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9.クリスマスツリーとげっぷ

 子供たちはどいつもこいつも明るく楽しそうに遊んでいる。まるで美咲が大量にいるみたいだ。こんな環境の中で育ったからこそ、今の朗らかな美咲が出来上がったのかもしれない。


 そうは言っても――


「なあ兄ちゃん、みさきせんせいのかれしなのかー?」

「みさきせんせいはオレとけっこんするんだぞ?」

「お兄ちゃんはみさきせんせいとちゅーした?」


「こらー! お兄ちゃんが困ってるでしょ! 悪い子にはケーキなしだからね! 小浦君ごめんね、子供たちはこれでも歓迎してるつもりなの。知らない外部の人が来ることなんてほとんどないからね」


「いや、別に平気っちゃ平気だけど、答えに困ることはやっぱ困るかな…… 自分で言ってて意味わかんないけど…… でも凄いバイタリティだよ。さっきからずっと走り回ってるのに疲れた様子ないもんなあ」


「まともに相手してたら疲れちゃうから無理しないでね。手伝わせようと思ってきてもらったはずじゃなかったんだけど。ホントだよ?」


「そうかもしれないけど、小野さんの人となりが知れたのは嬉しいよ。クラスメートなんて言っても知ってることなんてちょっとだけだもん。僕のことだって小野さんはほとんど知らないでしょ?」


「うん、だから後で教えてね。ちゃんと聞く覚悟は出来てるの」


 覚悟と言うのはどういう意味なんだろう。どちらかと言うと僕の方が覚悟を決めるべきだと思っていたのに、美咲の言葉を聞いてますますわからなくなってきた。おそらく美咲は僕は好意を持っていることを察している。だから告白するところを遮ったんだと思う。


 そう言いながらも後で聞くと言っているのはなぜだろう。もしかして全然違うことを想像していたらと思うと、このまま告白に踏み切っていいのかどうかがわからなくなってしまった。


 僕はひとまず休憩しようと子供たちの相手を中断し、クリスマス会の用意が進められている部屋の中へと逃げ込んだ。料理はすでに出来ているらしいがケーキはまだだと言うことで、美咲がクリームと格闘中だった。すぐそばでは『代理』の高山が合いの手を入れるように寄り添って手伝っている。


 こうしてみると十歳も離れているようには見えず、恋人同士だと言われたら信じてしまうくらいいい雰囲気だ。現に二人は『美咲ちゃん』『たかちゃん』と名前で呼び合っていて仲の良さがうかがえる。正直に言ってしまえば、情けないことに嫉妬しているということだ。


「よし! あとはイチゴを乗せるだけで完成ね。たかちゃん、手伝ってくれてありがとう。今年は凄い楽しちゃってる気がするけど、これも小浦君のお蔭だね」


「そんな、僕は何もしてないじゃないか。ただ遊んでただけ、いや遊ばれてたのかもしれないけどね」年子の姉がいるだけの僕にとって、年齢の離れた子供と遊ぶのは保育園以来かもしれない。特に走り回るなんて久し振りで本当に疲れるものだ。


「そんな謙遜しないでいいよ、たかちゃんに子供の相手してもらってたら、私が一人でケーキ作ることになってたんだもん。去年なんて出来上がったらもう暗くなってたんだからね?」


「そっか、去年を考えれば今年は楽だって言うのもわからなくないね。僕が少しでも役に立ったなら嬉しいよ。それにたまには子供に遊ばれるのもいいもんだと僕も楽しんでるからホント気にしないで」



 こうしてケーキが出来上がったところでクリスマス会が始められた。子供たちにとっては年に何度もない大イベントらしく、興奮している様子がよくわかる。


「ほらー、大人しく座ってないとケーキが配れないからね。」美咲の脅し文句は良く効くようだ。それともケーキのお蔭だろうか。やがて大人しくなった子供たちと一緒に、僕たちもチキンを食べて歌を歌って、トランプをして、それからケーキにありついた。


 大騒ぎした後は小さい子供たちを皮切りに昼寝タイムのようだ。夕方から寝始めて夜また寝られるのか疑問だけど、今日はいつもの昼寝時間に起きてたらしいから眠くて仕方なかったのだろう。


 子供たちを寝かしつけた美咲が大部屋へと戻ってきた。たかちゃん代理は一緒に寝てしまったらしく、広い部屋には僕と美咲の二人きりが残された。


「それにしてもみんな元気だなあ、こういう言い方をして失礼じゃないといいんだけど、何かの事情を抱えているとは思えないよ。きっと小野さんや高山さんが優しくて安心できる場所にしているんだろうなあ」


「それならいいんだけどね。普段はたかちゃんのご両親先生もいるんだけど、今日は別の養護園へ応援に行ってるのよ。だから小浦君が来てくれてすごく助かっちゃった。それにこう言った施設の子供たちを嫌がらずに遊んでくれたことはとってもうれしい」


「嫌がる暇もなく遊び相手にされただけだよ。きっと精神年齢が近いんじゃないかな」僕は精一杯の照れ隠しでおかしなことを言ってしまった。でもまあ、美咲が笑っているんだから完全な不正解でもなかったのだろう。


「すっかり暗くなってきちゃったけど帰りは大丈夫? つい甘えちゃって肝心のことを後回しにしちゃってごめんなさい。こんなところで言い難くなかったら今ちゃんと聞くから」いよいよこの時がやってきた。僕はドキドキしながら言葉を絞り出す。


 予定していたイルミネーションの前ではないけど、壁には模造紙にデカデカと描かれたクリスマスツリーが貼られている。これなら予定の半分くらいは達成できていると思いこめそうだ。


 そして僕はいよいよ覚悟を決めて告白を始めた。言うべきことは事前に考えて来たし、練習だってしたんだ、きっと大丈夫……


「う、うん、実は、僕は前から、その…… お、おの――」『げぷっ』―― げぷっ!? 誰だ!? まさか!?


 突然聞こえた『げっぷ』、まさか美咲がげっぷをしたのか!? いやいや今のは美咲のほうから聞こえたか? 目を丸くして彼女を見ると、向こうからも僕をじっと見つめる二つの瞳があった。


「今の…… 小浦君!? じゃないよね……?」と聞いてきた。と言うことは美咲ではない。そして僕でもないってことは――


「みさきせんせい…… おしっこお……」


 小さな邪魔者に文句は言えない。僕と美咲は驚いたまま見合って、それから揃って笑った。

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