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8.待ち合わせと先生

 時間はまだ十二時を少し回ったところだ。あまりに早く来過ぎた僕は公園の鉄柵に座ってコーラを飲んでいた。無性に落ち着けなくて走って来たから冷たいものが欲しくなり、頭をスッキリさせるために炭酸飲料を選んだのだ。僕はコーラを一気に飲み干すとゴミ箱へ突っ込み、震えながらまた同じところへと戻る。


『僕はなんてバカなんだ、脚を止めたら寒いに決まってるじゃないか』そんな感想が浮かぶくらいには木枯らしが冷たい。さらに言えば公園内にはやっぱり子供たちが大勢いるし、母親たちは立ち話に興じているおなじみの風景ときた。僕みたいな小僧が待ち合わせするには少々不釣り合いな気がする。


 さらに待つこと五十分ほど、美咲が現れたのは十二時五十五分くらいだ。なるほど、どうやら時間に正確な性格らしい。と頭の中で駄洒落を思い浮かべている場合じゃない。


「ごめんね、待たせちゃった? 出てくるのに手間取ってしまったの、寒くないかなあ? マフラー貸そうか?」美咲が巻いてきたマフラーを借りるなんて、色々な意味で出来るはずがない。


「なに言ってんの、そしたら小野さんが寒いじゃないか。それに少しくらい待ってたってたからってなんてことないってば。ほんの五分かそこらだしね」こういう時はどうしても見栄を張ってしまうもの、正直に早く来過ぎたなんて言えないに決まっている。


「それじゃいこっか、立ち話するには今日は寒すぎるもん。暖かいものでも飲みながらさ、ね?」


「うん、それもいいね、どこか手近にイイ店があるといいんだけど」と言ってはみたもののさすがにクリスマスイブである、見える範囲のカフェは表まで人が溢れていて入れそうなところは無さそうだ。きっと駅の近くと言うこともあってどこも混雑してるのだろう。


「大丈夫だよ、私についてきてくれるかな? もっとちゃんと話がしたいし、お願いしたいこともあるの。小浦君の話はそのあとに言うかどうか決めてもらえると嬉しいな」


「随分思わせぶりと言うか、もったい付けてるけどどういうこと? 僕はてっきり昨日――」


「だから小浦君からの話は全部あとなの。まずは私からって言ったでしょ」そう言って美咲は頬を膨らませて怒ったふりをした。いつぞやも見せてくれたその表情と仕草は、彼女の百面相の中でも僕のお気に入りの一つである。



 そして歩くこと十五分以上だっただろうか。軽く汗ばむくらい歩いてやってきたのは大きな平屋造りの建物だった。立派な門と広い庭、それに庭に設置されたジャングルジムのような大型の遊具を見ただけで、普通の個人宅でないことははっきりしている。


「美咲ちゃん、おかえり。それに昨日のえっと何君―― そうそう、小浦君だったね、いらっしゃい」


「ど、どうも、えっと何さんでしたっけ? 聞いてなかったかもしれないです」


「昨日は自己紹介する間もなく帰ってしまったものね。僕は高山孝彦、君たちから見たらオジサンに思われそうな二十八歳だ。ここでは代理って呼ばれているからそう呼んでもらって構わない」


 僕が美咲に連れられてきたところは、まさかの幼稚園のような施設だった。代理と言うことは代理ではない立場の人がいるってことになる。つまりここの様子を見る限り『園長代理』ってとこだろう。


「あー、みさきせんせいおかえりなさーい、どこいってたの?」

「みさきせんせい、みさきせんせい、つぎは輪投げしようよー」


 小さな子供たちが次々に美咲へと群がっていく。しかも先生と呼んでいるのだからいつもここにきていると言うことか? もしかして高校に通いながら保育士をしているだなんてそんな大変なことをしているのか? 別に体が弱くなくても倒れてしまいそうな重労働だと思うのだが、一体これはどういうことなのだろう。


「小浦君、驚いたでしょ? 子供たちは先生って呼ぶけど私は週末や祝日にちょっと顔出すくらいなんだけどさ。でもここの子たちにとって大人はみんな先生なんだよね」


「なるほどそういうことか。いや待って? だって今日は土曜日だから幼稚園でもやってるんだろうけど、日曜とか祝日にも来てるの?」


「うん、休みの日は大抵来てるよ。それとここは幼稚園じゃなくて児童養護施設なの。知ってるかな? 様々な事情がある子たちが暮らすとこってこと」


 日々何不自由なくのほほんと過ごしている僕でもそれくらいは知っている。親が亡くなっただけでなく、事情があって離れるしかない子供たちが集まって生活している施設のことだ。


 だがそんなことよりも、僕はその後に続けられた美咲の言葉に一番驚いていた。


「そして私の育った家でもあるんだ」


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