愛してる
扇からは絶え間なく力が放出され、それにつられるように自然と私の体も動く。
軽やかに舞い、心が弾む。
今私が舞っているのは、愛の舞。
持てる力の全てを扇に乗せて、私の想いを表現する。
頭からつま先まで神経が研ぎ澄まされてゆく。
なんだろう、この感覚。
舞うことが、こんなに楽しいなんて。
歓びに満ち溢れ、その思いが光となって私の全身を覆う。
それは天の美月からユキちゃんへと、静かに流れ込んでゆく。
石化して動くことのないユキちゃんは、光を受けてキラキラと輝き出した。
小さな猫のユキちゃんはその前にちょこんと座り、光の流れを不思議そうに眺め、視線を私の舞に戻した。
私は天の美月をユキちゃんへ向けた。
猫の額を撫でるようにぽんと触れると、光りに包まれたユキちゃんは浮かび上がってそのまま石化したユキちゃんの中へと吸収されてゆく。
ひらひらと扇を振って、胸の前でパチリと閉じ、一礼する。
舞い終えて呼吸を整えなら、ユキちゃんをじっと見つめるけれど、動き出す様子がない。
一抹の不安を覚えた私は、ユキちゃんの頬に触れる。
石化したままの彼の頬は、冷たくて硬い。
「ユキちゃん···」
私が呟いたと同時に、ユキちゃんの中心から風が流れてきたように感じた。
どんな変化も見逃さないよう、私は慌てて顔を近づける。
僅かに頬に赤みがさして、ぼんやりと遠くを見つめているようだった瞳には、輝きが見え始めた。
「ユキちゃん···」
「······」
ゆっくりとした呼吸と、鼓動が感じられる。
「ユキちゃん···」
「···み··つき」
「ユ、ユキちゃん!」
ユキちゃんが喋った!
石化が解除されたの?!
嬉しさで、涙が溢れてきてしまった。
で、でも。
少しでも視線を外したら、彼がもとに戻ってしまうんじゃないかと不安になって、私は流れる涙を拭いもせず、ただただユキちゃんを見つめていた。
ユキちゃんは深く呼吸をすると、ゆっくりと手を動かし、私の頬に流れた涙を拭い、首を傾げた。
「···深月」
ああ。
ユキちゃんがホントに私の目の前にいる。
その低い声が私の胸に響き、嬉しさと涙とで、私の顔はきっとぐちゃぐちゃになっているに違いない。
「ユキちゃん、私のところに戻って来てくれて、凄く嬉しい。ホントにありがとう」
嗚咽混じりにやっと言うと、ユキちゃんは私の頭をゆっくりと撫でながら微笑んだ。
「私こそ、礼を言わせてほしい。運命に逆らい戦い続け、元の姿に戻してくれた事、本当に感謝している。ありがとう」
「······」
そんなの、当たり前の事をしただけだよ。
と、言いたかったけど、感極まった私は何も喋ることができずに、ただ無言で首を横に振った。
「そんなに泣くな」
ユキちゃんは私の頬に口づけ、ふわりと包み込むように私を優しく抱きしめた。
優しい彼に包みこまれ、その温もりに触れ、やっと今までの緊張がほぐれた気がする。
「大丈夫、もう泣かないよ」
ユキちゃんは、ちゃんとここに居る。
そう実感し、安心して深く息を吐いた。
もう、彼が私の知らないところへ行ってしまうことはないだろう。
ユキちゃんは私を抱きしめたまま耳もとで囁いた。
「深月···愛してる」
トクンと高鳴る私の鼓動。
石化する前のユキちゃんが、伝えてくれた愛の言葉。
その言葉を再び聞くことができ、嬉しさでじんわりと心が温かくなる。
ふうっと息を吐き、呼吸を整える。
私もやっと自分の気持ちを伝えることが出来る。
「ユキちゃん、私もあなたのことを愛してる」
その言葉に反応したユキちゃんは、パッと私を解放し、まじまじと顔を覗き込んだ。
あまりにも近くで見つめられ、恥ずかしくなった私は赤面しつつ頷くと、ユキちゃんは本当に嬉しそうに微笑んだ。
その綺麗な微笑みに、目を奪われていた瞬間。
唇が重なった。
「!!」
うわあっ!
これってキ、キスっ?!
驚いて目を見開き、それこそ穴の開くほどユキちゃんを見つめてしまった。
動揺した私を見て、クスリと小さく笑ったユキちゃんは、私の頭をグリグリと撫でた。
「祭雅が世を去って、私は千年の長い時を須弥山で待った。そして、お前は私の前に現れた。式神である私は、主の傍にいられるだけで幸せなのだ。だが、主の深月と心を通わせることができるとは···。この喜びをどのように表現したらお前に伝わるのだろう?」
首を傾げるユキちゃんだけど、先程からその喜びは伝わってくる。
温かくて優しいユキちゃんの思いに触れて、私も幸せを噛み締めた。
「ユキちゃん、大丈夫···」
あなたの気持ちは、ちゃんと伝わっているよ。
そう言いかけて、ガクッと崩れ落ちそうになり、慌てたユキちゃんは私を受け止め抱え上げた。
緊張の糸が切れて、今までの疲れが一気に押し寄せ、足腰に力が入らなくなったようだ。
「ごめん···」
そう謝るとユキちゃんは小さく首を振り微笑んだ。
「無理をするな。私はいつでもお前の手となり足となる。さあ、指示を出してくれ」
そうだね。
やるべきことはまだ残っているんだ。
ここに居るみんなを無事に、元の世界へ連れ戻さなければならない。
私は頷いて、ユキちゃんや他の式神へと指示を出した。
「みんな!元の世界へ戻るよ。ツクヨミ、負傷者の保護をお願い」
「わかった」
ツクヨミは頷き、彩香をそっと抱えた。
彼女は、悠也さんの治療により、深い眠りに落ちている。
その息遣いは落ち着いており、どうやら危険な状態から脱したようだ。
「悠也さん、アマテラスと協力して異界の扉を開く準備を頼みます」
「了解!」
「任せて!」
悠也さんとアマテラスは頷いた。
アマテラスが神楽鈴をシャランと鳴らすと、大地から光の柱が昇った。
この光の柱は、この異界と元の世界とを繋ぐ道だ。
悠也さんは、鍵であるブレスレットに不具合がないかチェックし、私の手首へそれを嵌めた。
「深月、いいぞ」
「二人とも、ありがとう。みんな、私のもとへ集まって」
全員が集合し、光の柱へと入った。
私はブレスレットを高く掲げ、霊力を解放する。
ブレスレットはぱぁっと光を放ち、私達を包みこんだ。
その光は強く輝いて、世界は白一色になった。
どのくらいの時が経ったのか、光が落ち着き、私はゆっくり目を開けてみる。
そこは、大会のメイン会場であるドームの中で、異界の門の大穴が目の前に見える。
「も、戻ってきた···」
長い長い旅から戻ったような、懐かしさを覚えながら、私は辺りを見回した。




