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18 人間味

「次は四区に参りましょう」


 手指消毒を行い管理場を出たところで室町さんが言った。


「四区っていえば確か⋯⋯」

「はい。通称『プリズンエリア』、囚人たちの収容される区域です」


 ディオスガルグのその本分は、六世界から集められた囚人が収監される監獄であるということ。各世界から集められた凶悪な犯罪者達に遂にお目にかかるのか。

 

 管理場入り口を右手に進んだ先、そこに現れるこれまた巨大な鉄格子門。

 一本一本の太く冷たい鉄の棒が光源不明の階層内に暗い影を伸ばしている。


 管理場のような閑散とした気配はなく、あるのは堂々とそびえるディオスガルグが監獄である象徴たる場所へと続く入り口。

 恐怖とはまた違う、少しでも気を抜けば飲み込まれそうだ。三階層の様相から見てもここだけが明らかな異質さを感じさせる。


 いや、これが本来のディオスガルグ監獄なのだ。

 この中で待つのが本当の監獄の姿。

 窓口で職員証明を行い入門許可を得た俺たちは開いた門の中へ進む。

 監獄の中にいてもチェックされるのか、流石に厳重だ。



 三階層四区雑居房。十名を一度に収容できる房が一列に連なり、その反対側の上部には窓ガラスの張られた部屋が雑居房を見下ろすように設置されている。


 驚いたのは職員の多さだった。

 広い四区内を巡回する職員たちは皆緊張感を保って隅々に視線を配っている。そこに気の緩みは一切見られない。


「三階層では日中の警備は全て職員の手によって行われています。そして人員の殆どが四区のように囚人のいる区域に割かれています」

「それが、フィンセントさんの言ってた三階層の穴ってやつか」

「その通りです。三階層の獄卒獣は夜行性の個体が多く、三階層の方針もそれぞれの習性を大切にすることで合意されているため結果的に他の区が手薄になっているのが現状です」


 一見致命的に聞こえるが、監獄で絶対死守しなければならないのは囚人の脱獄だ。

 極端にいえばその脱獄さえ防げば監獄として機能していると言えるし、その他の事情は些細なもので大した問題にはならない。

 だから囚人のいる四区に警備を集中させ、かつあの堅牢な鉄格子門が出入り口を封鎖している。

 入り口の門は許可がなければ侵入できないシステムになっているし、おまけにあのガラス張りの部屋。


 視線を上にやる。中には同じく職員たちが下方の牢屋を監視している。奥に様々な機械があるところを見れば、あそこが監視所なのは一目瞭然だ。


「三階層独自の監視システム、それがあの監視室です」


 房は壁に面する部分以外の三方は格子に囲まれている。階段の先の上部に監視室を作ることで上から房の中にいる囚人を監視できるということだ。

 一つの房に十人ほどの囚人がいるのだから、奥で何かこそこそやられては対面の監視では発見することは難しい。だがこの監視所があれば手前も奥も関係なく瞬時に不自然な行動を察知できる。


「監視室は下方の囚人の監視だけではなく、三階層全体の防犯システムを一斉に管理する管理場としても役割を果たしています」


 つまりは三階層の心臓部ってことだ。

 三階層の警備の要、ここが突破されれば三階層は監獄としての機能を失う。

 超重要な所じゃないか。


「囚人たちのスケジュールは監獄としては七時起床点呼、二十一時就寝と一応は定めてはいますが、実際は各階層によってバラバラです。起床時刻も就寝時刻も囚人の意思にゆだねている階層もあるくらいです」


 階層は独立した収容施設として機能しているようだ。

 同じ監獄にしてもやり方が違うとは、この監獄では階層はただ高さの違いだけではないことを再度思い知らされる。

 それでちゃんと機能しているのがディオスガルグの凄さだ。


「三階層では監獄規定に則ったスケジュールで運営されています。

 今は九時ですので、ちょうど朝食が終わったところですね」


 起床と点呼が七時、朝食はその後三十分間とられます。人間界での刑務所とは異なりディオスガルグには工場作業のような時間はありません。ですので拷問タイムまでは牢内で過ごします」


「拷問タイム?」


 物凄く物騒な単語が聞こえてきたので思わず聞き返す。


「ええ。これは俗称で、正式には刑罰です。ディオスガルグでは全階層全囚人に対し、その罪状に相当する刑罰を科しています。開始時刻や内容は例によって階層ごとに異なりますが、三階層では基本的に十時と十四時頃の一日に二回囚人を分けて行われています」

「ちなみにどんなことをするのか聞いても?」


 一種の怖いもの見たさのようなものだった。


「そうですね⋯⋯一つ例に挙げると、巨大岩に無限に追いかけられる、や仰向け全身拘束状態で針山が頭上から降ってくる、などでしょうか」

「ものすごく性質の悪い拷問じゃねーか!」


 思わず突っ込んでしまった。もし自分が実際その罰を受けると考えたら悪夢でしかないな。

 発案者が誰なのか問いたくなる。


「拷問タイム後は再び夕食まで自由時間になります。自由と言っても牢の中は共同トイレを除けば何もありませんから寝るか、同じ牢の囚人と語り合うかぐらいしかできませんが」


 室町さんの言う通り、房の中は本当に何もなかった。

 棚も机も布団もない。地面は冷たい石で囚人たちは毎晩硬い石を枕に寝ているようだった。

 雑居房なので昼夜問わず同じ房に誰かがいるわけだが、二十四時間顔を突き合わせている相手だ。話すようなことはとっくに尽きているようで、どの囚人も壁際にもたれたり地面に寝転がったりして暇そうにただ時間が経過するのを待っているようだった。


 暇は地獄というが、まさにその地獄を体現したような場所だな。

 当然、房に収容されるほどの罪を犯してここにいるわけだから、擁護するつもりは全くないが、あそこで一生に近い時間を過ごすのは気が減入りそうだ。


 蝙蝠の羽を生やした見るからに悪魔や豚の頭をした亜人、ぼさついた髪のエルフなど本当に囚人も六世界から集められた罪人のようだ。

 各房を観察しながら出口の門へ向かっていると、中間ほどのところでガチャンと囚人が房の鉄格子を掴んだ拍子に手枷が当たる音がした。


「おいおい見ろよ、ありゃ司令部の氷姫サマじゃねえか! お目に掛かれるとはラッキーだぜ!」


 下卑た笑みを浮かべた悪魔の男だった。

 同じ房の中にいた囚人たちも、室町さんを目に留めるとニヤニヤとした笑みと粘ついた視線をこちらに寄越してくる。


 何だ、氷姫? 

 一瞬疑問に感じたが、室町さんは人間でありながら氷の妖術を使える。だから氷姫か。

 室町さんは美人だし、姫と呼ばれるのにも納得だが、そう呼ぶ相手の態度が気に食わない。

 室町さんに向けられる好奇の視線。近くで見ていても気分の良いものではなかった。


「横に連れてるのは新しい犬かい?」

「違ーねぇ! だが見るからに弱そうなヒョロ犬だ、あんなんじゃ駒使いにもなりやしねぇだろうよ」


 品定めする様な目線が俺の足元から頭の先まで移る。明らかに舐められていた。

 奴らにとって魔力を持たない人間の判別など一目瞭然なのだろう。俺が人間で、新人であることを見越しての挑発だった。

 人間は囚人からも舐められやすいと橋雪さんは言っていたが、まさかここまで露骨とは。


「お前もそこの氷姫サマみてぇにキラーソルト様に鞭打たれて鳴いてるのかよ? ハハッ、人間とはいえ大の男が情けねぇよな」


 ギリと歯を食いしばる。なかなかの言われようだな。

 俺だけならまだいいが⋯⋯

 「――お前も」確かに今この囚人はそう言った。

 キラーソルトってのが誰のことを言っているのかは知らないが、こいつらは室町さんの事も同時に指してそう言ったのだろう。


 こいつらの言う通り、人間は他種族に比べて体力でも力量でも劣る。さらに女性ともなれば尚更だ。それを否定するつもりはない。

 だが、人間の女子である室町さんがここに来るまでにどれだけの苦労をしたのか、先天的に魔力を持たない彼女が妖術を使える様になるまでに一体どれほどの修行を積んできたのか、そしてこの監獄で働きどれだけ自分と異種族との差に葛藤し続けたのか。


 俺は彼女のバックグラウンドを丸ごと知っているわけじゃ無い。だがそれがとてつもない努力の軌跡であるということは分かる。

 それをこいつらは嘲笑うかのようにレッテルを張り、彼女を侮辱した。

 黙って聞き流すなんてできるはずがない。


「おいお前ら、いい加減に⋯⋯!」


 握りしめた拳とともに気が付けば房の中でせせら笑う囚人どもへ足を踏み出していた。

 その背後では騒ぎに気付いた看守の職員が止めに掛かろうと近づいてきていた。

 しかしその両者を制するように、室町さんが腕を伸ばした。

 それでも俺は構わず進もうとしたが、突如足元に這うような冷気を感じ立ち止まった。


 見てみると地面が少しづつ凍り始めていた。浅瀬の波のようにゆっくりと押し寄せる氷結の魔法。

 小さな雪の結晶が舞い、広げた手のひらに落ちる。

 白い息を吐き、ようやく彼女が⋯⋯室町さんが静かに怒りを抱いていたことに気づいた。


「私を侮辱するのは構いませんが、長官や彼を侮辱したことは到底看過できません。貴方たちが品のない言葉で愚弄する相手が一体誰なのか、知っての発言ですか」


 冷気は房の中にまで侵入し、石の地面を凍らせ始める。おののいた囚人たちが自分たちが氷漬けになるのを恐れ、後ろへ後ろへと後ずさっていく。


「ひっ、やめてくれ! ただの冗談だろ!」

「さっきの発言は取り消す! 悪かった!! 許してくれ!!」


 次々に囚人たちは弁明し、許しを乞うてくる。

 冷気が壁際にまで追い詰められた囚人たちの足元まで達したとき、俺は思わず室町さんの肩に触れた。


「――っ!?」


 触れられた肩をビクリと震わせると、室町さんは目が覚めたように瞬きした。

 途端に冷気はおさまった。

 それを見とめた看守が、いまだ臆した様子の囚人の房へ近づき言い放つ。


「囚人規則に従い、ただいまの貴様らの司令部長、司令部長補佐、及び三階層長官補佐に対する発言は監獄運営に関与する者への精神的攻撃、また円滑な職務への妨害行為と見なし処遇議会へこの件を報告させてもらう。処分は後日言い渡す」


 その場にいた看守たちと室町さんにより凍り付いた部分が徐々に氷解されていく。

 囚人たちの絶望が混じった呆然とした表情を見届け、俺たちは四区を後にした。



「⋯⋯すみません、取り乱しました」


 門を出た後すぐ、室町さんが立ち止まる。


「ディオスガルグ監獄職員にあるまじき愚かな行為でした。囚人の挑発に乗るなどと⋯⋯」


 冷静な室町さんの珍しい一面だった。

 己の行動を恥じるように俯き、深々と謝罪する。


「あんなことを言われれば誰だってああなるだろ。室町さんの怒りは当然のものだ、謝ることはないと思うぞ」

「ですが⋯⋯」


 フォローではなく、ただ思ったことを言っただけだったが室町さんは納得していないようだった。

 室町さんは真面目なタイプだ。見え透いた囚人たちの挑発に乗った自分が職員としても、一人の人間としても許せなかったのだろう。

 だが、室町さんの怒りは自分への侮辱に対してではなかった。俺と、彼女の上司への侮辱に対する怒りだ。


 確かに室町さんが意図してではないにしても妖術を使ってしまったことは職員として良くない行為だったのかもしれない。

 だが、自分ではない誰かのためを思って怒りをぶつけてくれた室町さんを少なくとも俺は責めようとは思わない。むしろ感謝しているくらいだ。


「ありがとう室町さん」


 真っすぐに室町さんの目を見て言った。


「お礼を言われるほどのことはしていません。ですが⋯⋯ハァ、怒りで妖気の制御が出来なくなるだなんて、私もまだまだですね」


 室町さんが落ち込むようにため息をつく。そのほんの一瞬、彼女の年相応な姿が垣間見えた気がした。

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