4.涙と妨害
夢見が悪い朝ってのはホント最悪だ。今日が学園祭じゃ無ければ学校なんて休んでしまいたいくらい憂鬱で、僕は重い足取りで学校へとたどり着いた。
なんと言っても告白に失敗する夢だ。リアル過ぎて、目覚めた時には脂汗を掻いていたほどである。まさか正夢じゃないだろうな、などと余計なことを考えてしまい、今日告白するつもりな僕の決意を鈍らせてくる。
「おはよー、今日もがんばりましょーかね~」僕は教室の扉を開けながらクラスのみんなへと挨拶をした。これだけでも自分が変わった、変えられたと実感できる。
だが学園祭二日目を迎えて盛り上がっているはずの教室は、なにかおかしな緊張感に包まれていた。いったい何があったって言うんだ!?
「ちょっと小浦君! それどころじゃないんだってば! 美咲が! 美咲が倒れちゃったんだから! どうすんのよ!」
「おいおい、あんまり無理させるんじゃねえよ、あいつ体弱いんだよな」
「男子なんだからリードしてあげなきゃダメじゃないのよ!」
朝一でみなから責められて頭が余計に回らない。それよりもなんて言った!? 美咲が倒れただって? そんなバカな、いや昨日から調子は良くなさそうだったよな。だから先に帰るよう言ったのになんてこった! どこに行けばいいんだ? 病院か? 救急車を追いかけるべきなのか!?
「ちょっとコーラ君! しっかりしないさいよ!」混乱で呆然としていると、女子のリーダー格である中野が近寄ってきて僕の両肩を掴んで揺さぶってきた。そのおかげで我へ返った僕はようやく言葉が出るようになった。
「そ、そ、それで、小野さんは? 大丈夫なの? どこへ運ばれたかわかる?
「落ち着きなってば、そんな大げさな話じゃないからさ。別に運ばれてなんかないよ。今は保健室で休んでるとこ。でも今日の学園祭では動けないと思うよ?」
「そうそう、美咲が倒れたって言っても貧血程度だからそこは大げさに言ってゴメンだよ。でも人手が足りなくなるでしょ?」
「昨日みたいにあっちこっち行ったり来たりするならみんなで手分けした方がいいんじゃねえか? 昨日二人にまかせっきりにしたオレらにも責任あんじゃね?」
なんだろう、これが一体感、団結ってやつなんだろうか。こんなに頼りない僕をみんなが気遣ってくれるなんて思ってもいなかった。とりあえず美咲の様子を見に行きながら考えをまとめるんだ。僕はそう言い残して保健室へ向かった。
『小野さん、起きてる?……』もし寝ている場合を考えて僕はそおっと声をかけた。
『小浦君? 起きてるよ、入って大丈夫、私……』
カーテンをめくってベッドの側へ行くと、美咲の顔はやはり青白く具合が悪そうである。それよりも気になったのか目元が赤く腫れぼったくなっていることだ。もちろん寝不足とかそう言うことではなく、今の今まで泣いていてんだろう。
「ごめんね…… こんな忙しい時に役立たずでホントごめん…… せっかく文化祭で小浦君が楽しんでくれてたのにね。こんな自分が情けなくて情けなくて……」
「大丈夫だから泣いちゃダメだよ。小野さんが悪いわけじゃないんだからさ。二人でやってた実行委員なのに、相方の体調をちゃんと把握できなかった僕の責任だ、ごめんなさい」
謝ったからと言って体調が良くなるわけじゃないのはわかってる。でも僕は黙っていられなかった。美咲が責任を感じていることは痛いほど伝わってくるし、役目を果たせないことは許せないたちだろう。だからこそ彼女の負い目や重圧を軽くしたかったのだ。
それでも美咲は再び泣き出した。声を上げるわけではなく、全てを呑みこみ、こらえながら顔を押さえて肩を振るわせている。それはまるで自分だけで全てを抱え込むべきだと考えているように見えて、僕はとても悲しくなった。
なんと声をかけたらいいのだろう。どうにもうまいことが言えそうにない。かと言って気休めだけで去っていくのも情けない。なんで僕は賢くも有能でもないんだろうか。せめてこの瞬間だけでもなにか思いつければいいのに。
「あのさ、今日はとにかく休んでクラス展示が成功することを祈っててよ。それだけで十分みんなのためになるし、役目を果たしたことにもなるんじゃない? だからそんなに泣いて自分を責めないでほしいんだ」僕は、今言えること、少なくとも本心を精一杯を並べてみた。
「小浦君って優しいよね。とってもいい人。私……」なんだか良いとも悪いとも言えない雰囲気になってきた。男にとって女子にいい人と言われるのは必ずしも好ましいとは限らない。いい人よりも好きな人と言って欲しいからだ。
だけど美咲の言葉のため方は、その後に何が続くのかと期待を持たせるような行為だと感じる。さりげなくは言いづらい、こんな時だからこそ言える言葉とは一体、そう考えると期待してしまうのは仕方がないが――
「うん、僕はいい人だから信用してよね。ちゃんとやりきって報告に来るからさ。もし早退するなら夜にでも連絡するって約束するよ」
だけど僕はあえて美咲の言葉を待たず、邪魔をするように話しかけた。なぜかと言うと、万一、そう、万が一にも美咲が僕に好意を伝えてくれるようなことがあったら、それはつまり僕が告白すると言う決意が打ち砕かれてしまうからだ。
それにどう考えても好きになったのは僕が先なんだから、気持ちを伝えるとしたら先に言わなければ失礼だ。そしてもう一つ、今美咲が僕へ告白なんてするとしても、それは弱気になっていることで口に出してしまった事故みたいに思える。
だから僕はあえて美咲に最後まで言わせないようにしたのだ。それがどういう結果に繋がるのかはまだわからないけど、少し元気になった美咲は納得してひと眠りすると言って布団へ潜りこんでくれた。