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17 獄卒獣の管理場へようこそ

 室内に置いてあったアナログ時計は八時十分前。既に制服に身を包み、しつこい寝癖のついた髪もセット済み。我ながら完璧だ。


 意気揚々と鼻歌でも歌い出しそうな気分で部屋を出て待ち合わせの職員寮の外へ向かう。

 結局相部屋の職員は戻って来なかったみたいだ。気になって上段のベッドを覗いてみたが昨日と変わらず、布団に使用された形跡はなかった。

 

 まあ、同じ部屋なら今日か明日かにでも会えるだろう。そんなことより今は室町さんだ。

 学校でもギリギリ登校が多かった俺が十分前行動五分前集合という社会人の鏡のような偉業を果たしたのだ。

 人は変われるってのは本当だった。

 これは、今や古典的な待ち合わせ常套句、「ごめん、待った?」「いや、俺も今来たとこ」が出来るのでは!?


 ⋯⋯と、自分でも訳の分からぬ妄想に浸りながら職員寮の扉を開けると、そこには既に室町さんの姿があった。


 マジか――


「ごめん、待ったよな」

「いえ、私が早く着き過ぎただけなので」


 次からは二十分前集合だと心に固く誓った。




   ◇     ◇     ◇




 就業開始時間間もないということもあり、食堂で朝食を食べている職員の数はそれなりだ。

 昨日とは別の席を確保した後、また小難しい料理名の並ぶメニューから無難そうなものを選び羽ペンを走らせた。

 俺が頼んだのは聞いたこともない魚の塩焼きだったが、これがなかなか美味しかった。

 朝だというのに大盛りのご飯を完食し、膨れた腹をさすりながら食堂を出た。



「昨日少しお話ししましたが、本日は三階層の案内を兼ねて業務内容をご説明します」


 本来俺の役職は長官補佐だが、新人で右も左も常識すらも分からない状態で橋雪さんの補佐は到底勤まらない、という訳で、ひとまず慣れるまでの間は地下階層に所属する職員らが担当する基本的な業務を覚えることから始めることになった。


 しかし、その基本とやらがもう既にハードレベルだったことは残念ながら予想通りだった。


「多くの階層は区間分けされています。ここ三階層は全部で八区から成り、昇降機、そして長官室のある区域は一区と呼ばれます。職員寮と会議室があるのは二区です。今から向かうのは三区。こちらには獄卒獣の管理場があります」


 今重大なワードが聞こえた気がする。


「獄卒⋯⋯獣の管理場?」

「はい、管理場です。獄卒獣のお世話は警備部にある課の担当ですが、モンスターと触れ合う機会を取っておいた方が今後のためにいいかと思いまして。昨日のこともあるので正直取りやめようかとも思いましたが⋯⋯」


 オークの血走った目。あの振動。

 オークは三階層にはいない。だが、生まれて初めてのモンスターとの出会いが強烈過ぎた。正直怖い⋯⋯が、そうも言ってられないよな。


「いや、やるよ。俺はディオスガルグの職員になったんだもんな」

「良い心がけですね。では参りましょう」


 管理場入り口のインパクトは絶大だった。天井まである巨大な鉄格子が物々しい空気を醸し出している。普段は南京錠がかかっているようだ。鎖の巻きついた錠が外されて内側に置かれていた。


 体重をかけながら鉄格子のゲートを開くと、低い唸り声のような鉄の擦れる音が中に響いた。

 くぐもった鳴き声と人の声が奥から聞こえる。

 ごくりと唾を飲み込み中へ入る。


 下へ下へ螺旋を描くように石造りの階段が続き、壁にかかる蝋燭がぼんやりと足場を照らしている。

 最期の段にたどり着くと、地面が少しぬめりとしていた。淀んだ冷たい空気に混ざり生臭い獣の匂いが漂っている。

 両側に設置された鉄格子の牢が奥の方まで続いていて、場内には格子の傍を歩きながらクリップボードに何かを記入する職員たちがいた。


 その時ガンっと何かが壁にぶつかる音がした。驚いてその方を見ると、右側の真っ暗な格子の奥で何か動く影があった。

 室町さんは恐れることなく格子へ近づいていく。思わず「危ないぞ」と言いかけたが制服を着ていれば襲われることはないのだった。

 それに獄卒獣は格子の中にいて、周りには職員もいる。おまけに室町さんは魔法⋯⋯いや、妖術を使えるのだから自分でどうにか出来るはずだ。


「三階層を代表する獄卒獣、ガーゴイルです」


 格子の中からその姿が現れた。

 ゴツゴツとした鉄のような鱗の皮膚に覆われた中型モンスター。

 確か眠るときは石像のようになり、闇の訪れとともに動き出すんだったか。

 異世界モンスター特集に載っていたイラストを思い出しながら格子の中を覗くと、そこには概ね想像通りのガーゴイルの姿があった。


 紅く光る瞳、鋭いクチバシと爪。

 あの爪で引っ掻かれたら目も当てられない姿になるだろうな。想像しただけでゾッとした。

 しかし、オークの時も思ったが、信憑性のないと思っていたあの特集雑誌も結構合っている所が多い。

モンスターの姿なんかは殆ど特集に載っているのと相違ない姿だ。


「ガーゴイルは一区から八区、三階層の全域を監視する獄卒獣です。活動時間は主に夜間なので現在はこの管理場に戻しています」


 見てみるとそれぞれの檻に獄卒獣がいた。ガーゴイルはもちろん、他にも見知ったモンスターの姿がある。

 その中でも一際目立ったモンスターがいた。

 炎をまとい鎖に繋がれた真っ黒な毛を持つ巨大な犬型の生物、その別名は地獄の番犬。


 ――ヘルハウンドだ。


「カッコいい⋯⋯」


 思わず声に出た。


「ヘルハウンドですね。四区と五区を守る獄卒獣です。興味がおありですか?」


 小さな呟きだったが室町さんにはしっかりと聞こえていたようだ。


「あぁ。昔特集雑誌で見て、一番好きだったモンスターだ」


 そのページばかり見ていたから本に変なクセがついてしまったのを憶えている。

 懐かしい。あの頃はリアルなヘルハウンドのイラストを見て、動いている姿を妄想しては興奮していたが、まさか本当に出会えるとは。


「では獄卒獣のお世話はヘルハウンドで慣れることにしましょう」


 室町さんが側にいた職員に話しかけた。若い職員は頷くとバケツとショルダーケースを取って戻ってきた。


「獄卒獣と接触するのは初めてですか?」


 頷くと職員も繰り返し頷きながら


「ヘルハウンドは気性の荒い生物ですが、ディオスガルグにいる個体はよく躾けられているのでむやみに人を攻撃したりはしませんが、念の為こちらをお渡ししておきます」


 ホイッスルのようなものを手渡される。


「大抵の獄卒獣はこのホイッスルを鳴らすと怯むよう教育されています。管理場にいる間は必須のアイテムですので肌身離さず持っておくようにして下さい。そして、何かあったら迷わず鳴らすようにお願いします」


 一見普通のホイッスルのようだった。見渡してみると殆どの職員たちが首から下げて身に着けていたので俺も同じように首から下げた。


「そして、こちらがヘルハウンドのご飯です」


 職員はバケツを掲げる。

 その瞬間生臭い独特なニオイが鼻を刺激した。思わず鼻を押さえそうになった。


「何のニオイだ、これ」

「ヘルハウンドの好物である小型モンスターの肉を限りなく再現した植物由来の代替肉です。獄卒獣の多くは肉食ですが、全ての獄卒獣の分を用意するとなるとかなりのコストがかかります。そこで、この代替肉なんです」


 ニオイまで寄せなくても良いだろ、と思ったが、ニオイに敏感なヘルハウンドのようなモンスターならこっちの方が自然で良いのかもしれない。

 嗅ぎなれないニオイにウッとなりながら、バケツの中を覗く。中身も相当グロテスクだ。

 何も言われなければ本物の肉だと信じて疑わなかっただろう。


「獄卒獣にはそれぞれ活発的に動く活動時間が存在します。ですので僕たちは生物たちの習性を理解して食事をさせ、睡眠を取らせるんです。

 少しでもこのバランスが崩れればすぐに弱ってしまいます。ですが元々は魔界で生まれ育った野生なので、あまり拘束し過ぎるとストレスを感じてしまいます。そこが難しいところで⋯⋯」


 困ったような顔を浮かべたが、そこにうんざりとした様子は見られない。

 獄卒獣を扱うという責任感ある仕事につきながらその過酷さに潰されずやりがいを感じているようだ。むしろ眩しく見える曇りのない瞳に背中を押されたように感じた。


 ゴム手袋を付けグロテスクな代替肉を掴んだ。グニュっと水気のある感触が薄いゴムを通して皮膚にまで伝わる。持ち上げた肉を若い職員が開けてくれた格子窓から放り込む。

 すると地面に肉が落ちる前に餌の存在を感知したヘルハウンドが中空でそれをキャッチした。

 鋭い牙が肉を引きちぎり一瞬にして胃の中へ消えた。お腹が空いていたらしく、なかなかの食いっぷりだ。

 続いて肉を投下していくと間髪入れずに開かれた大きな口でキャッチしていく。その豪快な食いつきが面白くどんどん肉を掴んで与えているといつの間にかバケツの中は空になっていた。

 ゴムの指先がバケツの底に当たりぬめりと滑った。


「よく食べるなー」


 動物と戯れる時のような愛らしさを感じ、格子越しに触れられる距離に近づいたヘルハウンドの頭に触れようとする。


「あっ、気をつけてください!」

「熱っ!?」


 静止の声を聞く前に既に手を伸ばしていた俺はその熱さに反射的に指を引っ込めた。ヘルハウンドは炎をまとう犬型のモンスターだ。

 そんなモンスターに触れようとした自分が流石にアホすぎる。隣で見ていた室町さんも思わず吹き出しそうになったようで、口元を押さえて視線をそらしていた。

 ⋯⋯穴があったら入りたい。


「触れたら駄目ですよ。火傷じゃ済まないですから」

「気を付けます⋯⋯」


 少しゴム手袋の先が溶けただけで指は無事だったが、念のためと軽い治癒魔法をかけられた。淡い緑の光が人差し指を包み泡のように消えていく。


 おー、これが治癒魔法。

 その後、担当の職員から獄卒獣の飼育記録の取り方を学び、一通り場内を見て回った。


 そこで気が付いた。

 ここにいるのはどれも三階層の警備を任されている獄卒獣だ。さっき室町さんが言っていた通り獄卒獣はそれぞれ警備を担当する区域が決まっている。

 管理場にはこんなに沢山の個体がいたというのに昨日は一度も目にしなかった。獄卒獣には活動時間がある。


 フィンセントさんの言っていた三階層の"穴”というのはこのことなのだろうか?

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