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シリーズ化した短編

「お姉様だけズルい」が口癖の妹の可愛いワガママ

「お姉様だけズルい」

 それがメリッサの口癖だった。


 口を開けばズルいズルい。

 ケーキが食べたい。ドレスが欲しい。アクセサリーが欲しい。

 魔法の言葉を口にすればなんでも手に入ると思っていた。


 実際、両親は末っ子のメリッサには甘かった。私もそう。五つ年下の妹が可愛くてたまらなかった。お兄様の溺愛なんて凄いものだった。

 お兄様があまりにもメリッサだけを可愛がるものだから、私は周りから可哀想な子だと誤解されることもしばしば。


 それでも実際は違うのだからと、嫌な噂なんて知らないフリをしてきた。



 転機が訪れたのは私が十五歳のころだった。

 婚約者のジャック王子が私を家に送ってくれた時、たまたまメリッサが外でお茶をしていた。彼は今までも何度か屋敷に来ているが、滞在時間は短い。城で会うことの方が多かった。


 メリッサがお茶会以外でジャック王子と会うのは初めて。彼を一目見たメリッサはお得意の言葉を口にした。


「お姉様だけズルい。ズルいズルいズルい」


 メリッサの言葉に、ジャック王子は目を丸くした。けれど彼もまたメリッサの噂は耳にしていたので、すぐにいつもの優しい微笑みを取り戻した。そしてズルいズルいと首を小さく振るメリッサに問いかけたのだ。


「何がズルいんだい?」

「格好よくて優しそうなあなたに愛されるお姉様はズルいわ。私だって愛されたい」


 驚いた。てっきりズルいズルいと繰り返されると思っていた。ジャック王子は花束を手にしており、それが欲しいのだと。


 けれどメリッサは花束なんて見ていない。幼いながらに胸を張り、真っ直ぐにジャック王子を見据えていた。


「君だって家族から愛されているじゃないか。シンディがよく君の話をしてくれる。私からしたら、生まれた時からずっとシンディの側に居られる君の方がズルい」


 ジャック王子は膝を折り、メリッサと視線を合わせる。そしてわざとムスッとした顔を作り、メリッサに合わせた言葉を紡ぐ。


 そんな姿に胸が温かくなるのを感じた。彼は誰にでも優しい人だ。いつだって大人びていて、私は自分の子どもっぽさに落ち込む時もあった。けれど彼はそんなこと、気にしていないことも知っていた。婚約者である私を大事にしてくれていることも。


 そして今、私が大事にしている妹とちゃんと向き合おうとしてくれているのだ。それが嬉しくてたまらない。口をぎゅっと結び、頬が緩みそうになるのを必死で我慢する。


「そうだけど……でもあなたはこの先ずっとお姉様と一緒にいるじゃない。婚約者っていうのはずっと一緒にいるためのお約束なんだって、お父様言ってたもの」

「そうだね。私は十八になったらシンディをお嫁さんにもらう。その先は公私ともにずっといられる」

「私だって家族以外にも愛されたい。お父様もお母様もお兄様もお姉様も私を愛してくれるけど、一番じゃないもの。お父様とお母様の一番はいつだってお互いで、お兄様とお姉様の一番はすぐに変わってしまうの。ズルいけど、あなたはお姉様を愛しているってひと目見て分かるもの。……仕方ないわ」

「認めてもらえて嬉しいよ」


 まだ十歳。お茶会デビューは済ませたとはいえ、まだまだ幼い。なのにもうそんなことを考えていたのか。


 もしもこの場にお兄様がいたら、大きくなったなと肩を震わせて涙しそうだ。私も少しだけ目頭が熱くなっている。けれど妹の成長を目の当たりにしたからだけではない。今の私にはメリッサの『ズルい』が宝物のように輝いているから。同時に私がジャック王子の一番になれているという証でもある。


 真っ直ぐに王子と向き合うメリッサは、姉が後ろで顔を赤らめていることには気付かない。


「お姉様の一番を奪うあなたのこと嫌いだけど、だからって見たものを否定するほど愚かじゃないわ」

「そうか、君は賢い子なんだね」

「ええ、そうよ。いっつも褒めて貰っているんだから!」

「誰かの一番になるのは大変だよ。私だっていつシンディの心が離れていかないか心配なんだ。……ずっと一緒にいられる訳じゃないし、王妃になるための勉強は大変だから」

「なら私もお姉様と同じ勉強をするわ!」

「え?」

「メリッサ、私が受けているのは王妃様になるためのお勉強で、あなたが思っているより大変なのよ」



 お勉強嫌いのメリッサには難しい。明確な目標もやらなければいけない理由もないのだ。同じ家格の令嬢と同じ勉強をすればいい。それだってこなすのは大変なのだとつけ足そうとする。けれどメリッサの意思は固いようだ。ズルいズルいと首を振る。


「お姉様だけズルい! そうやって私を遠ざけようとするのね。でも私は絶対お勉強するんだから! 大変でもいい。誰かの一番になれるなら頑張れるもの」


 その日からメリッサは変わった。

 ジャック王子との出会いが、メリッサのワガママを変えたのだ。


 少しだけ目つきがキリッとしたような気がする。早速お父様にねだってつけてもらった家庭教師の授業もしっかりと受けている。マナーや刺繍の先生が帰った後も部屋に篭もってしっかりと復習しているようだ。


 自分でも成長を感じているようで、習ったばかりのことを私に教えてくれたり、クイズ形式で出してきたりすることもしばしば。楽しそうで何よりである。


 ズルいの言葉で沢山の物を手に入れてきたメリッサは、今度だって絶対に欲しいものを手に入れるつもりだ。


 今まで甘やかしてばかりだったお兄様も手を貸すのを止め、少し離れた場所から見守っている。私もお兄様も、メリッサの純粋さと真っ直ぐな姿勢が少し眩しいのだ。



 たった一瞬で生まれた多くの課題をコツコツとこなし、着実と力を付けていくメリッサ。


 三年が経つ頃にはすっかりと適応するどころか、時間と実力を持て余すまでとなっていた。我が妹ながら恐ろしいほどの伸びしろを隠していたものだ。


 私も姉として、追い抜かされないように頑張らないとと今まで以上に勉強に励む日々。学園生活は忙しいけれど、それでも合間を縫って出来ることはたくさんある。すでに公務の一部を任せられているジャック王子よりも時間の融通は利くはずだと自分を追い込んでいく。



 そうして卒業を間近に控えたある日のこと。

 ジャック王子から城に来ないかとのお誘いをもらった。久々に丸一日休みが取れたらしい。こなすべき課題や提出物もなく、ゆっくり出来るから是非とも一緒に過ごしたいと。


 身体を休めてほしい気持ちはありつつも、やはり嬉しさが勝った。

 離れている時も私を思い出してくれますようにと願いを込めて、ハンカチに赤い糸で彼の名前を刺繍した。赤は私の髪の色だ。赤薔薇の刺繍と悩んだけど、それではあまりに主張が強すぎると恥ずかしくなって止めた。


 私には糸を使うくらいが精々で、それでも何もない日にハンカチを贈るなんて変に勘ぐられやしないかと直前まで悩んでいる。両手でハンカチを掴み、悩みに悩む私の元にメリッサがやってきた。


「お姉様、今日はお城に行く日よね?」

「そうよ。メリッサもどこかに行くの?」

 今日のメリッサは気合い十分。お気に入りのドレスにお気に入りのリボンを付けてめかし込んでいる。少し前まで似合っていた服とリボンだが、最近勉強マナー手習いばかりで大人びた目をするようになったメリッサには少しだけ浮いてしまっている。だがそのアンバランスさもまた妹の成長によるものだと思えば愛おしい。


「私も行くわ。今日はお休みをもらったから、ジャック王子から話を聞くの」

「話?」

「これからの方向性を決めるために必要なことよ」

「メリッサも行くなら、先にジャック王子にお伺いを立てないと……」

「すぐ帰るからいいじゃない。それにあの人ならきっと、お姉様のお願いは何でも聞いてくれるわ」

「これは礼儀の問題なの。メリッサも先生から教えていただいたでしょう?」

「お姉様だけズルいわ。自分が愛されているからって余裕なのね」


 ぷうっと頬を膨らますメリッサも可愛い。だがここで折れる訳にはいかないのだ。急いで手紙を書き、使用人に託す。まだ時間に余裕があって良かった。それにいくらメリッサだって王子から断られたら無理に付いてくるようなことはないはずだ。


 連絡を待つ間、メリッサの目的を尋ねーー言葉を失った。

 本気でそれを聞くつもりなのかとメリッサの肩を揺さぶるほどには気が動転してしまった。


 そんなことをしているうちにジャック王子からは快諾の手紙が届き、メリッサは強引に私の手を引いて馬車に乗り込んだ。


「メリッサ、よく来たな。君の努力はシンディから聞いているよ。それで私に聞きたいこととは?」

「お姉様のどこに惚れているかを聞きに来たの。愛されるために努力する方向性をもう少しはっきりと決めておこうと思って」


 微笑みと共に出迎えてくれたジャック王子に、メリッサは躊躇なく本題を切り出した。


「ちょっとメリッサ。そんなこと聞かないで」


 言葉使いは今さら言っても無駄だ。どれだけ淑女教育が進んでもこの口調は直らない。


 もちろん家族や使用人以外の目があれば別だが、メリッサの中でジャック王子は自分と同等の存在だとカテゴライズされてしまっている。彼女なりの信頼の証と言ってしまえばそれまでで、ジャック王子も全く気にしている様子はない。それどころか認めてもらえて嬉しいと喜ぶ始末。


 なので言葉遣いに関しては口を挟むのは止めた。だがそれ以外は別だ。恥ずかしいことこの上ない。


 せめて私のいないところでやってちょうだい、と喉元まで出かかる。

 だがジャック王子が婚約者以外の女性と二人きりで会っていたとなれば大事になる。メリッサもそれが分かっているからこそ、私が城に行く馬車に同乗したのだ。小さな気遣いが出来るのはありがたいが、出来ればその気遣いを姉にも向けて欲しかった。


 私の願いも虚しく、メリッサから向けられるのは冷ややかな視線だった。


「お姉様は黙ってて。これは私が立派な愛されレディになるために必要なことなの」

「そうだぞ、シンディ。せっかく休みの日を使って『未来の義兄』の元まで足を運んでくれたんだ。無下にしたら悪いだろう」

「ジャック王子まで……」


 ジャック王子もジャック王子でメリッサに頼られることが嬉しいようだ。未来の義兄、のところだけ力の入りようが違った。


 二対一。多数決でもやる気の面でも私の負けだ。

 しょぼんと落とした肩は、ジャック王子に優しく抱き留められた。


「一番はやはり心優しいところだな。話していると端々に家族への愛が伝わってくるところも素敵だ。将来結婚した時、自分と子ども達がそこに加わることを何度想像したことか」


 ジャック王子はほおっと息を吐きながら語り、私の肩を抱く手には熱が篭もる。その熱は肩から首にと伝い、私の顔まで真っ赤に染める。けれどメリッサは顔色一つ変えずに一刀両断する。


「今日はそういう内なる魅力はなしでいいわ。私も知っているから」

「そうか? もっと語りたいことは山ほどあるのだが……」

「二人きりになってからにして。それより今は実践で身につけられるようなことを教えてちょうだい」

「ならやはり聡明さだろうな。特別な教育を受けていることは君も知っていると思うが、シンディはすでに三カ国語をマスターしている。また国母となるため、経営学を勉強していると聞いた日の夜は、シンディが私との将来を明確に見据えてくれていることが嬉しくてなかなか寝付けなかったな」

「なるほど、言語と経営学……。言語はお兄様もかなり力を入れていたわね」


 メリッサに触発されたのは私だけではない。お兄様も同じ。妹二人が頑張っているなら自分も、と火が付いた。次期当主として必要になるかもしれないと他国の言語と経済学の勉強に力を入れている。


 好成績で学園を卒業した者のみが入学を許されるアカデミーに入学後、その努力が認められ、近々賞をもらうことになったのだと自慢げに話してくれた。


「王妃にならなくとも言語は身に付けているだけで今後の役に立つ。国境付近の領や他国との交流が多い領の跡取りなら魅力に感じる点だろう。それに公爵の考えにもよるが、言葉が流暢に話せるようになればその国に嫁ぐという選択肢も生まれる」

「私の運命の人がどこにいるか分からない以上、可能性は広げておいた方がいいってことね」

「シンディ曰く、君の伸びしろは日に日に伸びているようだからな。今度も自分の物にしてみせるのだろう」

「当然よ。帰ったら早速お父様におねだりしなくっちゃ。……他にはないの?」

「ダンスが上手いところかな。私もシンディもまだ夜会に参加する年齢ではないけれど、ダンスを踊っている時の注目度はかなり高い。だからこそ私達王族とパートナーは幼い頃から力を入れるのだが、シンディはすでに相手をリード出来るほどの力量だ。私はずっとシンディとだけ踊っていたいが、ワガママをずっと突き通す訳にもいかない。他国からの客人や家にとって重要な相手と踊る必要だって出てくる。そうなるとダンスが上手い相手とだけ踊るとは限らない。女性は簡単に習うだけであとは男性に身を任せるだけでいいと言う人もいるが、私はダンスをマスターしていて損はないと思っている」


 細かいところはさておき、ダンスをマスターしておいた方がいいというのは私も同意見だ。


 メリッサには婚約者がいない。「運命の相手でなくては嫌! お姉様だけズルい!」との粘り強い主張にお父様が折れた結果である。


 こうと決めたらなかなか曲げない質なのは家族ならよく知っていることで、家を継ぐのはお兄様だ。私の嫁入り先も確定している。なら末の娘くらいは、と思ったのだろう。貴族の令嬢としての勉強には前向きすぎるほどで、ある程度年を重ねてからでも十分嫁ぎ先は見つかると踏んでいるのかもしれない。


 それに身内びいきを抜きにしてもメリッサは可愛い。夜会デビューから注目を集めることは間違いない。運命の相手だって見つかるかもしれない。


 いや、メリッサの場合、運命を引き寄せそうな気さえする。そのための努力は惜しまない子だから。少しワガママなところはあるけれど、真っ直ぐで真面目でもあるのだ。


「運命の人と踊る機会を逃すなんてもったいないものね! ……なるほど。勉強になったわ。ありがとう。そろそろお暇させてもらうわ」

「もう帰るのかい? ケーキでも食べて行くといい」


 ジャック王子の合図でチョコレートケーキと紅茶のセットが運ばれてくる。私とジャック王子の好物であり、メリッサもまた甘い物には目がない。けれどメリッサは首を横に振った。


「いいの。私、邪魔だから」

「え?」

「お姉様は王子と二人っきりがいいんですって」


 どうやらメリッサ同伴の許可を取るための手紙を書いたことが気に入らなかったらしい。「愛する二人の間に入ろうとする私はどうせお邪魔虫ですよ」といじけてしまっている。


 傷つきながら、それでいてしっかりと目的を遂行する辺り、我慢強くなったというか強かになったというか。


「相手のいない私にそんなことが言えるなんて、お姉様ったらやっぱりズルいわ」

「シンディ……。そんなに私を思ってくれているなんて……嬉しいよ。私も愛している。これからも時間が許す限り、共に過ごそう」


 熱を孕んだ瞳のジャック王子を横目に部屋を去るメリッサ。ドアノブに手をかけながら「あ、お土産は持ち帰ってきてね。私、いちごがたくさん載ったケーキがいいわ」とちゃっかり要望を伝えるのも忘れない。


 パタリとドアが閉まり、足音が遠ざかっていく。メリッサが戻ってこないと確信したタイミングで、ジャック王子は軽く咳払いをする。


「ところでシンディ」

「どうされましたか」

「私にだけ好きなところを並べさせるなんて、そんなズルいことはしないよな?」

「えっと……」

「私にも聞かせてほしい。君に愛されているという確信がほしいんだ」


 澄んだ青い瞳で覗き込まれ、私の中の恥ずかしさは最高潮まで沸き上がる。ジャック王子は私が『ズルい』というワードに弱いことと、彼に心底惚れていることを知っているのだ。知っていて、ほんの少しのいたずら心を添えた自らの欲を私にぶつける。


「今以上に、ですか?」

「あの子を見ると私はまだまだ欲が足りないように思えるんだ。もっと欲しがっていいのだと思わせてくれる」


 子どもみたいにニッと笑うジャック王子に胸がきゅんっと締めつけられる。

 新たな姿を見つける度、いっそう彼に惹かれていく。毎回もうこれ以上はないくらい好きだと思うのに、私のトキメキと好きが詰まった胸の許容量はいつの間にか成長して、好きの気持ちを蓄積していく。大事な大事な宝物だから、一滴たりとも逃がさないように必死なのだ。


 出来れば恥ずかしさへの耐性も身につけたいところだが、私の耐性が付くよりも先にもっと格好よくなってしまうのだから仕方ない。


 もちろん今後も努力は続けるけれど、生涯敵う気がしない。


「シンディ、お願い」

 乞うように私の手に彼の手が重ねられる。


 もう観念するしかない。恥ずかしいけれど、これも私の中に貯まっていく一方の彼の良さを整理するためのいい機会だと自分に言い聞かせる。


 ゆっくりと息を吸って落ち着いてから、空気に大事な想いを載せる。


「……私のことだけではなく、私の家族のことも大切にしてくれるところ。いつも優しい笑みを浮かべているのに、剣術の稽古をしている時だけは獲物を狩る鳥みたいに獰猛な目をするところが好きです。でも一番は、疑いようもないくらい言葉と態度で好意を表してくれるところ、です」

「シンディ……」

「私は知識を身につけるよりも前に大事な人に出会ったから、あなたに相応しくあろうと必死なんです。今よりももっともっと多くのことを吸収して、公私ともにお似合いのパートナーだって。誰から見ても素敵だと思われるようなレディになりたい」


 私にもまた欲がある。

 メリッサにも負けないくらい強くて、未来に伸びた欲望が。


「これからも私と一緒に歩いてくれるか」

「もちろんです。……あの、良かったらこれ、受け取っていただけませんか?」


 ポケットから取り出したのは刺繍入りのハンカチ。渡そうかどうしようか迷っていた時にメリッサがやってきたので、ついついそのまま持ってきていた。


 だがそれで良かったのかもしれない。こうして自分の思いを形として示せるのだから。


「名前入りのハンカチ? 赤は運命の赤い糸?」

「……私の色、です。離れている時も思い出してくれたら嬉しいな、なんて」

「ありがとう。肌身離さず大切にする」


 運命と言われると照れるけれど、婚約話を持ってきてくれたお父様には感謝している。幼かった私は将来結婚する相手に憧れなんて抱いていなかった。達観していた訳ではない。将来に意識を向ける頃にお母様の妊娠が分かったのだ。私の中では何年も先のことよりも数ヶ月後に生まれてくる弟妹の方が大切だった。


 思えば婚約話が持ち上がったタイミングと、お母様の妊娠が判明したタイミングはほぼ同時だった。もしかしてメリッサが幸運を運んできてくれたのかも……なんて考えすぎか。


 我ながら突飛なことを考えていると、ジャック王子はポツリと呟いた。


「私も裁縫を始めるべきか」

「裁縫、ですか?」

「ああ。母の趣味の一つにテディベア作りがあるのは知っているだろう?」

「はい。お洋服も王妃様が作られるのでしたよね」

「記念日や祝い事の度に新たな服やテディベアを作るのが新婚時代からの習慣らしい。シンディからハンカチをもらって、私も何か形に残していきたいという気持ちが強くなった」

「なら二人で作りましょう」

「それは良い提案だな」


 今まで服を作ったことはないけれど、ジャック王子とならきっと楽しい。

 二人でピタリと寄り添って、テディベアに着せる服のデザインを考える。紙に描いたデザインのように、彼と歩む未来は色鮮やかに彩られているはずだ。

その後、運命の相手までガッチリ捕まえるメリッサなのでした。

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