風の中の光と迫りくる鬼
「あっ!」
その歪みのある空間に触れようとした時、パシュっと音を上げ、私の手は弾き返された。
これは結界?
奇妙な結界だ。
何かを護るために張り巡らされる結界とは違う。
神聖さとは逆の、負のオーラが漂う。
気になるのはその歪みの向う側にある光だ。
光がこちらに来ようとしている。
なせかそう感じる。
まさかこの場所から逃げられないように、外界と遮断でもしているのだろうか?
何にしても、これをどうにかしなければ先へは進めない。
力ずくで行こうかと思案していると、コマとケンが私の袖を引っ張った。
「「みつきちゃん。この結界、ぼくたちふたりで壊していい?」」
「えっ?!できるの?」
「「ふたりで力を合わせればできるよ」」
「それなら、やってみてね」
「「うん!」」
かわいい二人は、健気すぎるでしょう。
ついつい、にんまりと微笑んで、保護者のように見守ってしまう。
コマとケンは、ふうっと息を吐くと両足を肩幅に開いて、精神を統一し始めた。
コマの右手と、ケンの左手が同時に光りだす。
光りは徐々に大きくなり、輝いた。
それぞれの手には柄の長い武器が握られていた。
それは、金色に輝く錫杖だ。
全体は金属でできており、頭部の輪形に遊環がはめ込まれている。
二人が動くとシャリンと音がして、なぜかかっこよく見えてしまう。
コマとケンは目を見合わせ、錫杖を構えた。
そして、同時に武器を振りかざし、目の前の空間に向かって攻撃した。
同じ場所へと繰り出された錫杖により、結界に僅かな穴が空いた。
「「もういっかい!」」
二人は「「えい!」」と、声を張り上げる。
今度の攻撃で、パシっと結界に亀裂が生じ、それがピシピシと全体に広がり崩壊した。
凄い!
コマケンの二人は、マスコット的な存在だと思っていたんだけど、結界を破壊するほどの力があるなんて、驚きだ。
「コマにケン、君たちは偉いねー!」
あまりの可愛さに、グリグリと頭を撫でると、二人は目を細めて微笑んだ。
その時、大きな風が吹き荒び、通り過ぎていった。
風の中にキラッと輝く光を見たように感じて、その風の行く先を追ったけど、その風のスピードは速すぎて目で追うことは不可能だった。
「おい!!」
いきなり上から怒鳴る声がした。
その声には深い怒りが込められており、肌にピリピリと突き刺さるよう。
声の方を見れば、そこには妖気を纏った黒い影が私達を上空から見下ろしていた。
辺りに漂う妖気の元凶はきっとこの影だ。
そして、影が薄らいで現れたのは、なんと人間大の土偶だった。
滑稽すぎて、笑いそうになるのをぐっと堪えた。
「お前達、なんて事をしてくれたんだ」
「なんて事って?」
土偶はイライラを募らせ、私達の目の前に降りてきた。
土偶がイライラしても、ちっとも怖くない。
笑いを堪えるので必死だ。
「俺をこんな姿にした憎っくきアイツ!お前達が結界を壊してくれたおかげで、まんまと逃げられてしまったじゃないか!しかも、大事なお宝まで持っていかれたんだ!どうしてくれるんだよ」
何なのこの土偶は?
イライラしながらドスンドスンと地団駄を踏んでいるんだけど、そんな事言われたってねえ。
「あのね、こんな所に結界を張ってたら先に進めないじゃない。あなたには悪いけど、壊させてもらったの」
「なんだと?!勝手に壊されたらこっちが困るんだ!お前、責任取れよな」
そう言いながら、土偶は私に近寄った。
うう、これ以上近づくのは止めてほしい。
笑っちゃうじゃない!
「責任ってなんのこと?ちゃんと説明してくれないと、わからないよ」
「ちっ!面倒だな···俺は霊獣を捕まえたんだ。そいつを酒に漬けると霊酒が出来上がる。その霊酒はこの世の物とは思えないほどの芳醇な味わいで、飲むと寿命が果てしなく延び、霊格も上がる貴重な逸品だ。それを飲むのを楽しみにしてたのに、アイツに盗まれたんだ。その上俺に術をかけてこんな姿にしやがった。ああっ、俺が一生この姿だったらと思うと、気が狂いそうだ。結界を檻代わりにしてアイツを捕まえておいたのに、速攻で壊しやがって!アイツの逃げ道を作ったお前に非があるのは当然だろうが。だから責任を取れって言ってんだ」
「イヤよ。そんなの自分でどうにかして」
自分で聞いておいてなんだけど、長い話だったよね···。途中で眠くなっちゃったよ。
それにしても、捕まえた霊獣っていうのは気になる。
確か、ユキちゃんたち四神も霊獣だったはずだ。
それを連れ去ったアイツというのは、風に乗って見えたあの光のことだよね。きっと。
アイツとは一体何者なんだろう?
土偶は目をキランと光らせて、にじり寄ってきた。
「ちっ、生意気な女だな···っと。お前、よく見たら可愛いじゃん。よし、別の形で責任を取ってもらおう。いいか、よく聞け。お前は今から俺の嫁になれ」
「はあ?」
うわっ!
なにそれ。
こんな土偶の嫁になれとか言われたって、嬉しくもなんともないし。
私の横では雪ちゃんが毛を逆立てて『フーっ』と唸っている。
かなり怒っているようだ。
そしてぱっとジャンプし、その土偶に飛びかかった。
ヒュっと前足で土偶に攻撃を加える。
土偶は咄嗟に動けずに、雪ちゃんの攻撃をもろに食らった。
「くうっ!なんだこの猫は?!血が出たじゃないか!」
えっ!土偶って血が出るの?
土人形なのに?っていうか、この土偶口は達者だけど凄く弱いよね。
私がまじまじと土偶の傷口を見ていると、土偶はズザザっと後ずさり、額に青筋を立てたように見えた。
「おいお前、ジロジロ見るんじゃない。それに今凄い失礼なこと思っていただろ。いいか、俺は今こんな姿だが、本当は強い鬼なんだぞ。しかも二枚目の」
ぶっ!
強くて二枚目って。
思わず吹いちゃったじゃない!
自分で言うところがますます怪しい。
私が堪えきれずにクスクスと笑っていると、土偶は不機嫌そうに懐を探ると何かを取り出した。
「馬鹿にするのも大概にしておくんだな。俺が元の姿に戻ったときに、後悔して泣いても知らないからな」
ああ、もう駄目だ。
土偶の姿でそのセリフ。
ギャップが凄すぎて笑えるだけだからら、ホント止めて欲しい。
ゲラゲラと笑い出した私に、土偶は近寄り何かを投げつけた。
パシャっと私の顔面に液体がかかった。
うわぁっ!
やだ、何なの?
慌てて袖で顔をこするんだけど、うえぇ!
この匂いって!
お酒?!
「ちょっと、なにすんの!」
そう言って私は、ガクリと膝を折った。
これ凄くまずいよ。頭がくらくらする。
私、めっちゃお酒弱いんだった。




