11.あだ名と軽トラック
見合っている二人は当然自分の顔を見ることができない。それでも僕は今、自分がどんな表情をしているのかわかっていた。恥ずかしくて真っ赤になった顔をしながらも、せめてもの抵抗のつもりでいらずらっ子の顔を真似しているのだ。
その効果があったのかどうかはわからないが、それとは別に、美咲に向かって小さい子供みたいと言ったことはあながち間違いでもないはず。それを証明するかのように美咲は、どうどうと開き直って言い返してきた。
「私はどうせ子供ですよーだ、でもいいの、そしたら『ゆうとおにいちゃん』に遊んでもらえるからね。そうでしょ? 悠斗君」
「えっ!? そうさ、もちろん、えっと…… 美咲ちゃん…… そうだ、嫌でなかったら僕も『みさきち』って呼んでもいい? あれカワイクて気になってたんだよね」
「えー、カワイイのかなあ。中学からの友達はそう呼ぶんだけど、男の子みたいでおかしくない?」
「全然そんなことないってば。めっちゃかわいいよ。あだ名つけられるってのはそれだけ仲いい子がいる証拠だし、名前を呼ばれる機会が多い人気者ってことでもあると思うんだよね」
「小浦君、悠斗君はあだ名で呼ばれたことないの? やっぱコーラ君になっちゃう?」美咲は痛いところを突いて来て、僕はそのまま頷いた。
「じゃあ悠斗君って呼ぶね。ちなみに私は小学生の頃『妹子』って呼ばれてたことあってちょっとヤだったなあ」ああ、これは小学生あるあるだ……
「確かにそれはちょっといやかもしれないなあ。小学生ってやつは全く…… そう言えば学校と言えば気になることがあって。誤解しないでほしいけど盗み聞きしたわけじゃないんだよ?」
「盗み聞きってなんのことだろう。きっと私のことなんだよね?」
「うん、実はさ、引っ越しのことなんだけど…… せっかく、その、付き合うことになったわけだし、僕は遠距離恋愛でも全然大丈夫さ。だから引っ越してからもずっと仲良くしてもらいたくて……」
「ええっ、悠斗君引っ越すの!? いつ? どこらへんに?」想像もしていなかった美咲の答えと驚きように、僕は驚き返すことができずぽかんと呆けてしまった。一体これはどういうことなんだろうか。
「いやいや、聞いちゃったって言ったよね? みさきちは引っ越しちゃうんでしょ? 信州かどっか、空気のいいところにさ?」
「ああー、あの話のこと! んとね、私って呼吸器系の持病があるから、連休とか夏休みには療養に行っているの。でもただ遊びに行くんじゃなんか良くないでしょ? だからパパのつてで養護施設があるところを選んでお手伝いさせてもらってたんだー」
「えっ!? まさかそれだけ? でもだったらなんで行き先を探してるの? 今までも療養には行ってたってことじゃない?」
「それは今まで行ってたとこは都心よりはマシだけど、それほど空気が綺麗な場所でもないからって。なかなか療養所と養護施設が近いところって言うのが見つからなくて、少し遠くまで探してくれててね。ようやくいくつか見つかったのよ」
「いろいろ大変なんだなあ、それなのにああやって働いてるわけじゃない? 偉すぎて眩しすぎて自分が情けなくなるよ。僕にも何かできそうなことってあるなら手伝いたいな。いきなりあれもこれもは出来ないだろうけど」
「そんな風に言ってくれたの悠斗君が初めてだよ! 大体は私の境遇聞いて引いちゃうし、そうじゃなかったら遠目から同情するのが当たり前だったもん。やっぱり優しいよね。子供たちも優しい人はちゃんと見分けつくんだから間違いないよ」
「優しい、かなあ。言われて嫌な気はしないけど、優しいだけの男はダメってよく女子が言ってるじゃない? なんだか複雑な気分だよ」これは僕の正直な気持ちだった。もしかしたら付き合ってる場合には当てはまらないのかもしれないけど、そんなこと僕がわかるはずもない。
「確かに良く聞くし自分で言っちゃうこともあるけどね。あれは優しい『だけ』ってことで、ようは取り柄がないってより、自分の好みじゃないって言いたいだけなんだよ。だって見た目が好みじゃないなんて断り方しにくいでしょ?」
「そういうもんなのかなぁ。ん? と言うことは、僕のことは――」そこまで言いかけたところでまたもや邪魔が入ってしまった。
『い~しや~き、いもー、や~きたて~えー、やーき、いも~、あっまくてやっきたってほっかほかー、いっしやっきーいもはーおいもっだよ~』
もちろん僕たちの会話は中断され、ゆっくり走っている軽トラックに気持ちを持ってかれてしまった。