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15 エルフの少女

 ちょうど食堂が混み始めたタイミングで、俺たちは食堂を出ることにした。


「消灯時刻にはまだ早いですが、職員寮に戻りましょう。お疲れでしょうし今日は早めに寝て、明日からの職務に備えてください。先に言っておきますが、就寝時刻より後の外出は禁止ですよ」


 職員の消灯時間は23時。それ以降は夜勤の担当者しか外出は許可されていない。

 許可なく消灯後に寮外へ出ることは禁じられており、万が一にも無断外出がバレれば7日間以上の出勤停止や減給、降格など厳しい処分が課せられる。最悪懲戒免職もあり得るらしい。

 試験採用や推薦採用が多く、おまけに神界が運営するこの監獄で免職処分にでもされたら今後の人生にどんな影響があるのかは計り知れない。

 少なくとも元通りの生活は二度と送れなくなるだろう。考えただけでも肝が冷える。


「絶対しない」


 全力で縦に首を振る。

 この監獄で勝手な行動をすればどんなことが起こるか、多少イレギュラーではあったが十分身に染みた。


 会議室とは反対方向、食堂から出て右側を進んだ先、長官執務室と同様短い階段を降ったところに職員寮と年季の入ったプレートが掛かった扉がある。

 フロア全体で見た時この職員寮の位置はちょうど左側上部の隅に位置しており、中央にある昇降機の廊下を進み曲がり角を右方向へ行けばすぐに発見できる位置にある。

 職員寮は各階層に所属する職員しか出入りできないと言っていた。

 だから司令部所属である室町さんは三階層の職員ではないため寮内には入れない。

 同じ人間だからという理由で指導役をかってくれているってのに申し訳ないが、そんな俺の様子にも「規則は規則ですので」と室町さんは返した。


「明日の8時頃にまたこちらへ迎えに行きます。なるべくそれまでは寮内にいるようにして下さい」

「分かった。朝早くからだけど頼むよ。室町さんはこれから仕事に戻るのか?」

「はい。もう会議も終わっている頃でしょうし、長官を探しに」


 室町さんが長官と呼んだのはおそらく司令部部長のことだろう。

 司令部部長補佐である彼女の直属の上司。部長という立場であり、あの室町さんを部下に持っているのだから相当仕事の出来る人に違いない。

 さっきの会議室にもいたのだろうか。

 同じ監獄内にいるのだからいつか会えるかもしれないな。


「大変だな、仕事頑張ってくれ」


 そう応援する俺の言葉を聞き届けると、背を向け戻ろうとする室町さんを俺は呼び止めた。


「今日は本当にありがとうな。あの時室町さんが助けてくれなかったら間違いなく死んでた。それで、また苦労掛けるかもしれないけど、明日からもよろしく頼む」


 室町さんは一瞬驚いたように目を丸くした。しかしすぐに元の表情を取り戻し、こちらへ向き直ると⋯⋯


「もちろんです。橋雪さんからもビシバシと指導するように言われていますので」


 「げっ」と思わず声を漏らす。いつの間にか逃げられないように集中包囲されていたようだ。

 橋雪さんのあの鋭い視線が蘇りたった今固めたばかりの決意が揺らぎそうになる。

 すると室町さんはふっと表情を和らげた。


「ともかく今は身体を休めてください。では、お疲れさまでした」

 

 丁寧に一礼し、今度こそ室町さんは仕事に戻って行った。

 室町さんが見えなくなるのを見届けると扉を開き寮の中へ入った。



 そこには広々とした空間が広がっていた。

 入ってすぐに談話室があった。シンプルなデザインの赤い絨毯の上に五人ほどが座れるソファが四方に置かれている。

 壁際にはコーヒーメーカーやウォーターサーバーのような物があった。コーヒーと紅茶の香りが漂う。

 改めてこの監獄の設備の充実さに驚く。

 流石は選ばれた者しか働くことを許されない職場の寮だ。


 仕事を終えた職員たちが弛緩した表情を見せて読書をしたり話に花を咲かせたり、各々が自由にくつろいでいる。

 その様子を見ているとやはりここが監獄だとは到底思えなかった。

 寮の部屋は談話室の奥にあるようだ。廊下が続き左右に番号の書かれたプレートが掛けられた扉がある。

 

 俺の部屋は確か105号室だ。

 左右に視線を動かしプレートの数字と照らし合わせていく。だがここにある数字はどれも一桁台で到底105には届かない。

 そうこうしているうちに奥までたどり着いてしまった。

 曲がり角はなく、正面の壁には全く同じ扉が5つ並んでいる。扉にかけられたプレートにはroomと英語表記の文字が書かれていた。


 他の場所か?談話室まで戻ろうと方向転換したとき誰かとぶつかりそうになった。


「わわっ」


 相手は衝突を避けようとしてバランスを崩したようだ。よろけながら後ろへ下がる。咄嗟に腕を伸ばし身体を支えた。

 肩口までの茶髪に長い耳を持つエルフの少女だった。

 少女はパチリと長いまつげを瞬かせる。そこで互いの距離の近さに気づき俺ははっとして手を離した。


「ごめんっ、大丈夫か?」

「大丈夫、です。こちらこそすみませんっ」


 少女はぺこりと頭を下げる。エルフの少女ははねた髪を撫でつける。本物のエルフだ。

 エルフと言われれば異世界大百科にあるような長い金髪に緑の瞳をした美しい女性が思いつくが、目の前のエルフの髪は短く茶髪だ。

 顔立ちは言わずもがな整っているが綺麗というより可愛らしいに近い。

 地上一階層で見たエルフらしき職員の姿は本に載っている姿に近かったのを思い出す。

 エルフにも様々な外見を持つ者がいるのだ。

 思わず見入っていると――


「入らないんですか?」


 少女は小首を傾げ不思議そうにこちらを見ていた。

 しまった、流石に失礼だったよな。

 夢にまで見た異種族美少女との対面が叶った感動で黙りこくっていた。これじゃ明らかに不振人物だ。これからは気を付けようと猛省する。


「いや、部屋を探してたんだ、ここにあるのはどれも違うみたいで」


 すると今度は困惑が混ざったような表情を浮かべてから思い当たったように「あっ」と声を上げた。


「もしかして新人の方ですか?」


 ぐいっと身を寄せ尋ねる少女。その勢いにやや押されながら俺は頷いた。

 凄い近い⋯⋯!


「やっぱり!今日付けで人間の職員が配属されるって噂だったんです。あなたのことだったんですね」


 とても嬉しそうだ。ぴょんと跳ねる勢いで両手を重ねる。

 まさかそんな噂が流れていたとは⋯⋯。

 一瞬なぜと疑問に思ったが、それも神界推薦だからかと思い当たった。


「いきなりあの橋雪長官の補佐官ですもんね。しかも神界推薦!とても優秀な方なんですね」

「あー、いや、それはどうかな」


 流石に持ち上げられすぎだ。身の丈に合わない期待の声に曖昧に濁す。自分だって一体何の間違いで神界推薦を受けることになったのかと思っていたのだ。

 室町さんも言ってたが、神界推薦だとこうも期待されるものなのか⋯⋯。

 これは、想像以上に頑張らないといけないなと覚悟する。

 もし期待を外れて何かやらかしでもすれば失望の目を向けられることは避けられないだろう。

 それは精神衛生上悪すぎる。

 しかもこんな可愛い子にキラキラとした視線を向けられれば男なら誰だって期待に応えたくなるというものだ。

 我ながらダサすぎる理由だが⋯⋯。

 だが幸いにも少女は俺の脳内を駆け巡る葛藤には気づいていないようだった。


「部屋をお探しなのでしたよね?」

「あ、ああ。105号室なんだけどどこにあるか知ってたら教えてほしい」


 渡されていた鍵をポケットから取り出し番号を見せながら言う。


「もちろんです。初めてなら分からないですよね」


 少女は俺の後ろにある扉を指さす。


「ルームと書かれた扉に鍵を挿し込んで開けて見てください」


 言われた通り、5つあるうち中央の扉に鍵を差し込み捻る。ガチャっと金属が回る音がして鍵を引き出すと、ドアノブを回した。扉の奥には長い廊下が続いていた。

 両側に扉が並ぶだけの細長い空間がそこにある。


「鍵を使ってルームと書かれている扉を開くと、該当する鍵番号の部屋がある階に続くようになっているんです」


 一種の空間転移魔法か。この鍵で扉を開くことにより発動する魔法。鍵は魔法を発動させるための魔道具になっているという訳だ。

 少女の言う通り、さっきまでの扉はどれも一桁台だったのに対し、この廊下に並ぶ扉の番号は三桁。

 105と書かれたプレートの扉はすぐに見つかった。


「ありがとう、助かったよ」

「いえいえ!困ったことがあれば何でも聞いて下さいね。あ、そういえばまだ名前を名乗っていませんでした」


 少女はにこりと笑顔を浮かべると自己紹介する。


「記録部所属、三階層記録長。エルフのシーア・リネリットです」


 記録長?幹部じゃないか。

 各階層から日々上げられる膨大な情報をまとめて管理する役職。シーアは三階層の記録を取りまとめる文字通りの長だ。


「俺は西条鷹梨。一応三階層階層長補佐ってことになってる。よろしくな」


 シーアは「ではまた」と手を振りながら去って行った。俺も手を振り返し、そしてまた鍵を使い部屋の中へ入った。


 10畳ほどの室内。

 だがこちらは打って変わってフローリングの床に白の小さなテーブルが置かれたシンプルなデザインの部屋だった。


「ん?」


 入ってすぐ左側の壁に沿うように配置された二段ベッド。その上段の壁にポスターが飾られているのが目に留まる。どうやら二人部屋のようだ。

 部屋は物が少なく整理整頓されているが、顔も名前も知らない同室者の生活の気配が見えた。

 ベッドと反対側にはクローゼットと小棚が置いてある。クローゼットの隣に青色のスーツケースを見つけた。中学の頃から使っている俺の物だ。

 中身はパジャマや下着類、ペンケース、歯ブラシなどの日用品だった。ご丁寧に枕まで入っていた。

 正直これはありがたい。昔、旅行に行った時に枕の硬さや高さが合わなくて寝つけなかったのをおぼえてくれてようだ。


「⋯⋯ありがとうな。母さん、父さん」


 温かさにじわりと胸があったまり、俺は空いている下段のベッドに寝転がった。使い慣れた枕に頭を預ける。

 色々な事があった。とても一日で起こった事だとは思えないほど、沢山。

 憧れていた異世界に来て、異種族と出会って、その中で人間の上司、橋雪さんと指導役の室町さんに出会った。

 頭がこんがらがるほどの情報量。慣れない場所での不安、緊張。疲労が一気に押し寄せてきて激しい眠気に襲われる。

 とうとう耐え切れずに目を瞑ると、いつの間にか深い眠りに落ちていた。

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