真実の祭雅
四神から発っせられた光が円環となって、ハクタクを拘束するように締め付ける。
「ぬ、馬鹿な!」
ハクタクは光の環に囚われ、ギリギリと締め上げられる。
たまらずハクタクは月雅を取り落とし、身動きができなくなった。
それと同時に、ハクタクから出ていた闇は徐々に勢いを削がれて、ブラックホールは消え失せた。
アマテラスとツクヨミを結ぶ光がハクタクへと注がれると、巨大化した体躯から力が漏れ出し、その形は元の大きさへと戻ってゆく。
「儂の力が抜けていく!お主たち、ただの式神ではないな。なんだこの強力な力は?!」
アマテラスとツクヨミはニヤリと笑っただけで、更に力を込めた。
ハクタクは片膝をつき、苦しそうにこちらを睨んだ。
祭雅はしばらく視線を彷徨わせていたけれど、フッと息を吐いて私を見つめる。
何かを決心したかのように拳を握りしめた祭雅は、右手を眼前に掲げて私に力を注ぎ込む。
彼女の闇の力は私の中で光へと転換し、大きな力となって神器へと流れ込んだ。
天の美月からぶわっと光が溢れ出した。
それは空へと向かいハクタクの真上まで来ると、四神たちの光と、アマテラスとツクヨミの光を取り込み融合し、眩しい黄金の光の塊になった。
麒麟がハクタクの前に進み出た。
「ハクタク、闇と決別するときが来たよ」
「わ、儂は力を手放す気はない」
麒麟は首を振ると、逃げようと後ずさるハクタクに迫った。
「もうこれ以上、闇の力を使って己を穢すのは止めるんだ」
「···闇こそ、力こそ全てだ。闇は儂に力を与えてくれる。儂から闇を奪うことだけは許さん」
麒麟はその瞳に悲しみを湛えうつむいたものの、キッと顔を上げしっかりとハクタクを見つめた。
「君は忘れているだけだ。光の暖かさを、愛の広がりを。本来の君は光そのものだということを。君がそれを思い出す為に、ボクが光の道へと導くよ」
そう言って麒麟は空を駆け上がり、光の中心へと入った。
眩い光の塊の中に溶け込んだ麒麟は『キーーン』と、甲高い声を上げた。
そして、麒麟は光の塊をハクタクに降ろし、包みこんだ。
辺りに断末魔の叫びが響いた。
白目を剥いたハクタクは、朦朧としてブツブツと何かを呟いている。
「闇が儂を助けてくれる。闇は儂を裏切らない···」
そんなハクタクの願いは叶えられるはずもなく、光はハクタクの中に浸透し、彼を取り巻いていた闇は少しずつ取り祓われてゆく。
「や、やめろ。儂は···苦しい···た、助けてくれ。闇よ···」
喉元を掻きむしり再び断末魔の悲鳴を上げ、ハクタクは沈黙した。
すっかり闇が祓われると、ハクタクは光りに包まれたまま宙に浮いた。
年老いた姿のハクタクは、光の中でその容貌を変化させる。
「嘘!」
一気に若返ったハクタクを目にし、とても驚いた私は思わず口走った。
なぜなら、その姿は若いを通り越して、赤ちゃんになっていたのだから。
ハクタクは、ふわっとあくびをして気持ちよさそうに眠っている。
光の中から麒麟が現れ、優しく赤ん坊を背に乗せた。
「良く頑張ったね。抵抗が強くて光を受け入れるのに時間がかかったけど、もう大丈夫だ」
「麒麟、ハクタクはどうなるの?」
赤ん坊の姿で悪さをするとは思えないからね。
麒麟は優しい眼差しで言った。
「彼は輪廻の光に組み込まれた。闇にまみれた記憶と思いを解放するため、次は人間として何処かに転生し学んでゆくだろう」
うわぁ!
技の名前の流転輪廻って、相手を輪廻の光に組み込むことだったの?!
しかも、次は人間に生まれ変わるんだって!
ハクタクが何処に転生するのかは分からないけれど、なんだか凄いことになったよね。
麒麟はサッと上を向き跳躍した。
「深月。ボクはしばらくの間、ハクタクを導くために君から離れるよ」
「えっ!」
離れるって、麒麟がいなくなっちゃうの?
ドキドキしながら麒麟を見つめると、彼は首を横に振って優しく微笑んだ。
「ああ、心配しないで。ハクタクを次の転生場所に送り届けたら、すぐに戻って来るから。流転輪廻を使った以上、責任を持って見送るのがボクの役目だらね」
なんだ、びっくりした。
麒麟が戻って来ることを知って、私は胸をなでおろした。
「麒麟、気をつけて行ってくるのよ」
「うん、ありがとう。それじゃあ、行ってくるね」
麒麟は赤子のハクタクを気遣いながら空へ駆け上がり、光の彼方へと消えていった。
「深月···」
祭雅が月雅を拾い上げた。
その顔はさみしさと悲しさで、今にも泣き出しそうに見える。
「祭雅···」
祭雅は月雅を私に差し出すと言った。
「戻る時が来たようだ」
「戻るってどこに?」
月雅を受け取りながら、聞き返した。
「私は月雅の残留思念。祭雅の切り捨てた女性の部分。ハクタクの力により生を受けたが、もはや時間切れだ。私はお前に取って代わることもできず、このまま月雅に残留思念として存在することもできない。ただ、無に帰すのみ」
ハクタクの技によって生まれた祭雅は、ハクタクがいなくなった以上、生き続けることは出来ないのだろう。
だけど。
ただ消えてしまうだなんて、そんなの悲しすぎる。
少しだけ思い出した過去の記憶。
その時の祭雅の思いは痛いほどわかっている。
私の心が悲鳴をあげる。
彼女の手を離してはいけないと、思わずにはいられなかった。
「待って!」
私は思わず祭雅の手を掴んだ 。
目を見開いた祭雅は、その身を震わせた。
「何もかも、もう手遅れだ。私は消えるしかない。お前も嬉しかろう、お前を葬り去ろうとした私がいなくなるのだから」
私はぶんぶんと首を横に振った。
「私はそうは思わない。あなたは生きたいんでしょう?」
「確かに先程は生きたいと言った。だが、状況が変わったんだ。ハクタクが消えた以上、私が生きる道はない。無駄なことは止めるんだな」
私を諭すように言う祭雅は、全てを諦めてしまっている。
だけど元々、祭雅は私の一部なんだ。
だから、私は諦めないし、絶対になんとかなるはず。
私は祭雅をしっかりと見据え話し始めた。
「一つだけ、あなたが生きる道がある」
私の言葉に祭雅はため息をついた。
「···適当なことを言うでない。どこにそんな方法があるというのか?」
私は祭雅の手を強く握り引き寄せた。
「私の中で共に生きるのよ」
「!」
私は神器、天の美月を祭雅の眉間にあてがった。
私の足元から風が巻き起こり、金色の光を帯びて祭雅をも包みこんだ。
私の胸の中から溢れ出た力は、天の美月から祭雅へと流れる。
「深月···いいのか?」
私は微笑んで、大きく頷いた。
「もちろん!これからはずっと一緒だよ。調伏、雪村祭雅。いいえ、あなたの真実の名は雪村月雅」
祭雅の影として生きた妹の月雅。
法具にその名と心を封じ込め、男として陰陽師として平安の世を生きた。
その喜びも悲しみも、苦悩も恋心も。
全て私が引き受ける。
さあ、私の中に戻ってきなさい。




