2 決意の実行
「イテテ……」
昨日の日下との死闘により右頬が大きく腫れている。
以前日下とやり合った時は停学になった。今回は停学にならなかっただけマシだと思わなくてはいけない。
俺の舎弟や周りからは日下と停学を恐れず五分以上に渡り合ったことで称賛された。
皆、体育教師の日下から理不尽な授業でのシゴキによりパワハラを受けていると言って良いからだ。
「……キーホルダーすらも見られる可能性があるな」
そう思って、心苦しいながらも昨日キーホルダーを何の変哲も無いのに変更した。
田中は気を失う前にキーホルダーを見て、何を口走ったのか覚えていないことが幸いし、俺がクマのぬいぐるみ好きだと言うことは広まっていない。
また、田中に関してはあまり先生の間でも評判が良くなく、殴り飛ばしたことは厳重注意で留まった。これはかなり運が良いと言って良かった。
「しかし……どうしたものかな……」
目下の問題は何とか乗り切ったが、これで更に職員室に近づきにくくなってしまった。
これで裏の売店に辿り着くのがより絶望的な状況になった気がした……。
「リーダー最近どうしたんですかい? 何か上の空という日が最近増えてますけど……。
何か悩みがあるんでしたら聞きますよ」
この内藤という男は、単細胞の俺の舎弟の中では一番の切れ者と言えた。
口も比較的堅い方だし多少の話をしても良いのかもしれない。
「あぁ、詳しいことは言えねぇが。今俺に欲しい物があるんだ。だが、それがどうにも俺にそぐわない物のような気がして俺には買うことが出来ねぇ……」
「そうなんですかい? まぁ、人には一つぐらい隠したいことがあるのかもしれませんけど……。
でも、そんなにイメージと違うことでしたらギャップ萌えとプラスに捉えられる可能性もありますぜ?」
「――ギャップ萌えだと? なんじゃそりゃ?」
訳の分からない言葉を言いやがった。
「ギャップ萌えって言うのはですね。普段のイメージとは違った行動をすることによって逆にその人の魅力が引き立つって奴ですよ」
「ほぉ、具体的にはどんな存在の人間のことを言うんだ?」
「いやね。俺の彼女ツンケンしているように見えるんですけど、実は可愛いところもあるんですよ。弁当とかを真面目に作ってくれてね――」
無駄に幸せそうなので、そこまで聞いたところで軽くゲンコツを喰らわせてやった。ついでに今の相談についても忘れてくれたら良い。
「そこまででいい。下らないノロケ話は他でやってくれ」
「イテテ……す、スミマセン……」
――そうか、今までと違うというのは意外と受け入れられる可能性があるのか。
どうせこのことを知るのは、あんまり言いふらしそうにない裏の売店のババアだけだし、勇気を振り絞ってみるか。
俺は職員室に堂々と入り込む。ここで大事なことはぬいぐるみを
「おい迫田! 今度は何をしに来た!」
この間殴り飛ばした辻がすかさずやって来た。俺が職員室に殴り込みに来たと勘違いしているようだ。
俺は実を言うと、時間を無駄にしたくないので学校の成績は最低限赤点を全て潜り抜ける程度には出来るので勉強のことで職員室に呼ばれることは少ない。
そのために、この職員室に来る時は暴力沙汰で引っ張られる時かこの間のように先生と戦う時だけだだからそういう印象を受けても仕方ない。
「あぁ!? 俺は裏の売店に用があんだよ」
「そ、そうか。失礼の無いようにな」
俺がガンを付けると田中は震え上がった。
だが、俺が何もし無さそうなのを見ると案外味気なく何もなく通してくれた。
なんだ、意外と小細工しなくても良かったのかよ。
こうして、実に味気なく裏の売店まで今回は来ることができた。
ちぇっ、この間は俺が無い頭を振り絞って色々な過程を経ながら裏の売店まで来たのにさ。
しかし、ここからが本番だ。絶対に買ってやるぜ。
「おい、ババア。無事に生きているみたいじゃねぇか
近頃は、この付近に珍しい人間の往来を見るもんだから、おめぇさんがてっきり死にかけて店を畳もうといるもんだと思っちまったぜ」
息継ぎをしないまま一気に言った。思った以上に緊張しているのが分かる。
「あたしゃ、死ぬまでここで商売を続けるつもりだよ。で? 何が欲しいんだい?」
「あ、あぁ……。普通の売店で売ってないのが欲しいな。だからわざわざここまで来たんだからよ」
自分で声が震えているのが分かった。そしてぬいぐるみを指し示すために腕を上げるとそれ以上に震えているのが分かった。
ど、どうせこのババア以外には誰も分からねぇんだ。ギャップ萌えと思われるかもしれないんだ。勇気を振り絞れ! ここで一時の恥で済むぞ!
「あのぬいぐるみをくれねぇか。ダチにプレゼントするんだ」
「はいよ。1000円ね」
ババアは後ろにあったクマのぬいぐるみを取ると手のひらを広げた。
この店にはお金も手渡しで行われるのだ。
「あ、ああ……」
実にあっさり買うことができた。俺のクシャクシャになっている1000円札と引き換えに、小さいながらもフワッとした感触が渡された。
くりくりとした目が照明で反射し、俺を笑って見返しているようだ。
おぉ、あの憧れたぬいぐるみがついに俺の手の中に!
「……まぁ、その表情やお前さんの趣味については言わないでおいてやるよ。」
皺くちゃな顔だったが、その笑顔は俺の母親が俺を見る時のような表情だった。
「お、おぅ……助かるぜ。このぬいぐるみはアンタが作ったのか?」
「ああ、そうだとも。この店の商品すべてがあたしの手作りさ」
「へぇ、アンタの見かけによらずによくできてると思うぜ」
体の隅々まで見まわすが、見かけがキュートなだけでなく、まるでプロが作ったかのような精巧な作りだ。
俺は丁寧に持ってきた鞄の中にしまった。衝撃などで変形しないようにするために衝撃吸収材を入れてある。
「そりゃ、ありがとよ。コアなファンがついていてくれているお陰でウチの店は成り立っている形さ」
「ほぉ、なるほどな」
随分と手先が器用なのだろう。他の商品を見ても中々の出来栄えのように見えた。
「いい加減この年になって来たから体がしんどくなってきているんだけどね。
アンタたちを見ていると孫を見ているような気分になるから元気を貰えるんだよ。
死ぬまでこの店を続けようと思っているね」
このババアも色々とイメージだけが先行していた。悪徳な商品を売りつけているとか、賞味期限が切れているとか色々な噂だった。
世間が俺を見ているように、このババアに対しても先入観があったのかもしれない。
売店が正式にあるのとは別にあると言うことで、勝手に憶測を皆で言い合っていたのだ。
「このフルーツのドリンクとキーホルダーもくれねぇか?」
俺は黄色な液体が入った瓶とクマの絵柄のキーホルダーを手に取った。
「はいよ。合わせて900円ね」
俺はジュースを受け取ると開けて一気に飲み干した。のど越しが爽やかでとても美味しかった。
「お、うめぇな。婆さん。また来るぜ」
俺はこの場所に時折買いに来て話し相手にでもなってやろうと思った。




