天の美月と闇の月雅
「これは?!」
祭雅が目を見開き、動揺した様子で後ずさった。
ヤト、シュリ、ハヤトくんは一点に向かって攻撃を仕掛けている。
そう。
三人の狙いは勿論私だ。
でも、そこにはもう私はいない。
時が止まる前は、危機だったんだよね。
空を切った三人の攻撃に、祭雅は焦りを見せた。
「まさか、瞬時に移動を?!一体、何が起こったんだ?!たくさんの式神を味方につけた上に青龍までもがお前の傍にいるなんて···」
祭雅は急に式神が増えた事と、事態の急変に驚きを隠しきれずにいる。
だからといって、祭雅の問いにわざわざ答える必要もない。
祭雅は私を睨みつけながら拳を握りしめた。
「朱雀、天狐、玄武。再度、深月を攻撃」
シュリ、ヤト、ハヤトくんが祭雅の指示を受け、私めがけて動き出した。
祭雅は流石に戦闘のブロだ。
動揺している筈なのに、すぐさま切り替え攻撃に転じてくる。
私だって負けないよ!
「ツクヨミ!祭雅を攻撃!!」
私の前にツクヨミが出ると、眼前に両手を広げた。
それぞれの手には刃のついた円輪状の武器が握られている。
それはまるで月のような輝きを放つ武器だ。
「深月の影よ。これを受けてみよ」
そう言うとツクヨミは、ぱっと武器を放った。
円輪状の武器は空中で複数に分裂し、その全てが祭雅へと向かった。
シュリ、ヤト、ハヤトくんは祭雅の危機を察知して、素早く行動を変えた。
祭雅に向けて放たれた武器は、色んな角度から祭雅へと撃ち込まれる。
「円月輪とは、厄介な!」
ツクヨミの武器は円月輪というらしい。
あんなにたくさん分裂するなんて、武器を使うというより、魔法を使っているように見える。
祭雅は闇の月雅を右に振るった。
扇からは黒いかまいたちが放たれ、ツクヨミの武器である円月輪を吹き飛ばす。
しかし、残った円月輪は更に分裂を続け、執拗に祭雅を追い続ける。
祭雅は走り込んで闇の月雅を振るった。
舞うように軽やかな足取りで、円月輪を落としてゆく。
数の多さに対応しきれずにいる所へ、シュリ、ヤト、ハヤトくんが舞い戻ってきた。
シュリは槍を使って迎撃し、ヤトは剣で叩き落とす。
ハヤトくんは水の珠を出現させ、円月輪を撃ち落としてゆく。
「やはり、武器だけでは埒が明かないな」
そう言うと、ツクヨミは両手を天に掲げた。
「深月、俺が式神たちを止めてやろう。闇の呪縛を受けし式神。月光の誘いにより眠れ」
ツクヨミの手から天に向けて光の柱が立った。
天からは月光のように柔らかい光が舞い降り、シュリ、ヤト、ハヤトくんに降りかかる。
その月光に包まれた三人には、ガクッと膝を折り、眠りについた。
祭雅は慌てて三人の式神の状態を調べ、立ち上がると舌打ちをした。
「ちっ、日本神界の高位神の力か!···」
祭雅は、ドンと足を踏み、荒々しく舞い始めた。
その扇で眠った式神たちの頭を軽く叩けば、三人は次々と目を覚ました。
「ほう、中々やるじゃないか」
ツクヨミは感心して腕を組むんだけど、この人ホントに余裕だよね。
まだまだ隠された力があるような口ぶりだ。
そんなツクヨミの前にアマテラスが躍り出て叫んだ。
「深月、次は私に任せて!三人の式神を祭雅から引き離すわよ」
アマテラスは神楽鈴を天に掲げてシャランと振るった。
「闇に縛られし者よ。その呪縛を断ち切り我が光を受け取れ」
アマテラスは神楽鈴を大きく振るうと、空から光が降り注いだ。
光がハヤトくん、ヤト、シュリの全身を包み込むと、その光は拡大し大きな光の珠になった。
三人はまるで大きなシャボン玉の中に入り込んだように見える。
その光の珠はふわふわと浮かんで上空を彷徨う。
「式神を返してもらう!」
祭雅は月雅から水晶を外すと、光の珠へ向かって投げつけた。
バンと大きな音がして閃光が走る。
しかし閃光は瞬時に消え失せ、光な珠はダメージを食らうどころか、水晶の力を奪ったかのように輝きを増した。
「そんなちゃちな攻撃が、私の技に通じると思うの?」
アマテラスは腕を組んで、冷ややかに祭雅を睨んだ。
「くっ」
祭雅は更に闇の月雅を振るって、かまいたちを見舞うけれど、どの攻撃も光の珠を傷つけることすら叶わないのだった。
「式神がお前の下に戻ることはない」
アマテラスはそう宣言した。
光の珠の中では三人から黒い霧が立ち昇っている。
その霧は光の珠の中で渦を巻き、全てが光へと帰っていった。
「朱雀、天狐、玄武。返事をしろ」
祭雅の悲痛な叫びに応えるものは誰もいない。
ぎりりと歯噛みをして、祭雅は闇の月雅を眼前に掲げ霊力を流し込んだ。
ぱらりぱらりと扇が開き、祭雅は動き始めた。
まずい、祭雅が舞を始める。
止めなきゃみんなが危険だ!
「祭雅。私たちの戦い、そろそろ終わらせよう」
私はそう静かに言い、走り出した。
天の美月に力を注ぐ。
ぱぁっと開いた天の美月に、渾身の力を込めて祭雅へ叩き込んだ。
舞の体勢から攻撃へ転じたものの、私のスピードがわずかに勝った。
ガツンと大きな音が響き、祭雅はよろけながらも体勢を整え、私から距離を取った。
祭雅は手首を押さえながら、驚きの表情で私を見つめた。
「その武器はまさか?!」
私はその問いに答えず口の端を上げ、走り込んで追撃を加えた。
身体が軽い。
戦い慣れた祭雅が相手では、不利だと思っていたけれど、杞憂だった。
戦ってみてわかった。
法具と神器では、能力に差があり過ぎるんだ。
思っていたよりも早く、祭雅の舞を封じる事に成功した。
それだけにとどまらず、今は私が祭雅を圧倒している。
負ける気がしない。
私は祭雅の懐に飛び込み、天の美月を一閃すると、闇の月雅はカランと音を立てて弾け飛んだ。
祭雅は勢い余って倒れ込み、私はそんな彼女の額に天の美月を押し当てた。
「祭雅、あなたはもう終わりよ」
ジリジリと後ずさる祭雅の額からは、つうと汗が滴り落ちる。
祭雅は現状が信じられず、混乱している。
そして、徐々に恐怖に支配され青ざめてゆく。
「私は···死ぬのか?」
「······」
祭雅の恐怖に歪んだ顔を見たら、動きが止まってしまった。
今、目の前にいる祭雅は、人ではない。
情をかけるなんてあり得ない。
祭雅のしたことを思えば、私は非情になってでも彼女を倒すべきだ。
そうすれば、ユキちゃんは助かるのだから。
このまま祭雅を倒すことは簡単だ。
でも、本当にそれでいいの?
何かが違うと、私の心が訴えかけている。
その疑問は小さな棘となって、私の中で大きくなる。
怒りのままに祭雅を倒したら、私は祭雅と同じになってしまう。
それではなんにもならない。
気が付けば私はため息をついて、神器を収めていた。
「深月···?」
信じられないものを見るように、祭雅が呟く。
「祭雅、私は···」
そう言いかけて、異変を感じとった私は再び神器を握りしめた。
「ほっほ。お主は甘い。いや、甘すぎる」
声の主は闇の月雅を拾い上げ、薄気味悪くにやりと笑った。




