流転輪廻
「やってくれるのう。この黄金の花のせいで、法具が使い物にならなくなったではないか」
ハクタクが持つ月雅が、一気に歳を取ってしまったかのように、あと少しで崩れ落ちそうなほど腐食している。
闇の法具は、聖なる攻撃に耐えきれなかったようだ。
月雅がこの状態なら、ここから生まれた祭雅はどうなったのだろうか?
視線を祭雅へ向けると、真っ青な顔色の彼女は、両手を大地につけ苦しげな呼吸を繰り返している。
「ううっ···」
「儂がせっかく命を削ってまで力を与えたというのに、なんてざまだ。これでは全く意味がない。力は回収するしかないのう」
ハクタクは歩き出し、崩れ落ちそうな月雅を祭雅へと向けた。
「むん」
恐怖に慄く祭雅は、ハクタクに力を吸い取られ、その表情は苦痛に覆われた。
祭雅の生命力が黒い霧ごと月雅に吸収されて行く。
それと同時に月雅は見る間に修復し、黒い輝きを取り戻した。
地に伏し、片手を上げ悶える祭雅の姿を目にし、私は動揺してしまった。
「······」
祭雅が消える。
これで脅威はなくなる。
ても、それでいいの?
彼女は闇に包まれているけれど、過去の私が捨てた女性の部分だ。
言わば、私自身で私の一部でもある。
·······
私が考えていることを、行動に移すのは馬鹿げていると頭では思う。
祭雅に殺されそうになったのは事実だから。
だけど、祭雅が死んでいくのをただ見つめているだけなんて、どうしても私にはできない。
私は拳を握りしめ、ハクタクを止めようと駆け出した。
「ハクタク、やめなさい!!」
ハクタクと祭雅の間に割り込み、神器を振り上げた。
「む、なんと!」
神器の攻撃にハクタクは目を見開き、月雅で防御した。
天の美月と月雅がぶつかった途端、月雅は淡い光を発して、ピキピキとヒビが入ってゆく。
そのヒビから光が溢れ出した。
それはまるで黒い闇のメッキが剥げて、真実の姿が現れていくように見える。
「お主、何をしているのかわかっておるのか?」
ハクタクの問いに、私の心は揺らぐことはない。
「私は祭雅を助ける。これ以上彼女を、いいえ。私を弄ぶのはやめてもらうから」
「ほう、この者を私と呼ぶとはな···」
ハクタクはチラッと祭雅を一瞥し、フフッと笑った。
「そうよ。月雅も返してもらう」
「そう簡単にできると思わぬことだ!」
月雅から漏れ出る光をもろに浴びたハクタクは、苦痛にうめきながらも、得意の拳法を繰り出してきた。
何度、その技を見てきたか。
ハクタクが次にどう動くのか、瞬時に理解した私は、先手を打って神器を真横に薙ぎ払った。
ガキンと月雅に受け止められながらも、神器を打ち込んでゆく。
打ち込むほどに天の美月は輝きを増し、ハクタクを圧倒してゆく。
ハクタクは慌てて後退しながら呟いた。
「むう、このままでは儂が不利よ。···吸収した闇の力を解放するのは今しかないのう」
そう言うや否や、ハクタクはほくそ笑みながら右手を掲げた。
バリバリと、落雷のような音を響かせハクタクの右手から闇が広がる。
ビリビリと肌が粟立つ。
辺りの気流が乱れる。
風が巻き起こり、ハクタクの右手へと流れてゆく。
これはまずい!
この闇はブラックホールのようにあらゆるものを吸い込んでゆく。
この闇に飲み込まれたら、きっとアウトだ。
吸い込むものを力に還元しているようで、次第にハクタクは巨大化してきた。
嘘!?
なにあれ!
あんなに大きくなったハクタクと、どうやって戦うの?!
ブラックホールだけでも手に負えないのに!
冷や汗が流れ、背筋が凍りつきそうなほどだ。
逃げなきゃ!
私は振り返って祭雅の手を掴み、立ち上がらせた。
「馬鹿な、何故私を助けるのだ?」
祭雅は、私の行動が理解できずにまじまじと私の顔を見つめた。
「私がそうしたいからよ」
「信じられない。あんな事をしたのに···」
首を横に振る祭雅は、私に付いてくることに躊躇し、動きを止めた。
「祭雅、生きたいんだよね?」
祭雅はおずおずと頷いた。
「わかった」
ハクタクの闇が差し迫る中、ここでぐずぐずしていられない。
「死にたくないのなら、走れ!」
「·······」
祭雅の返事は聞かず、強引に繋いだ手を引っ張って走る。
闇に引きずられてはならない。
闇の吸引力に抵抗し、弱った祭雅を守りながら走るのは骨が折れる。
だけど、祭雅は絶対に助ける。
自分が決めたことだから、譲れないし諦めない。
ハアハアと息を吐き、ひたすら走る私の横に、麒麟が空から舞い降り並走する。
「深月。祭雅と二人でボクの背に乗って」
私は祭雅に目配せし頷くと、二人同時に麒麟の背に飛び乗った。
全速力で空を駆ける麒麟は、風のような速さでハクタクとの距離を取った。
「深月、ボクに協力して欲しいんだ」
「ん?協力するって、ハクタクに対抗する手段があるの?」
麒麟は大きく頷くと、話し始めた。
「以前、ボクは力を奪われた話を君にしたことがあったよね。覚えてる?」
「え?ああ、そうね」
そういえば、須弥山で麒麟はその話をしていたよね。
力を奪われたから役に立たないとか言っていたっけ。
「ボクはずっと探してたんだ。そして、ついに見つけた。やっぱり君に付いてきて正解だったね。ボクの読みに間違いはなかった」
えっ?
ちょっと待って。
「力を奪った相手ってハクタクなの?」
「そうだよ。君にとってもボクにとっても、ハクタクは因縁の相手なんだ。だけど、それだけじゃない」
「?」
「ボクは闇に染まったハクタクを救済するために来たんだ。君と式神たちの力があればそれができる。これから使う技は大掛かりになるんだけど、試す価値はあると思うよ。どう、やってみる?」
今は切羽詰まっているし、考えている時間も惜しい。
麒麟の言う技がどんなものかわからないけど、やってみるしかないよね。
「麒麟、あなたの考えを教えて。みんなで力を合わせてこの難局を乗り切りたいの!」
「わかった!きっと深月は賛同してくれると思った」
麒麟の指示が飛び、式神たちがそれに従い配置についた。
この技の中心は私と麒麟。
ハクタクの闇に引きずられない程の距離を取らなければならない。
だから、もの凄く広範囲に渡る技となるのだ。
ハクタクを取り囲む形で式神が配置されている。
これはなにかの陣形なのだろうか?
「深月、ボクの話した通りに技を発動させるんだ。できるね?」
「うん!任せて」
私は祭雅を引き連れ闇の影響のない所まで来て、神器をバラリと開いた。
「西の白虎。東の青龍。南の朱雀。北の玄武」
四神に向けて、神器を振るう。
四つの勾玉は光り、四神の一人ひとりが強い光を発し、その光は糸のようにするりと伸びて繋がった。
「日のアマテラス。夜のツクヨミ」
私が二人の神に向けて神器を振るうと、二つの勾玉は光り、アマテラスとツクヨミも強い光に包まれた。
「タオの麒麟。表の深月。裏の祭雅」
神器が一層強い光を放ち、勾玉と麒麟もまた輝き始める。
それだけじゃなくて、私も祭雅も輝き出した。
式神たちの放つ光は線で繋がり、ハクタクを包囲する光の網のように見える。
「む、小賢しい式神共よ。そんな陳腐な技で儂を捕まえる事ができるものか」
「ハクタク!覚悟しなさい」
ハクタクは左手も掲げ、闇の力は倍増して広がる。
私は集中する。
神器を通して胸の中心から流れる私の力は、全ての式神に行き渡り、それぞれの力を引き出してゆく。
光の網はハクタクの闇に触れた。
バチっと大きな音がして、光は闇を押し返した。
ああ、この技は物凄く力を食う。
ここにいる式神みんなの力を扱うんだから、当然なんだとは思うけど、持っていかれる力が半端ない。
集中しなければすぐにでも力は霧散してしまいそうだ。
ふうっと私は深呼吸し、両手に持つ神器にありったけの力を注ぎ込んだ。
「流転輪廻!」




