。四区にあるのは雑居房ですが、あちらにあるのは独房です」
「独房?」
「ええ、独房です。独房に入る囚人は雑居房に収容される囚人よりもさらに凶悪で強力な力を持っています。いわば各階層屈指の囚人が囚われているのがここ七区の収容所です」
同じ階層内の囚人にもパワーランクが付けられているという訳か。そりゃ同じ階層だからと言って全員が全く同じレベルとは限らない。多少なりとも力量差があってしかりだ。
「ディオスガルグでは囚人にランクが付けられています。能力と危険度を相対的に判断したランクです。
雑居房に収容される囚人はDランクからBランクの囚人です。独房に収容される囚人はAランク、そしてSランクの囚人です」
各階層で囚人のレベルが分けられている上に階層内でもランクを付けをしている、一見そんなに分ける必要があるだろうかと疑問に思うが、囚人の実力が可視化出来るという点でランク付けはかなり有効的だ。
これは日本の学校のシステムと似ているところがある気がする。学校も偏差値の区分で試験を行うことで入学する生徒を寄り分けているが、同じ学校内でもテストの成績などで順位が付けられていることが多い。
一部の学校では成績順にクラスを分けられているところもあるみたいだしな。
学校で生徒を学力で分けるのは、教える生徒の勉強内容や難易度を合わせるためで、それによって生徒側も自分の実力にあった授業を受けることができ、効率的な学習が可能になる。
拷問は囚人によって違うと言っていたし、より危険な囚人を選別するためにも囚人を階層で分け、さらにDからAランクでランク付けするのは自然だし、理にかなっている。
「独房に関しては三階層の職員でも簡単に入ることは難しいです。私はもちろん、長官補佐とはいえ新人である西条さんでも恐らくは無理でしょうね」
階層屈指の囚人が収容される牢に行くにはどうやらそれなりの手順がいるらしい。手順を踏んでいない俺たちが急に押しかけても通してくれる訳がないのは当然だ。
だからこそこうして雑居房から離れた位置に牢屋があるのだろう。
こっちとしてもそんな怖い囚人のいる場所には進んで近づきたくはない。
独房へ続く地下階段を横目に通り過ぎ、今度は八区へ向かった。