連綿たる欠陥
俺は幼少から物をよく壊してしまう体質であった。保育園の頃からおもちゃや傘、携帯ゲーム機などを壊し、小学校で多くのモノに触れる機会が増すと、より多くのものを壊すようになる。ランドセルをはじめ、パソコン、扇風機、冷蔵庫、洗濯機、などの高額な家電でも触ってしまうと動作不良を起こしてしまうことから母や周りからは
「力加減がおかしいんじゃないの?もっと普通に扱ったら壊れることないのに」
「傍から見てると乱暴に扱ってるようには見えないのに不思議。何か家電壊しやすい体質の人っているよね」
「家電以外の物も壊してるからやっぱり何か意図的にいたずらしてるんじゃない?」
と様々な噂が流れた。
シャープペンシルは1日で使えなくなるので鉛筆しか使えない。水道やトイレもそれぞれ年に4,5回は詰まらせる。友人の家に行った時にも新型のゲーム機や、玄関ドアを不能にしてしまった事から喧嘩に発展してしまった。小学校高学年から中学の頃には俺の心の方が随分と擦り切れた。先生や友人、母からですら距離を置かれ、物をわざと壊すとレッテルを貼られる。発達障害だか自閉症スペクトラムだかで病院にも何度も連れていかれた。周囲の悪評に追従する形で俺は家の壁や様々な物、同級生を殴り自らの意志で物や関係を壊すようになっていった。
底辺の高校に入る頃には色々な事に諦めて、友人を作らずに上辺だけの付き合いで学校生活を送る。あらぬ嫌疑を掛けられる事もそれらを晴らす事も引き受ける事も疲れてしまっていた。以前の悪い噂を知っている同級生も同じ高校におり、悪評を流され周囲から避けられているがむしろそれに助けられた部分もあった。しばらく人と関わらずに過ごしていく内に、このような生活を強いられたきっかけとも言える
【物が壊れてしまう根本の原因とは?】
という事象を純粋に考えてみるに至る。
体は電気信号で動いているので、それによって微弱ではあるが磁界が発生する。その磁界が強く出る人や生態電流そのものが顕著に出て電化製品に影響を与えやすい人がいる。また、手汗をはじめ汗が多く出る体質で家電をショートさせてしまう人もいる。家の立地条件が問題で湿度が高くなりやすい家は家電が壊れやすいなどもあり得る。
…ただし、自身の壊してきたものに傘やドアなど電子機器で無いものがあるので、単純に扱いや力加減が雑だと言われてきたそれなのだろうか?ただし、自身の体感では気を付けて扱っていても無数に作動しなくなった物があるので、力の向きや大きさの問題では無いと判っていた。生態電流は分からないが、汗もそうかく体質ではない。上記のいずれでも無いとするとお手上げである。
高校を卒業しマグロ加工の工場に就職する。ツナ缶の製造や検品、自社製のマグロの栄養サプリ、捌いて近所の寿司屋やスーパーに素材を卸すなど、マグロに特化した企業だ。この会社では俺の悪い噂を知る人物はいない。直属の上司にだけはこの体質を理解してもらっていたので、機械類に近寄らないよう仕事を組んでくれていた。作業場に至るドアも触らずに済む自動ドア。マグロの加工や缶詰を詰めたりする作業ではトラブル無く仕事を続けられた。
父は俺が8歳の時に亡くなっていた。生前の父はあまり俺との絡みが無く、朝早くに仕事に出掛け、夜遅くに帰ってきていたのでやり取りする機会は極端に少なかった。俺は働き始めてからそんな父の事をたまに思い出すようになっていた。
小さい頃の父からの教え
「お前は坊主にしていろ。髪の毛を伸ばしているヤツは信用されないぞ。」
父はずっと坊主であり、当然遺影の写真も坊主。俺は是も非もなく坊主にされたのだが、今もそうだが特に髪形に拘りがある訳ではない。家で母がバリカンでものの5分で刈ってくれたのが楽で気に入ってすらいた。野球や柔道をやる訳でもなかったが髪形はずっと坊主。
この会社に就職できた決め手。実は社長や面接官が坊主の俺に好感を持ったからだ。と入社してから耳にし、亡き父に感謝していた。
就職し、独り暮らしを始めたものの、やはり家電や各種の日用品は相当に気を付けていても壊れる時は壊れる。謎の体質に苦しめられ続けた事で、休日に一人旅ついでにパワースポット巡りや御朱印集めをするという趣味に行きついた。意味不明な不幸には意味不明な幸運で対処。効いているかは確認のしようが無いが、ネットでパワースポットを調べて巡り、謎パワーをもらえている事でこんな俺でもトラブルなく仕事を続けられているのだろうか。
とある週末、江戸時代に存在した刑場(処刑場)跡がパワースポットでもあるとネットで見かけて訪れている。程近くに刑場と縁のあるお寺と御朱印、そして供養のための石碑が建てられているようだ。
ネットの噂ではパワースポットである一方で奇怪な心霊現象も多数確認されているようだ。この刑場では数十万人もの人物が処刑されており、パンフレットによると冤罪と分かっていながらも刑を執行していたというケースが膨大にあったようだ。処刑法も残虐なものが多い。斬首や、磔して槍で幾度も突く、火あぶりなど処刑法は多岐にわたった。俺の中にも暴性は残されているのだが、実際に当時使われていた処刑台の石や血を洗い流す井戸を目にすると厳かな気持ちになる。普段回っている神聖なパワースポットとはまた違う気持ちが芽生え、これはこれで得るものがあったと感じた。
その後、程近い刑場に縁のあるお寺に向かい御朱印帳に御朱印を貰おうとしたところ、
住職に「あの、もし。」と声を掛けられた。
そしてお寺の関係者以外立ち入り禁止の看板を越えて、部屋まで案内される。要は住居部分であり流石にお寺と言う事で和の住宅ではあるが生活感のあるリビングに通される。先ほどまでの厳かな気分がある意味台無しであったが、おいしいお茶とお茶菓子を出されたのでそれらを美味しくいただく。そして住職が口を開く。
「いや~。突然申し訳ありませんね。あなたは観光でここに来られたのですよね?この近辺に住まれている方ですか?」
「いえ。電車で3時間ちょっとかけてここまで来ましたので家は200km程は離れていますね。」
「あら。そうでしたか。なぜこの刑場跡にいらっしゃられましたか?」
「普段の休日でしたらパワースポットを中心に回っているのですが、今回は本当にたまたまです。ネットサーフィンしてて興味を持って。もちろん、このお寺で御朱印を押してもらえるというのもありましたけどね。」
「ふむふむ。そうでしたか。」
「で。住職さんは何故俺をこの部屋に?まさか処刑されるなんて事はないですよね?ふふっ」
「ぷっ。あっはっは。そんなそんなまさか。むしろ髪形も坊主ですし、お坊さんになってもらいたいぐらいですよ。私も処刑に関しては似たような小話を檀家さんの前ですることがありますね。
……で。え~。本題ですね。私があなたに伺いたいことがあったのです。」
「はい。」
「あなたはこれまで不遇の人生を歩まれてきましたね。おそらくあなたをこのお寺に導いたのはあなたの守護霊です。あなたの今後の人生の一助となるべく私とあなたを引き合わせてくれたのでしょう。」
「俺が長く幸せで無かったのは事実ですね。しかし、俺なんかに守護霊のような存在がいたことは驚きです。でもパワースポットを巡るような趣味をしていますが霊的な現象に関しては、、、え~、実は半信半疑と言ったところなのですけどね。」
「ははは。分かります。私も強い霊感はあると自負していますが、霊視=幻覚の可能性も捨てきれませんからね。ただやっぱり立場上、しっかり断言しないといけないのが辛い所です。霊が嘘を吐いたことで、伝えた私が嘘を吐いたことにされるのがやっかいですね。私が嘘吐きと非難されているところを、その嘘を吐いた霊が見て笑っているんですよ。速攻成仏させてやろうかこの野郎ってね。あ。これは小話の一つです。
…おっと、また話が逸れるところでした。まぁ守護霊はあなたが小学生の頃に亡くなったお父様ですよ。」
「おっと。これは本物なのでしょうね。時期までよく分かりましたね。」
「あなたのお父様が嘘を吐かない真面目な方で良かったです。まぁ、あなたにそっくりな出で立ちでしたので間違いなく近い血縁なのは分かりました。」
「あはは。坊主ですしね。」
「そうですね。髪形もそうですが雰囲気もウリ二つです。そしてあなたへの愛情も思念となって私にバシバシ伝わってきていますよ。」
「ん~。私自身はあまり父親と関わった記憶はなかったのですけどね。」
「あなたのお父さんにもあなたと同様に、周りの物を動作不良にしてしまう呪いがかかっていたようですね。」
「えっ!?」
「ごほん。えー、、その原因はあなたの父方の先祖。遠く江戸時代まで遡ります。あなたのご先祖様は御様御用と呼ばれる職に就いていました。この刑場で罪人を斬る仕事をしていたようです。人間の胴体や首を斬るには非常に優れた業物の刀と秀でた技量が必要であると言われています。そして、あなたのご先祖様は一際に図抜けた方だったようですね。
江戸時代は平和な時代だなんて言われてますけど、おそらく日本の有史以来、最も人を直接殺したのがあなたのご先祖様その人です。その数ゆうに1万人以上。一振りで七人の胴体を両断する七つ胴という称号は刀とともにあなたのご先祖様への二つ名だったようです。そちらにお持ちの資料にもあるように冤罪の多かった時代。その背景には処刑された体の部位が薬になったり、歪曲した人体の収集家に高く売れるという事もあったのです。奉行所での冤罪の裁定に不服を申し立てるも、即日の斬首ということも…。恨みの情は不運にもあなたのご先祖様にも多く向いたのでしょう。おびただしい邪悪な怨嗟はあなたの血脈に渦巻いています。その根源となったこの地を訪れた事で今日からしばらくは極大に影響が出るかと思いますので注意してください。」
「…………」
「さて。では明確な解決策を示せない事は申し訳ありませんが、どのような事があなたを困らせているかに関しては説明できます。」
「はい!教えて下さい。ずっと、、、、ずっと人生を狂わされているのです。」
「人です。」
「はい?」
「あなたの触れた物に、処刑された人物の毛髪、肉片、骨片、臓器、体液が挟まっています。」
「……えっ!?」
「ドアなら鍵穴や継ぎ目に、傘ならボタン部分や可動部の周辺、シャープペンシルのノックの部分ですね。家電などは内部に臓器の一部や体液などが混入してしまってはそれは故障してしまいますよね。あなたのお父様が坊主であったこと、あなたに坊主を勧めたことも、髪の毛の混入でいらぬ疑いを掛けられないようにするためだそうです。」
帰り道。俺は電車に乗りながら色々な事を考えた。
今も俺の不幸を願って過去の怨霊が俺の周りに渦巻いているのだろうな。
こんな時に父が生きていたなら相談できたのに。
その父もはたして死因は何だったのだろうか。母からは病死と聞かされたのだが。
住職から話を聞けたことは確実に俺の人生の転機となる。
マグロ加工の仕事。これまでにどれだけの人に人を食べさせたんだろう…。
今、俺が電車に何かすればこの電車に大事故を起こせてしまうのだろうな。
ふ。
ふふふ。
ふふふふふ。