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11 第四会議室

 三階層ニ区第四会議室。

 室内は薄暗く、白っぽい照明の光が中央の円卓を照らしている。

 重苦しい空気の中、壁掛け時計の針はついに十七時五分前を指した。

 会議はもうすぐ始まろうとしていた。

 三十ほどある席は半分も埋まっていないが、ここにいるだけでも物凄い緊張感と威圧感だ。

手に汗が止まらない。

 冷たく薄い空気に、俺は酸素を求めるように口から息を吸い込んだ。そして気持ちを落ち着かせるようにゆっくりと息を吐く。

 

 室町さんの事前情報によれば、第四会議室では警備や囚人に関する議題が扱われる。それはつまり緊急性が高く、重要な問題が多く取り上げられるということを意味し、必然的に集まる会議の参加者もお偉いさんになるって訳だ。

 ⋯⋯にしても場違い感が凄い。こうして部屋の隅に立ってるだけでもハッキリと分かる。


「⋯⋯あの室町さん、帰っていいですか?」

「駄目です。新人のあなたにはまだ実感が湧かないかもしれませんが、これは間違いなく異常事態です。滅多に開かれない緊急会議が、しかもこの第四会室で開かれる。それだけで一大事なんですよ。それに、あなたは当事者で重要な参考人です。しっかりと起きたことを長官方の前で証言してもらわなければなりません」


 声のトーンを落とし、しかしハッキリと室町さんは言う。


「間違ったことをしてここに呼ばれた訳ではないのです。どうか堂々とした証言をお願いします」


 秒針が一秒、また一秒と時を刻み、残り一分を切ったところで扉が開かれ、外から誰かが入ってきた。

 黒髪に赤色の腕章――橋雪さんだ。


「遅れてすみません」


 一応定刻の前だったので遅刻ではなかったが、律儀に入り口で一礼しそのまま迷うことなく部屋の右側へ。

 気づいているのかいないのか、左方向の壁際に立っていた俺とは一度も目が合うことなく反対方向へ歩いていく。

 そして橋雪さんの後からもう二人職員が入ってきた。

 一人は銀色の髪に浅瀬の海のような瞳をした眼鏡の男、後に続いてやってきたのは腰まで届く長い黒髪に、血のように紅い瞳の男、先ほどまで一緒だったフィンセントさんだ。銀髪の職員は腕章をつけておらず、代わりに胸元に銀製の記章を付けていた。


 そういえばフィンセントさんの腕にも腕章はない。

 見渡してみると、既に席についていた多くの職員は腕章をつけていたが残りの一部の職員はつけていなかった。

 室町さんもそうだ。

 腕章の色の違いは所属階層の違いを見分けるためだと思っていたが、他にも何かを表しているのかもしれない。

 一人思考していると、部屋の奥の演台にいた男が咳ばらいをしておもむろに立ち上がった。


「では定刻になりましたので緊急会議を開始いたします」


 まるで猛禽類のような冷たく鋭い瞳をした男だった。

 この会議の司会進行役なのだろう。その手元には書類が置いてある。マイクもないというのに男の声は広い室内にハッキリと響く。


「初めに本日進行役を務めさせていただきます、進行部第四会議室担当進行長フィーク・オルゲニアです。記録官は記録部よりニアス・カリファンが担当致します。ではさっそく議題に移ります」


 そこで正面に大きなスクリーンが降りてくる。


「召集の際お伝えさせていた通り、三階層にオークが現れてきた件について、まずはこのスクリーンに映る映像をご覧ください」


 数秒後、灰色のスクリーンに映し出されたのは良く知る光景。

 つい数時間前にオークに襲われた瞬間の映像だった。必死に逃げている俺にオークが棍棒を振り上げる様子を高い位置から捉えている。

 その瞬間空気が変わったのを感じた。ピリピリとした油断のない緊張感が伝わってくる。


「備え付けの監視カメラの映像です。時刻は十四時三十分頃。ご覧の通り、三階層にオークが現れ、職員を襲撃しました。室町指令補佐によりオークは停止し、幸い怪我人はいませんでしたが、この件を目撃した職員によりこの騒動はすでに他階層の職員にまで知れ渡っています」


 足元をぐらつかせるあの振動がよみがえる。

 そして今自分が生きていることを確認した。心臓の音、指を動かし服の裾に触れる。


「では、西条様。事件の被害者として、この時の状況について詳しくお聞かせ願いますか?」


 進行長が俺の方を向いて言う。

 マジか⋯⋯。

 緊張その他諸々で一杯の脳内を振り払い俺はオークが現れた時のことを話し始める。

 橋雪さんと共に三階層の執務室に行き説明を受けたこと。

 その後一人になり部屋を出て職員寮を探そうとしたこと。

 だが職員寮の場所を知らず、どの方向へ行けばいいか迷った時に、大きく床が揺れて曲がり角からオークが現れ、俺を目にした瞬間殺気立つ目で追いかけられたこと。


 正直何が何だか分かっていない俺にはこんな説明しかできなかったが、十分効果はあったらしい。

 円卓に座る長官たちは思考するようにちょうどオークが凍り付いたところで停止された映像を見ながら沈黙している。

 変な事言ってないよなと内心不安を抱えながら待つこと数分。その間誰も発言せずに静寂が室内を満たしていたが、円卓の一番扉側に座っていた職員が控え目に手を挙げた。

 薄暗い室内でもわかるほどに真っ白な雪のような肌に、ぼんやりとした灰色の瞳の女性だ。

 進行長が頷き発言を促す。


「ええっと⋯⋯なぜ彼は制服を着ていなかったのでしょうか?」


 澱みのない澄んだ声。でもその声色はふわふわとしていてつかみどころがない。


「それはあたしも気になってた。ちゃんと制服を着ていれば襲われなかったかもしれないのにな。そこのところどうなんだ? 橋雪」


 今度は粗暴な言葉使いの女の声が飛ぶ。声の主は褐色の肌をした職員で、肘をつきニヤリと笑う。

 深緑の視線の先、向かい側の席にいた当の橋雪さんは突然の名指しにも慌てることなく、執務室にいた時と変わらない落ち着きを見せていた。


「シトリア様、発言の際は挙手をお願いします」


 淡々とした進行長の注意にシトリアと呼ばれた職員はニヤニヤを深めただけでまるで気にするそぶりを見せない。

 これは常習犯だな。

 質問を聞いた時そこ? とは思ったが、フィンセントさんが室町さんも言っていたことを思い出す。

 制服には獄卒獣だけが認識できる特殊な魔法加工が施されている。この加工のおかげで制服を着ていれば獄卒獣に職員が襲われることはまずありえない。

 シトリアという名の職員の言った通り、制服を着ていれば襲われなかったのかもしれないのだから指摘されるのは当然の問題だ。


「橋雪様。ご指摘のあった点についてなにかご意見はございますか?」


 何か弁明はあるか? そう言っているように聞こえた。

 良く分からないが、俺は長官補佐――つまり橋雪さんの直属の部下だ。俺が制服を着ていなかったのは橋雪さんに落ち度がある。

 彼女らの考えはつまりはそういうことなのだろう。

 しかし橋雪さんは委縮するでもなく堂々とした態度で発言する。


「ありません。西条は本日付けで職員となったばかりの新人です。制服は寮内にあり、西条は寮の位置を知らなかった。右も左も分からない者を放っておいた自分に責任があります」


 長官室に置いて行かれたことを思い出す。

 そこでシトリアの隣に座っていた職員が挙手した。橋雪さんと同じタイミングで会議室に入ってきた銀髪眼鏡の男だ。

 進行長が発言を許可する。


「映像のオークは見るからに正常ではありません。何らかの錯乱状態にあったと考えられます。制服を着ていても同じだったかもしれませんよ」


 シトリアとは全く感じの違う笑みを浮かべている。何かを含んだような、まるでこの状況を楽しんでいるかのような笑みだった。

 どことなくだが胡散臭い印象が漂っている。


「それは結果論だ。変な尻ぬぐいは止めろ」


 橋雪さんが銀髪の職員を睨んだ。


「おや、せっかくフォローしてあげたというのに。相変わらずですね、橋雪君は。そんな調子ではまたすぐに部下が辞めてしまいますよ」


 爽やかな笑みだったが橋雪さんにはただの挑発に見えたのか元々吊り気味だった目と眉をさらに吊り上げる。

 見るからに不機嫌そうだ。


「クラルグ様、議題と関係のない発言は控えるようにお願いいたします」


 またもや進行長による注意が入る。

 クラルグ――銀髪眼鏡の男は「これは失礼しました」と小首を傾けた。こちらも心からの謝罪ではなさそうなのは明白だったが、進行長は特に何も言わず正面側から上がった挙手に応える。

 挙手したのは長い茶髪を肩に垂らした中性的な顔の職員だった。骨格からして多分男だろう。しかし制服の上になぜか着物を羽織っている。


「襲われた西条くんを助けたのは室町さんやいう話やったけど、指令補佐である室町さんが三階層におったんはどういう用件やったんかなと気になってしもうて」


 はんなりとした独特な訛り口調はどことなく京都弁を思わせる。

 俺は関西人じゃないから方言の違いはよくわからないが、この人の喋り方は果たして京都弁になるのだろうか。

 もしそうならばこの職員も日本人?

 外見では判断がつかないが、身に纏う妖しげな雰囲気は橋雪さんや室町さんとは全く違う。上手く言葉に表せないが、フィンセントさんを見た時の感覚に近い。人間と異種族の持つ雰囲気の差がどれほどのものなのかはまだ分からないが。

 そこで室町さんが挙手して答えた。


「三階層にいたのは新人の案内のためです。橋雪長官から、新しく入る職員は人間なので自分に指導をお願いしたいと直接依頼がありました」


 初耳だった。思わず隣の室町さんを見る。

 確かに長官室で橋雪さんは自分の代わりの監視役を依頼してるって言ってたけど室町さんのことだったのか。


 もしかして同じ人間で年が近いから?

 冷たく言葉足らずな人だと思っていたが本当は優しく気配りのできる人だったのかもしれない。監視とは言いながらちゃんと指導役を付けてくれていたのだ。

 いや、待てよ。だがあの時橋雪さんは明日からと言っていた。だから俺は何をすればいいのか分からず困惑していたのだ。

 じゃあ室町さんが三階層に来ていたのは――


「正式な指導開始は明日でしたが、三階層と職員寮への案内もありましたので三階層の長官執務室に向かっていました。その時にオークに襲われる西条さんを目撃しました」


 じゃああの時、偶然室町さんが現れて助けてくれたんじゃなく、俺を迎えに来た途中で助けてくれたんだ。

 つまりもう少し待っていればオークに襲われることもこんなところにいることもなかったわけだ。

 何も考えず勝手に動いた自分に後悔する。


 だが、室町さんは結局オークと鉢合わせてそれどころじゃなかったかもしれないから結果的には良かったのか?

 橋雪さんが職員寮に制服があることだけを伝えて部屋を出て行ったのも室町さんが来るからだった。それならそうと言ってくれれば良かったのにな。

 座席に座る橋雪さんは表情を崩さず相変わらず何を考えているかは分からなかったが、近寄りがたい雰囲気が少し薄れて見えた。


「橋雪様から新人の西条様の指導を依頼され、向かっていたところ西条様がオークに襲われているところに遭遇し助けたということですね」


 進行長が今までの発言をまとめて言う。


「その通りです」


 と室町さん。

 進行長の視線が俺の方にも向いたので肯定の意を込めて頷いた。

 その後様々な質問と詳細な状況説明を求める声がいくつか上がったが、俺に答えられる範囲は限られていた。




「事件の流れについては以上の通りです。室町様、西条様ありがとうございました」


 その後俺たちは退出を命じられた。当事者として証言のために呼ばれたのだから当然だが、終わってみればあっけなく一瞬だ。

 会議室を出る時、橋雪さんと目が合った気がした。本当に僅かの間だったから気のせいと言われればそうなのかもしれない。

いつの間にか10話を超えてました。

引き続き頑張って参りますのでよろしくお願いいたします。

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