願望
あの時はまだ師匠がギルドマスターじゃなくて現役で魔物を狩りに行くのが日常的だった。
魔物というのは普通の動物とは違い魔素を体内に溜め込んだ生き物である。
他の動物よりも力強くしぶといのが当たり前でスキル持ちじゃないと倒せないのが常識だ。
そんな中、俺は誕生日だということで今でこそ立ち入りを許されているが当時は近づくことすら禁止されていた森へサラと一緒にダインに連れて行ってもらっていた。
初めての森ということもあって、はしゃいでいた俺とサラにつられてか普段は静かな森の入り口付近にも関わらず魔物が現れたのである。
<ゴブリン>
最もポピュラーでありスキル持ちではない人達が特に恐れる魔物である。
力などは弱いためスキルの持たない人でも倒せる魔物であるが、基本的に群れで襲ってくるため少しでも油断するとスキル持ちでさえ一瞬で命を失ってしまう魔物。
そのため、いくら倒せるとはいえ見かけたら全力で逃げるように言い聞かされるのが普通である。
ただその時出てきたゴブリンははぐれだったのか1匹であり、ダインは俺達に魔物を倒す瞬間を見せてやると言ってゴブリンをスキルで倒したのだった。
それを見てすごい!と俺達が興奮したのがまずかった。
まるでその時を狙ったかのようにゴブリンの群れが現れたのである。
その数7。
いかにスキルが使えるダインとはいえ一撃で倒すのは厳しい数。
流石と言えるのはその数を見た瞬間に俺達へ逃げろと叫びながらもゴブリンへスキルを放った判断力だ。
確かにゴブリンは全滅した。
ただその死に際にゴブリンから放たれた矢が俺達へ飛んできたのである。
俺は無我夢中でサラを庇った。
何故そんな行動をとったのか。
あのときはいくら考えても分からなかった。
それでもサラだけは守りたいと思いサラの前に立ったのだった。
そして気がついた時には村のギルドで治療を受けていた。
あとから聞いた話だと俺はサラを庇って矢を左腕に受け、そのショックで気絶したそうだ。
それ以来サラは俺が何か無茶をするとうるさく怒るようになり、俺は師匠に訓練をつけてもらうようになったのである。
確かその時師匠に言ったのは…
「…サラを守れるだけの力がほしい。」
「どうやら忘れてた訳じゃなさそうだな。」
「忘れる訳がないじゃないですか。今も昔も、俺がこうやって鍛えるのはあいつを守りたいからですよ。…まぁ面と向かって言えることじゃないですけどね。」
「俺としちゃさっさとくっついてもらえると肩の荷が降りるってもんなんだがな。」
そういって苦笑いを浮かべる師匠。
「ま、覚えてるならそれでいい。さてと…そろそろお前にも教えていいかなと思うんだが、どうだ?」
「師匠、主語が欠けてます。」
「俺が教えるったらひとつしかないだろ。スキルだよスキル。」
突然そんな無茶を言われて驚きのあまり声が出ない。
スキルというのは天性の才能で成長過程で発現するのは万に一つの可能性と言われているからである。
「正確にはスキルの恩恵の一つであるアビリティなんだがな。」
「…アビリティ?」
「そう。俺がズバッと剣で切ったりしてるのはスキルじゃなくてアビリティってやつなんだよ。」
「そんなこと初めて聞きましたよ。あれもスキルかと。」
「簡単に言うと、スキルが育つとアビリティを覚えてそれによって強力な攻撃だったり、魔法だったりが使えるようになるって感じだ。」
「なるほど…。それならスキルがないと覚えられないように聞こえますが?」
「確かにそうかもしれんが試した訳でもないだろ?」
それを聞いていつもの無茶振りの予感がした俺は逃げる準備をする。
「なーに逃げようとしてんだ。軽く試すだけだろ?」
「…ちなみに、方法は?」
「当たって砕けろだ!」
つまるところアビリティによる攻撃をくらえということである。
「…いや、死にますよ。」
「大丈夫だ、加減するしお前も剣でガードすればいい。」
そういって構えをとる師匠。
これは逃げられないやつだと感じた俺は素直に防御の姿勢を取った。
「そうそう、やる気になればできねぇことはねぇってのを見せてみやがれ。」
「直撃は止めてくださいね?流石に流せる気がしないので…」
「さてそれは気分しだいってことで…んじゃいくぜ!'スラッシュ'!!!」
そういって放たれたのはシンプルな横切り。
あの時のゴブリンを一撃で倒した技。
アビリティの恩恵なのか普通なら絶対に届くはずのない距離で斬撃が飛んでくる。
…しかも直撃コースである。
「師匠やりすぎです!!」
そう叫びながらもなんとかして受け流そうと体勢を整えられたのは訓練の賜物だと思う。
ガッッッ…
そんな鉄と鉄がぶつかる音と今まで感じた事のない衝撃を感じながら俺は意識を失った。