2.学校行事と実行委員
あの日以来、僕たちは良く話すようになっていった。勉強のこともそうだけど、好きな音楽や食べ物の話、読んだことのある本や良く行く店だとか、たまには親の愚痴をこぼし合うこともあってホントさまざまである。つまりそんな話ができるくらいに親しくなったってことだろう。
なんせ席が隣なもんだから授業の合間や昼休みにも話すことが増え、僕は前から変わらない想いへさらに重ねていくように、美咲のことがもっともっと好きになっていった。一方で、美咲が僕をどう思っているのかが気になり始めていった。
それでも何も変わらず数カ月が過ぎた。変わっていないと言うことは、告白したり付きあったりはしていないと言うことだ。だが二人でいることが多くなっているのは誰の眼からも明らからしく、ちょくちょく冷やかされることもある。
すると美咲は「ホントに付き合ってるわけじゃないんだからー」と否定するもんだから、僕の心はその度にトゲが刺さったみたいにチクチクするのだ。やっぱり脈無しなんだろうかと思ってしまい、ここ最近に頭を悩ませることの一つだ。
だからと言って現状に不満は無い。もっと以前には話しかけることもできない高根の花だったのだ。それから比べれば今のなんと幸せなことか。野外教室の班分けでは一緒になれたから退屈な史跡巡りなんて楽しいデート気分だった。
練習ですらかったるくてキツイ体育祭も楽しみになり、練習だってもっとやりたかったくらい。それでもフォークダンスでは手を繋き、手汗が気になって振付を間違えたし、二人三脚はペアで肩を組むことになり、彼女の香りが僕を惑わせてまっすぐ走れなかった。
今まで義務的に参加してきた学校行事が、美咲といるだけでこんなに楽しいと感じるなんてまるで夢のようだ。とにかくなにか行事が来ないかが楽しみで、何度も生徒手帳をめくるなんて初めての経験だった。
そして次にやってくるのはいよいよ学園祭だ。高校生にとって最大級のイベントであろう学校行事だろう。無機質な校舎もかったるいと敬遠したくなる体育館も、普段とは全く異なる表情を見せる。これだけは僕だって毎年楽しみにしているくらいなのだ。
そんな学園祭が迫り学校中が浮足立ち始めたある日、いつものように登校すると何人かが美咲の席へ集まって相談をしていた。
「あ、おはよう小浦くん、何か好きな食べ物ってある?」
「朝っぱらから何の質問? 朝飯何食べたかとかならまだわかるけどさ」
「いいからいいから、なんでもいいから言ってみてよ。ちなみに私はわらび餅だよ。だから別のにしてよね」
「うーん、よくわかんないけど、それじゃあ―― 焼き芋かな」すると周囲からブーイングまがいの反応が起きた。
「なんで焼き芋!? 男子なのに珍しい」
「スーパーの入り口で匂いに魅かれちゃうタイプ?」
「まあ小浦だから仕方ねえな、納得だよ」
その『僕だから仕方ない』との言葉は、例の事件がいまだに忘れられていないことを意味している。そして美咲に目をやると僕を見てほっぺたを膨らませてた。やべ、めっちゃかわいい、と思ってる場合じゃない。美咲にしてみれば掘り返されたくない過去だったはずのについ口が滑ってしまった。
「そんでこれは何のアンケートなわけ? それとも占いとか?」適当なことを言って話を逸らせようと思った僕は、美咲の態度についてもう一つ気が付いた。たったいま怒っていたはずの態度、その直後なのにすでにいつもの笑顔に戻っていると言うことだ。
僕は理由がわからないまま美咲を見つめてしまった。すると視線に気付かれたのか、こちらに目をやってから舌をペロッと出してのアカンベーから笑みを見せてくれる。つまり怒ってはいない? 素振りだけってことなんだろうか、まったく女心は難しい。
結局そのまま一日が終わろうとしていた。授業が終わったころにはボクもすっかり気にならなくなっていたし、どちらかと言うと、美咲が見せた怒ったふりとその後のおどけた笑いが見られて良かったくらいである。
残りは最後のロングホームルームだけ。担任が連絡事項等々を伝達してようやく下校時間となるわけだ。ロングとは言ってもどうせ今日も大した話もなく終わるのだろう、と僕は能天気に考えていた。しかし――
「よし、それじゃ今日は学園祭の実行委員を決めようか。まずは立候補いたら遠慮なく、推薦でもいいからな? 毎日の帰りが一時間ほどは遅くなってしまうだろうからその辺りを考えてくれよー」
「小野小浦で」「美咲と小浦君がいいでーす」「みさきちとこーら賛成」「美咲ちゃんと小浦で良くね?」「小野さん小浦君ペアがいいと思います」「いつものー」
なんだか示し合わせたように、僕と美咲を推薦する声が聞こえてきた。はっきり言って驚いてるんだけど、美咲を見るとそんな様子はない。それに嫌がっている風でもないみたいだ。僕としてはもちろん美咲がいいなら大歓迎である。
こうして僕と美咲は学園祭実行委員に決まった。