月雅の想い
天の美月から流れ出る光は、月雅の眉間から全身を駆け巡り、大きな闇を抱える彼女を浄化し輝かせる。
その輝きは私を巻き込み大きく広がり、世界は白一色になった。
この空間は、時間軸から外れているようで、これまでの喧騒が嘘のように辺りはシンと静まり返っている。
ここに存在するのは私と月雅の二人だけのようだ。
私は天の美月を月雅の眉間から外した。
彼女はほっと息を吐き、自身の手や身の回りの輝きを不思議そうに見つめる。
「完全に統合される前に、時間を与えられたようだな。せっかくの機会だ。私の想いをお前に伝えよう」
月雅の想いとはなんだろう?
私は少し首を傾げた。
「私の名は雪村月雅。久方ぶりにその名で呼ばれ、嬉しく思う。闇が取り払われて、ようやく本来の自分に戻る事ができた。信じ難い話だが、私はハクタクに洗脳されていたようだ」
「ああ、やっぱり」
そうだと思った。
夢で見た過去の私と今の月雅は、あまりにもかけ離れた考え方をしていたから、何かあるとは思ってたけどね。
「私が深月と式神たちを傷つけたこと、申し訳なく思っている」
深々と頭を垂れる月雅に、私は首をふる。
「ハクタクに操られていたんだから、傷つけたと言ってもあなたの本心ではなかったんでしょ?」
「確かに私の本心ではない。だが、白虎を石化したのは私だ。今の私に石化した白虎を元に戻す力はない。責任を取らぬまま、消えゆく私を許してほしい」
「えっ?!!」
ユキちゃんは、元に戻らないの?
あの小さな猫のままってことなの?
私ががっくりと肩を落とすと、月雅は慌てて言い直した。
「ああ、悪い。言葉が足りないな。私には石化を解けないが、お前には出来るんだ」
「あ、そうなんだ···」
「お前の持つ神器なら、白虎の石化を解くことができる。私には扱えなかった神器をお前はいとも容易く扱う。深月···お前は強くなった。私の想像していた以上に」
良かったぁ!
ユキちゃんを元に戻せる事が分かり、胸をなで下ろしたんだけど。
強くなったって、どういう事?
昔から私を見ていたような口ぶりだよね。
「私はお前が幼い頃から見守ってきた。か弱き肉体に大き過ぎる霊力は、妖を引き付けて離さない。無防備なお前は魑魅魍魎に何度狙われたことか!放っておいたら、確実にお前の身体は喰われていただろう。奴らの目からその霊力を隠すために、お前の力を一時的に封じるしかなかった」
「えっ!!そうなの?」
そんな事があったなんて、全然知らなかった。
私、霊感の類には全く無縁だと思ってたんだよね。
鬼とか幽霊とか見たことなかったし。
月雅が護ってくれていただなんて、思いもしなかった!
「赤星様との縁により封印が解かれ、お前の力が解放されたことは計算外だった。解放された途端、鬼に襲われ続け、冷や汗をかいた。こんなところでお前の命を取られるわけには行かない。妖や鬼に対抗するには武器を持つしかないだろう?だから法具をお前に与えるために、須弥山へと導いたのだ」
うわぁっ!
新たな事実が次々と明らかになってゆく。
「もしかして、私の頭に響いた声はあなただったの?」
「そうだ」
ああ···。
結局月雅は、ずっと私を助けてくれてたんじゃない。
彼女のおかげで、私は戦えるようになったし、強くもなれた。
感謝しかない。
「月雅、今までありがとう。ここまで来れたのはあなたのおかげよ。だから、もうこれ以上自分を責めないで」
私の言葉に月雅はうっすらと涙を浮かべ、嬉しそうに微笑んだ。
「深月、ありがとう。こんな私だが、これからよろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくね!」
月雅は右手を差し出し、月雅を持つ私の右手に重ねた。
その手から光が溢れだした。
その光は私を取り巻き、天の美月へと吸収される。
不意に月雅の手の温もりと重さが感じられなくなった。
光とともにサラサラと月雅は消えてゆく。
その笑顔はとても美しくて、目に焼き付いて離れなかった。
祭雅の影として生きた苦悩。
恋心を封じ、女性として生きられなかった後悔や悲しみ。
陰陽師としての誇り。
私の心に月雅の思いが入り込み、私の心はそれに同調してゆく。
月雅···。
あなたはもう一人じゃない。
あなたの思いは全て私が受け入れる。
これからは、私と共に歩もう。
大きな光に包まれた私から、四方に光は放射され、その光は羽となって天へと舞い上がった。
羽が全て舞い落ちた頃、辺りが色鮮やかに見えだした。
気がつけば私は、みんなのいる場所へ戻っていた。
私の手には天の美月と法具の月雅が残った。
その法具は黒光りし妖しく輝く。
アマテラスがつかつかと私の側に歩み寄った。
「深月、しばらくこの法具を預からせてくれる?」
「どうして?」
「この法具は闇に侵されてしまっているでしょ?」
法具はハクタクの術によって、闇に落とされた。
持っている手からも、チリチリとした痛みと、じわりと冷たさが広がってくる。
「このままでは、あなたに悪影響が及ぶの。だから、私が浄化をするわ」
確かにこのまま持ち続けることは危険なのかもしれない。
「アマテラス、ありがとう。お願いね」
アマテラスは私から法具を受け取ると、法具に力を流し始めた。
その途端、月雅の波長は妖しい光から清らかな光へと変化した。
闇に堕ちた月雅は、アマテラスの力で浄化してもらうのがいいだろう。
その間、私は今すべき事をしよう。
私の足元にすり寄ってきたユキちゃんを抱き上げた。
ユキちゃんは「うにゃん」と小さく鳴き、私に耳をこすりつける。
やっぱり猫のユキちゃんはかわいいな。
だけど、今は人間のユキちゃんに会いたい。
声を聞きたいし、笑顔を見たい。
そんなことを思っていると、涙が零れそうになる。
ダメだよ。
今は感傷に浸っている場合じゃなかった。
しっかりしろと自分を激励し、石化したユキちゃんの元へと歩む。
「深月、結界を解除するぞ」
悠也さんが声をかけてきた。
「悠也さん、お願いします」
悠也さんは印を結び、呪符を取り除いた。
ユキちゃんを護っていた結界が解除され、悠也さんは私の肩をぽんと叩いた。
「頑張れよ」
「はい!」
石化したユキちゃんの前に、猫のユキちゃんをそっと降ろした。
私は呼吸を整えると、天の美月を眼前に掲げた。
扇はパラリパラリと開き、私はゆっくりとステップを踏み出す。
ユキちゃん、これから舞う私の姿をよく見ていてね。




